「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう 作:ますかるぽーね
「来たわね、助手1号。さっそくだけど解毒薬の原料を教えくれる? ――ああ、それと人手が欲しいから助手2号も出てきてちょうだい」
酒場のマスターが滋養強壮に効果覿面と腕によりをかけた羊肉の
まるで知っていて当然と言わんばかりの自然な要求に、雇用主に命じられるがまま太陽石から出てきたセラ共々目を見合わせてしまう。
ウィルたちはもちろん、ノエルに対しても、わざわざかつて自分が暗殺組織に属していたなどという話はしていないはずなのだが……。
「その様子だと、やっぱり知ってるのね?」
ジトーっと視線がヒューガを貫く。どうやら、まんまと鎌をかけられてしまったようだ。
「う、うむ……トワイライト・リコリスという橙色の花を咲かせる植物の根だ。その中に含まれる成分が《R.I.P.》の毒を中和するらしいのだが……申し訳ない、知っているのは花の名前だけで肝心の実物を見たことがないのだ」
「オレンジの花の根っこ……きっと、それは薄暮草のことね」
「薄暮草?」
「村の畑の周りに花びらの反った変わった形の花が咲いてるでしょう?」
「ああ、見たことのない特徴的な花だったので、もし花好きの殿下にお見せできたらきっと喜ばれるだろうと眺めていたら、球根に毒があって害獣避けに植えられているから触らない方がいいと子どもたちが教えてくれたよ。まさか、あの植物が……?」
「そういうこと。おそらく、その解毒薬の主成分っていうのは薄暮草の球根から抽出できるリアノシドって呼ばれるアルカロイドの一種だと思う」
「すごいよ、ノエル! ちょっと聞いただけですぐ突き止めちゃうなんて」
「ありがとう。……といっても、べつにわたしがすごいわけじゃない。リアノシドの免疫調整作用っていうのは、わたしの故郷で今とってもホットな研究分野なの。サイトカイン受容体に先回りして結合することで、シグナル伝達の正常化を促す――」
「……おい、セラ。サイトカインとか受容体というのはなんだ?」
あまりに聞き慣れない単語が飛び交い、思わずヒューガは傍らの元女神に耳打ちした。
「ごめん、ボクの専門は
生まれてこの方、風邪のひとつも引いたことなさそうな肌つやの元女神は、そう言って肩を竦めた。
自分が病を患った経験がなければ、そういう知識に無頓着になるのも無理はないのだろう。
「ええと、ごめんなさい……ざっくり説明すると、本来の免疫反応っていうのは、細胞の表面に受容体と呼ばれる鍵穴があって、サイトカインっていう伝達分子がその鍵穴に結合することで命令を出して活性化したり逆に制御したりして身体を正常な状態に保ってるの。……で、その不愉快な名前の毒薬を毒たらしめているのは、受容体という鍵穴を勝手に塞いで本来必要なシグナル伝達を遮断……というか、おそらく穴を塞いだ挙げ句サイトカインに成り代わってウソの命令を出して過剰に免疫を抑制してしまうからなの」
「……つまり、毒が鍵穴を塞ぐ前に、さらに先回りするような形で別の正常な命令を発する薬で塞いでしまえば、ウィルさんの症状は回復するということか?」
「助手1号……あなた冴えてるわね。実は研究者向きかも」
ノエルは素直に感心を漏らすと、わざとらしく値踏みするように助手を見上げた。
「で、では早速、解毒薬の材料となる薄暮草を摘んでくるよ」
「その必要はないわ。既に球根の主成分を抽出したものは用意してあるの」
勇み足で飛び出そうとする助手を制止して、ノエルはテーブルの上に置かれた白い粉末の入った小皿を指した。
「というか、どうにか活用できないかと思って前から少しずつ抽出してたんだけど……」
「何か問題でもあるのかい?」
「学術機関にあるような専用設備がないと、球根に含まれる神経毒と完全分離して純粋なリアノシドの抽出はできなかったのよ」
ノエルはそう言って大きくため息をついた。
「じゃあ、解毒薬の作り方はわかっても実際には作れないってこと?」
「まさか。ここまで思わせぶりなこと言って、そんな意地悪言うほど性格はねじ曲がってないわよ。元々花粉症がひどい村の人のために抗アレルギー薬を作ろうと思ってたのが神経毒のせいで頓挫しちゃって持て余してたけど、まさかこんな形で活用する日が来るとは思わなかったわ。しかたないわね……アレを使いまいしょう」
そう言って、ノエルは薬草の保管された引出しを漁り、彼女の手の平に収まるくらいの、乳白色の棒状の物体を持ち出した。
「ノエル、それは?」
「さて、なんだと思う? もしかしたら、神さまなら知ってるかも」
彼女はそう言って、尖った先端に向かって若干反り返った乳白色の棒をヒューガに渡した。
掴んでみるととても硬く、見た目よりもズッシリと重い。少なくとも、引出しに収まる他の薬草の類いとはまったく異なるもののようだ。
少し短くて小さいが、強いて言えば猪の牙に似ているようにも思える。
「うーん……? ――あっ、わかった! ちっちゃいけど、これドラゴンの牙だ!」
「正解。さすが神さま、物知りね」
「ドラゴンというと、あの翼竜の?」
「そう、シエルの歯。といっても、もちろん折ったり引っこ抜いたりなんてしてないわよ?」
「ドラゴンって一生の間に何度も歯が抜け替わるんだよね」
「そういうこと。これは初めて抜け替わった時のだから、ヒトで言えば乳歯ってところかしらね」
まるで我が子の成長記録を語るかのように、ノエルは微笑んだ。
「もしかして、これも薬の材料になるのか?」
「ええ、それも《霊薬の素》なんて呼ばれるくらい強力な素材よ」
「霊薬か……」
いかにも万病に効きそうな響きに、牙を掴んだ手が強ばった。
「ドラゴンっていうのは生命力の象徴みたいな生き物だからね。とにかく身体が丈夫で再生能力も高いし、ちょっとやそっとの毒なんてものともしない免疫力があるって言われてて、昔からドラゴンの牙や骨、あと鱗なんかはいろんな世界で秘薬の材料として重宝されてるんだ。ま、ドラゴンなんて素材目当てで人が狩れるような相手じゃないし、死期を悟ると人のたどり着けないような秘境に身を隠してひっそり最期を迎える習性があるから、死骸すら滅多にお目にかかれないんだけどね」
「私の世界でも似たようなことは言われていたな」
竜骨を主原料とした奇跡の万能薬を謳う代物が、非常に高額であるにもかかわらず健康不安を抱えた貴族たちの間で爆発的に流行ったことがあったが、実際には浜辺に打ち上げられた鯨の骨を使った詐欺商品だったなんて話もある。
それくらいドラゴンの素材は希少で価値あるものとして認識されていたわけなのだが、どうやらその薬効は本物だったということのようだ。
「実際、このシエルの牙も多少の毒素なら〝浄化〟と言って差し支えないくらい強力な分解作用があるの。さすがに、例の毒薬みたいな自然界に存在しない悪意を持ってつくられた猛毒には効かないけど……」
「では、この牙を粉末にして混ぜれば、球根の神経毒を打ち消せるのか?」
「結論から言えばできる。実際に自分で試したから」
「た、試したぁ!?」
セラが素っ頓狂な声を上げたが、ヒューガも思わず裏返った声が出そうになった。
つくづく、可憐な容貌からは想像もできない行動力の権化のような少女だ。
「だって、まさか村の大切な羊で試すわけにもいかないでしょう? まぁ、ドラゴンの身体の一部なんてヒトには〝過ぎたるモノ〟だったみたいで、そのあと3日くらいひどい高熱にうなされて、とてもじゃないけど副作用が強すぎて気軽に使えるものじゃないって思い知らされたわ……」
そう言って、研究熱心なエルフは自嘲気味に苦笑した。
「つまり、今こそ使いどきってコトだね」
「ええ。勇者様には気の毒だけど、この際しばらく熱でうなされるのは甘んじて受け入れてもらうしかないわね」
――まさに良薬口に苦し、か。
「そうと決まれば早速取りかかろう。私は何をすればいい?」
「力自慢の助手1号の仕事はそれ。ドラゴンの牙ってとっても硬くて、砕くのも粉にするのも本当に大変なの。お願いできるかしら?」
ノエルはヒューガの手に持つ幼竜の牙を指して言う。
「無論だとも。力仕事なら任せてくれ」
ヒューガは気合いを示すようにグイッと腕まくりをして答えた。
「ハイハーイっ! ボクのおしごとは?」
右手を高々と上げて、わざとらしくピョンピョン跳んで、自分も助手の1人であることを精一杯アピールする元女神。
「細かい作業が得意な助手2号は、そこの引出しからこのメモの材料を探して、書いてあるとおりの分量を計ってちょうだい」
「りょーかいっ!」
恐らくは敬礼の一種なのだろう。セラはビシッ! と顔の前に片手を挙げ、ヒューガの見慣れないポーズを示すと、やる気に満ちた顔で引出しを漁りはじめた。
こうして若き薬師の指示の下、勇者の命を繋ぐ秘薬の調合が行なわれていった。