「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう 作:ますかるぽーね
「なんてゆーか、怒濤の1日だったね……」
雇用主宅のリビングで、家主のノエルと助手2名、いつもの3人で囲む夕食の一時。
ノエルに連れられて初めて村にやってきたあの日、あまりのおいしさに感涙しながら夢中で食べたのと同じ熱々に湯気立つポトフのスープをスプーンで一口味わって、その滋味深さが身体一杯に染み入るかのごとくとろけるように顔を綻ばせると、セラは今日起こった出来事を思い返すようにしみじみとした声で言った。
聖剣――ノアとの約束の後、診療所に戻るとウィルはすっかり眠りに就いていた。
額に汗をかき、時折高熱でうなされるような仕草を見せつつも苦しさで目を覚ましてしまうようなこともなく、ノエル曰く状態は安定してきているとのことだった。
その後、3人で廃教会に戻ると、案の定残されたウィルの仲間たち一同がリンドヴルムのシエルに監視されて生きた心地のしない顔でへたり込んでいた。
ノエルは我が子同然のシエルの頬を撫でて留守番を労うと、彼を普段暮らしているという深い山の中にある義父の仕事小屋へと召喚魔方陣を展開して送還した。
竜が去ってようやく緊張から解放された面々は、ノエルの薬によってウィルが一命を取り留めたこと、そして村への滞在許可をもらったことをエミールから聞くや否や、一斉に大げさなほど涙を流し、遠慮するエミールを無理矢理巻き込んで肩を組み合い喜びを分かち合っていた。
医師のエミールはしばらく診療所に寝泊まりして付きっきりでウィルの看病を行うと言い、残りの仲間たちは20年前の遷都の際に村から去った人々の残した村はずれにある大きめの空き家を1軒宛がわれ、そこで共同生活をすることになった。
人相の悪さに反して本当に真面目で義理堅い面々らしく、手分けしてあっという間に埃だらけだった空き家を住める状態に掃除すると、日が暮れるころにはもう老人の代わりに水汲みや重たい麻袋を運んだり、ヒューガもまだ手を付けられずにいた物置小屋の修繕を行なったりと、率先して村に貢献しようとしていた。
こうして、ゴロツキ退治はヒューガのまったく想像しなかった形で村に利益をもたらす結果となった。
「まったくよ……。朝方変な時間に目が覚めたと思ったら布団の中に神さまはいないし、どこに行ったのかと思ってリビングを見たら、ハンガーに掛けてあったはずのあなたの一張羅もなくなってるし……すぐに、これは〝やられた〟って思ったわ」
ノエルは頬杖をしたまま、ジトーっとした蒼い瞳を2人の助手に向けた。
「勝手な真似をして、却って心配させてしまい本当に申し訳ない!」
ヒューガはスプーンから手を離し、両膝に手をついてスープ皿に前髪がついてしまいそうなほど深々と頭を下げて謝罪した。
「ホントならノエルが起きる前にサクッと解決して、事後報告してふたりでお説教聞いておわりっ! のはずだったんだけどなぁ。……っていうか、いつもは起こしてもなっかなか起きてくれないのに、今日に限ってなんであんな時間に目が覚めちゃったの?」
「わたしだってなんでかはよくわからないけど……前にも、師匠が夜明け前に狩りに出て、たまたま普段見かけない魔獣に襲われたことがあって」
「その時も、今日みたいに突然目が覚めちゃったの?」
「ええ、なんかヤな予感がして、急いでシエルにお願いして師匠の匂いを追ってもらったら案の定」
「そのまま、あの翼竜――シエルで魔獣を撃退して間一髪、御義父君を救い出せたというわけか」
「撃退というか、シエルを見た瞬間尻尾巻いて逃げ出してちゃったわね」
「さすが、生態系の頂点に君臨する絶対王者だね……」
「今よりもっとちっちゃかったとはいえ、それでもドラゴンはドラゴンだから。魔獣も本能的に戦っちゃいけない相手って理解したんじゃないかしら?」
自ら孵して一から育てたシエルの話をする時のノエルは、やはりどこか誇らしげだ。
「ま、そんなわけで……昔から何か大変なことが起こる時って、不思議と目が覚めちゃうみたいなの。体質ってやつ……?」
「私の《異能》に似たようなものが君にも……?」
「まさか……ほら、虫の知らせって言うじゃない? そんな大げさなものじゃないわ」
ノエルはそう言って小さくため息をつくと、自分の作ったポトフの具をすくって、出来映えを確かめるように口に運んだ。
「それにしても、よく我々があの廃教会にいるとわかったな? もしかして、彼……シエルに匂いを辿ってもらったのか?」
「はぁ……それこそまさか。昨日の夜あんな話して、なんだか思い詰めた顔して工房から出てった矢先にマントと剣が消えてたら、誰だってピンと来るでしょう? 前の、師匠の時みたいに予想外のことがあって、万が一あなたが危険な目に遭ってたら監督不行き届きで雇用主失格だから、急いであの子を召喚して飛んでったってわけ」
「あはは……ヒューガはもう少し自分の〝わかりやすさ〟を自覚した方がいいかもね」
「ふふっ……ま、それが愛嬌とも言えるかもしれないけど」
「う、うむむ……」
女性陣に揃って生暖かい呆れた目を向けられ、ヒューガは視線から逃れるようにスープ皿に目を落とした。
「正直、うっかりあなたを焚きつけるようなこと言っちゃったわたしにも責任があるし、独断専行について今さらとやかく言うつもりもないわ。――実際、あなたの騎士道精神のおかげであの勇者様が見つかって、ギリギリのところで命が繋がったわけだし」
「そんなにヤバい状態だったの?」
「あと2、3日遅かったら、たとえ薬があっても厳しかったでしょうね。お手柄よ、助手1号」
「そ、そうか……」
ヒューガは、自分の行動が確かに英雄の命を繋ぐ一助となったことを改めて実感して少し面映ゆい気分になった。
「――それで、思ってたのとはだいぶ違う形になっちゃったけど、村から賊の脅威は消えたわけで……2人はこれからどうするつもり?」
いつもの少し気だるさを帯びた穏やかな表情から一転、真剣な眼差しでノエルは聞く。
「急な話になって申し訳ないが、帝都を目指そうと思っている」
ヒューガは傍らのセラと視線を交わしてから答え、聖剣――ノアから得た《真なる神の一欠片》の情報を探すため旅を再開することを伝えた。
「明日いろいろ準備して、村の人たちにも挨拶して、明後日の朝には出発する感じかなぁ」
「元々は次の商隊が来た折に頼み込んで帰路に同行させてもらうつもりだったが、事が事だ。急ぎ帝都に足を運び、ウィルさんと合流するまでに少しでも多くの情報を集めておくべきだろう」
「土地勘も養っておかなきゃだしね」
「…………そう。じゃあ、途中で路銀が尽きないように、たくさん働いてくれた優秀な助手たちには今までの分お給金しっかり払ってあげないといけないわね」
ノエルはそう言うと食事中にもかかわらずスッと立ち上がり、ヒューガが引き留める間もなく「ちょっと待ってて、今持ってくるから」とだけ告げて外に出ていってしまった。