「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう 作:ますかるぽーね
「おや? 裏から物音がすると思ったら君だったか」
「先生……ごめんなさい、うるさかったかしら?」
不意に声をかけられて、工房の引出しを締めながらノエルは振り返った。
「いや、そんなことはないけど……いったいどうしたんだい? そんなに慌ただしく薬をかき集めたりして」
「助手たちが明後日帝都に向けて出発するって言うから、今までのお給金と合わせて旅の餞別代わりにと思って」
「明後日とは、また急な話だね……いつの間にそんな話になってたんだい?」
「なんでもあの大きな聖剣から、そっちで寝てる勇者の代わりに、きな臭い帝都の陰謀を調査してほしいってお願いされたんですって」
「なるほど、
「まさに寝耳に水でしょうね」
「ふむ、それはわかったけど……その様子じゃ、君は一緒に行かないのかい?」
「はぁ……突然何言ってるのよ、先生。私にはマチルダ先生の遺したこの診療所があるし、村の人たちを放って突然出て行けるわけないでしょう?」
「……彼らに同行したいという気持ち自体はある、と」
「――っ!」
「意地悪な言い方をしてしまってすまないね」
エミールは眼鏡を外すと、軽薄さを排した真剣な眼差しで若き薬師を見つめた。
「さっきも言ったけど、君がこの村に来た事情を詮索するつもりはないさ。でも、お節介を承知で言わせてもらえば、これからもずっと小さな診療所を切り盛りして村の薬師として生きていくことが君の本望だとは、とても思えない。優れた魔法の才能を持ちながら魔導の道に進まず、敢えて薬学の道を志したシノープルの神童が――」
「その名前で呼ばないで……私は神童なんかじゃない」
「……申し訳ない。どうにもデリカシーに欠けるのが、オレが女性と長続きしない原因らしい。――まぁそれはともかく、何が言いたいかというとだね……この村の医療のことなら一旦オレが引き受ける。だから君は、君のやりたいことを……君にしかできないことをしたまえ。それだけだよ」
「……えっ?」
「べつに全部が全部、君のためだけというわけじゃないさ。どうせ怒濤の連続無断欠勤で首が飛んで元の職場には戻れないんだ。この際、目の前の人々を助けるっていう医術の原点に立ち返って、地域医療の担い手として今一度網羅的に医学を学び直すという経験もオレにとって貴重な財産になる。ここにはあの薬学の権威、マチルダ先生の膨大な研究成果も遺されているわけだしね」
「そ、そんなこと急に言われてたって――」
「差し出がましいとは思うが、実はもう村長やロジーヌさんには話を通してあるんだ」
「せ、先生!?」
普段の落ち着き払った彼女らしからぬ驚きようで、さすがのノエルも蒼い瞳を丸くした。
「用心棒の役目が終わった今、遠からずヒューガ君たちが必ずこの村を出ていくのは分かりきってる。その時が来たら、君が共に行きたいと言っても引き留めないでやってほしいってね。ノエル君ほどの薬学知識は持ち合わせていないが、オレだって現役の医師だ。代役として恥じないだけの仕事はしっかりこなしてみせるつもりだから心配しないでくれ」
「それはまったく心配しないけど……いったいどういうつもり?」
「なに、若いうちの冒険は貴重な経験になるから〝やり得〟ってことを言いたかっただけさ。オレもそうだったからね」
「先生も?」
「ああ、ガキの頃からお前も医者になれ、医者になれってうるさい親父や歳の離れた兄貴たちに反発して家を飛び出して、結成したてのチンケな盗賊団に入って、最初の仕事で勇者とエルフのお姉さんに全員ボッコボコにされて召使い部隊として軍門に降ったりね」
「それって……」
頭に浮かぶのは、人相だけは立派にゴロツキが板についた働き者の彼らの顔。
「ああ……彼らは元々、魔王軍の侵攻で故郷を失ったり遷都の影響で職にあぶれた人たちの集まりでね。勢いだけで家出してきて早速路頭に迷ってたオレを拾ってくれたんだけど……」
「……それが、なんで勇者にケンカなんか?」
「それがねぇ……親分――ダントンさんが『身ぐるみ剥いでも心が痛くならなさそうなヤツだけ狙う』とか無茶言い出して、どっか別の盗賊とっちめてふんだくった金貨袋ジャラジャラさせて美人のエルミナさんと一緒にゴキゲンで街道歩いてるウィルさんをターゲットに……」
「……よりによって最初のシゴトで未来の英雄にケンカ売るかしら、普通?」
「まったくだよ……でも、そんなバカみたいな出来事のおかげで、こうして今の縁があるんだから不思議なものでね。――だからってわけじゃないけど、若いうちの旅は買ってでもした方がいいとオレは思う。年を取ると背負う物が必要以上に重たくなって、旅の一歩目も踏み出せなくなるからねぇ……」
「…………」
「まぁ、明後日と言ってもまだまだ時間はある。一晩じっくり、これからのことを考えてみるといい」
「おっと……若いお嬢さんに偉そうに説教してしまうなんて、やっぱり年は取りたくないもんだね……30手前だっていうのにオレもついにオヤジの仲間入りか、嗚呼やだやだ」と大げさに肩を竦めて、エミールは診療所に戻っていった。
「私は――――」
再び1人工房に残されたノエルは、薬袋を両手に暫し立ち尽くしていた。
1話の中で視点移動を挟むのはなるべく避けたい都合があり、細切れみたいな更新で申し訳ありません。
次回更新は明日朝8時頃の予定です。