「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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マトンレッグと世話の焼ける才女

 ノエルに連れられてロジーヌの家に向かうと、軒先の畑に水を撒くたくましい背中がこちらに気づいて、いつものように気のいい笑顔を向けてきた。

 

「――そうかい、ウィルの尻拭いでクロワゼリアへねぇ」

 

 明日帝都へ旅立つことになった事情を掻い摘まんで説明すると、ロジーヌは驚きつつも、身内の不始末に巻き込んですまないとでも言うように苦笑した。

 

「尻拭いなんてそんな……私自身、望んでのことです。ここでウィルさんの――勇者の一助となって武功のひとつでも上げれば、私を役立たず扱いした父や兄たちを見返してやることができるのですから」

 

 ヒューガは、ノエルによって創作された世間知らずな地方領主のボンクラ末息子設定を念頭に、精一杯それらしい台詞を並べて力強く拳を握り締めた。

 

「アッハッハ! ヒューガさんにもそんな野心があったなんてねぇ。生真面目で自分のことなんて二の次みたいに見えても、やっぱりそういうところは立派に男の子じゃないか!」

 

 ロジーヌは意外そうに目をキョトンとさせたかと思うと、大げさに腹を抱えて笑った。

 

(……私はそんな無私無欲の人間に見えるのか?)

 

 ヒューガとしては、1日も早く王室親衛隊に入隊して皇女アシュリーゼの護衛騎士になるという約束を果たすため、新米騎士時代から野心を剥き出しにひたすら武勲を求めてきた自覚があるだけに、あまり自分を清廉潔白な人間に見られるとむず痒くなってしまうのだが……。

 

(献身的なのは間違いなく君の美徳だし、騎士らしくていいことじゃん。……放蕩貴族設定は今後封印安定だけどね)

 

 相棒から温かいフォローと役者失格の冷徹な烙印を同時に受け、ヒューガはなんとも言えない微妙な顔をした。

 

「すっかり村にも馴染んできてくれてたから余計寂しくなっちまうけど、そういうことなら承知したよ。帝都までは遠いからね、長旅にも困らないようにみんなにも呼びかけて今日中にいろいろ用意してあげるよ」

 

「お気遣い感謝します、ロジーヌ殿」

 

「ありがとう、ロジーヌおばさん。じゃあ、私たちは村長や村のみんなにも――」

 

「……ちょい待ち、ノエルちゃん」

 

 雇用主としてヒューガの別れの挨拶回りに付き添うため踵を返そうとしたノエルを、すかさずロジーヌが引き留めた。

 

 ――ノエル……?

 

 呼び止められたノエルの肩が一瞬ピクリと震えたように見えた。

 

「この村じゃ、旅立つ人にはとっておきのごちそうで送り出すのが決まりなんだ。今からみっちり教えてあげるからウチの台所においで」

 

「今から!?」

 

 ノエルは珍しく狼狽えるような裏返った声を上げた。

 

「なんてったって、ごちそうだからね! そりゃあもう仕込みにだって時間がかかるんだよ。そんなわけで悪いけど、この子はしばらくあたしが預かるけどいいかい?」

 

 そう言ってロジーヌはたくましい両手でノエルの小さな肩をがっちり捕まえると、有無を言わさない笑顔をヒューガに向けた。

 

「え……ええ、構いません。元々彼女には私の用事に付き添ってもらっていただけですから」

 

「…………」

 

 ヒューガは戸惑いながらもそう答えると、なぜだかノエルにそこはかとなく恨めしい視線を向けられてしまった。

 そうして陽気で豪快な農婦によって雇用主と引き離された助手1号は、しかたなく1人で別れの挨拶回りに行くことになった。

 

 

     *

 

 

「それで、まだ決心はつかないのかい?」

 

 半ば強引に台所へと連れてこられたノエル。

 言われるがまま、ロジーヌが倉庫の暗室から大事そうに持ってきた熟成成羊(マトン)のもも肉に黙々と塩と数種類のスパイスをすり込んで下味をつけること数分。

 2人きりのキッチンに流れる沈黙を破るように、けれど努めて何気なくといった気遣いの感じられる気さくな声で、ロジーヌは問いかけた。

 

「…………」

 

 ノエルは沈黙を守った。

 無論、昨晩エミールから話を聞かされている以上、問いかけの意図がわからないわけではない。

 では、答えたくないのかというと、決してそんなわけでもない。

 何よりも、自分自身がどうしたいのかわからない……そんな面持ちだった。

 

「ノエルちゃん、あんたが初めて村にやってきたときのこと覚えてるかい?」

 

「……ええ、覚えてる」

 

「あんたは薬草研究でたまたまこの村に立ち寄ったって言ってたけど……ホントは違うんだろう?」

 

「――!」

 

 ノエルの長い耳がビクッと跳ねた。

 恐る恐るという顔で、隣でクルミとドライフルーツのぎっしり詰まったパン生地をこねるロジーヌの顔を見る。

 

「マチルダ先生が亡くなったって知ったとき、あんたはとっても悲しそうな顔をしてた。……ホントは先生に会いに来たんじゃないのかい?」

 

「……おばさん、気づいてたの?」

 

「あったりまえさ! ……って、言いたいとこだけど、本当は先生本人から言われたのさ」

 

「マチルダ先生が……?」

 

 自分が村に着いた時には既に埋葬も終えて、村はずれの墓所に村人総出で建てた立派な墓まであったはずだというのに。

 いったいどうして――そんな顔でロジーヌを見つめる。

 

「先生は本当に不思議な力を持ってる人でねぇ、時々予言めいたことを言うんだよ。まだ駆けだし冒険者だったウィルが、遺跡の呪いで死にかけになりながら村にやってきたときだってそうさ。教会に礼拝に行ったら『明日は珍しいお客さんが来そうです。きっと忙しくなりますよ』なんて言い出してねぇ」

 

 ロジーヌは思い出を掘り起こすようにしみじみとした声で言う。

 

「それって……じゃあ、私のことも?」

 

「ああ、とっても賢いけど迷いを抱えた女の子がひとり、自分を訪ねてくるって。でも、その時には自分はきっともう生きていないから、力になれなくてごめんなさいって伝えてくれってね」

 

「…………」

 

「その代わり、女の子が村を訪れたら温かく迎え入れてあげてくれって。そんでもって、その子がまた旅立つときが来たら、そのときはおしり叩いてでもしっかり送り出してやってくれって。……それが、マチルダ先生の最期の遺言だった」

 

「先生が……そんなことを……!」

 

 ノエルの白い頬から大粒の涙が流れて、赤身の肉に滴った。

 

「マチルダ先生の言ってた〝そのとき〟ってのは、きっと()のことなんじゃないのかい?」

 

「私は……」

 

 涙を拭い言いかけて、やはり言葉が途切れてしまう。

 

「ノエルちゃん、あんたはホント一生懸命、村のために頑張ってくれた。年頃の娘ができたみたいで、あたしゃとっても嬉しかったんだよ」

 

「ロジーヌおばさん……」

 

「でもね、そんなノエルちゃんだからこそ、言うべきことはちゃんと言っとかなきゃならないと思うんだよ」

 

 ロジーヌはパンをこねる手を止めて、ノエルを真っ直ぐに見つめた。

 

「若いウチから臆病になっちゃダメさ」

 

「――っ!!」

 

 ノエルはビクッと肩を震わせて思わず両目を瞑った。

 ロジーヌの語気が激しかったわけではない。急に胸の中の図星を突かれたからだ。

 

「この村は世界から切り離されてる。そりゃあクレマンさんとこの商隊くらいは来るけど、逆に言やそれ以外の繋がりなんて無いって言ってもいい。……きっとそいつは、ノエルちゃんにとって、とっても()()()()()()()()んじゃないのかい?」

 

「……全部、お見通し?」

 

「全部ってワケじゃないけど、村に来たときの妙に浮かない顔を見ればなんとなく想像はつくもんさ。何かイヤな事があって、逃げるようにここに流れ着いたんだろうってね」

 

 言葉は厳しいが、ロジーヌの表情は本当の母のように優しく穏やかだった。

 

「それにね、ノエルちゃんみたいな頭も器量もいいべっぴんさんをこんな寂れた村に閉じ込めといたら世界の損失だって神様に怒られちまうよ! ……だから行っといで。ヒューガさんだって、しっかり者の案内役がいた方が旅も安心できるだろう?」

 

「あ、案内役なら、あの勇者の仲間の人たちの誰かだって……」

 

「ノエルちゃん……あんた頭はいいのに肝心なとこがポッカリ抜けてるねぇ」

 

 ロジーヌはわざとらしく大げさにため息をつくと、まな板の小麦粉がブワッと舞った。

 

「えっ???」

 

「どれだけ真面目そうに見えたって、ヒューガさんだって立派な男なんだ。むさっ苦しいオヤジなんかより、かわいい女の子との旅の方が何倍もやる気出るに決まってるじゃないか」

 

「ちょっ――ロジーヌおばさん!?」

   

「せっかくエミール先生だってノエルちゃんが心配しないように村のお医者として残ってくれるって言ってんだ、大人のお節介には素直に乗っかっとくのが若い子の特権だよ。さあ、つべこべ言わず勇気をお出し!」

 

 そう言うと、ロジーヌは小麦粉がついたままのたくましい手でノエルの小さな尻をパンと叩いた。

 

「ひゃぁっ!?」

 

「それにノエルちゃん、ヒューガさんを連れてきた日に言っただろう? 玉の輿目指してみるって」

 

「あ、あれは……」

 

「あたしゃ中途半端は嫌いだよ。一度胃袋掴んだんなら、そのまま心と腕までガッチリ掴んじまいなって。……正直、結構気になってんだろう? 今時あんな誠実で腕っ節も立つお貴族様の優良物件、帝都にだってそうそう転がっちゃいないよ?」

 

「……そ、それは……ええと、助手のことは、き、嫌いじゃない……けど……」

 

「行くのかい? 行かないのかい?」

 

「………………行く」

 

 ノエルは長い耳を真っ赤にしたっきり、パタパタと逃げるようにマトンレッグを乗せた皿を家の裏の釜へと持って行く。

 「やれやれ」と世話が焼ける娘を見守るような優しい顔で、ロジーヌはその後を追った。




やっぱり細切れすぎるのも微妙なので視点移動を挟んでも1話分として投稿してみます。
次話で村を旅立ち、その次から3章「勇者代行」開始となります。
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