「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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帝都への旅立ち

 出発当日。

 朝靄に包まれた村の入り口の門前に立ち、別れを告げるプリュイの景色を目に焼き付けるべく見渡す。

 東の空が白み始め、村全体が淡く紫紺を帯びていた。

 

 近衛の象徴たる制服と純白の外套、己の存在と不可分な魂の正装を身に纏い、腰には神殺しの魔剣 《ミストルティン》が覗く。

 背中には村長から譲り受けた革製の大きく丈夫なリュックと丸めた毛布。パンパンに膨れたリュックの中身は、村の人々が用意してくれた羊の干し肉やナッツにドライフルーツなど保存の利く食料。そして、ノエルから渡されたこれまでの助手としての仕事に対する給金の入った銀貨袋に、彼女の調合した数々の薬が仕舞われている。

 

(昨日は、なんだかすんごいおもてなししてもらっちゃったみたいだね。……ま、ボクはちーっとも食べらんなかったんだけどねっ!)

 

 太陽石の中から、セラが当てつけのような嫌味を囁く。

 

 昨晩は宿酒場で、帝都に旅立つヒューガのために村人総出の盛大な送別会が催された。

 ノエルがロジーヌに教わって作ったという、赤ワインとイチジクジャムの特製ソースが芳醇に香るマトンレッグの熟成ステーキを筆頭に、この村のもてなせる最大限と言って差し支えないごちそうを振る舞われ、ヒューガは恐縮する気持ちとセラへの罪悪感を覚えつつも、これで最後となるプリュイ村の料理の味を存分に堪能した。

 

 村の仕事を手伝う中で早速打ち解けたのか、子どもたちに引っ張られて酒場にやってきた偽ゴロツキの勇者の仲間たちは、最初こそ料理や酒に手を付けるのを遠慮している様子だったが、聞き上手飲ませ上手な村長夫妻に身の上話を聞いてもらううちにすっかり丸め込まれて真っ赤に仕上がり、辟易とした顔のエミールを巻き込んでまたしてもオイオイと泣き出してしまっていたのが印象的だった。

 この様子であれば、きっと村にもすぐに馴染むことができるだろう。

 

(村では何かとお前に我慢させて悪かったと思っている。帝都に着いたら必ず食事の美味い店を見繕ってやるから、もうしばらく辛抱してくれ)

 

(ホントっ!?)

 

 太陽石の中にいる元女神の顔は窺い知れないが、間違いなく瞳をキラキラと輝かせていそうな声だった。

 

(本当だ。ウィルさんやエミール先生にも、手頃で評判のいい店はいくつか教えてもらってあるから安心しろ)

 

(さっすがヒューガ、お姫様の騎士! 女の子のツボ、ちゃんと抑えてるじゃんっ♪)

 

 ――単純で助かる……。

 

 ヒューガは心の中でため息を漏らすと、空から視線を下ろした。

 

「皆さん、本当にお世話になりました」

 

 視線の先には、ロジーヌや村長夫妻をはじめ、見送りに集まってくれた村の人々。

 その中には子どもたちの姿もある。寝ぼけ眼を擦りながらもお別れを言いに来てくれたようだ。

 後ろの方にはエミールや、親分と呼ばれた巨漢のダントンら勇者の仲間たちも並ぶ。

 

「何言ってるんだい、世話になったのはあたしらの方だよ。……それはそうと、ノエルちゃんの姿が見えないみたいだけど……?」

 

「彼女は、皆さんもご存じのとおり朝が大の苦手のようですから……」

 

 診療所の始業はいつもきっちり11時から。急患を除き、それまでは彼女を起こさないのが村の住人の優しい暗黙の了解だった。

 

「まさか、黙って出てきたのかい!?」

 

「代わりに、部屋に手紙を残してきました」

 

 たった一週間ほどの薬師と助手という付き合いだったが、おそらく一生忘れることのできない独特な雰囲気を纏う不思議で魅力的な少女だった。

 本当はしっかり面と向かって感謝と別れの言葉を述べたかったのだが、昨日の酒場での態度があまりにも普段どおりで特段別れを惜しむような素振りもなかったため、自分ばかり今生の別れのような雰囲気を纏わせても却って彼女に気を遣わせてしまう気がして、結局手紙という別れの形を取った。

 

 エルフという種族は千年以上とも言われる、人間には想像もつかないような途方もない時を生きる種族だという。

 きっと、この先も長い寿命の中で幾度となく出会いと別れを繰り返していくのだから、人間ほどひとつひとつの別れを重く受け止めたりはしないのだろう。

 ヒューガはそう自分を納得させつつも、都合6枚に及ぶ感謝の手紙を、近衛になる際にアシュリーゼがつけてくれた宮廷作法の家庭教師に叩き込まれた丁寧な字でしたためて、ノエルの家のリビングに残した。

 

 「逆に重くない……?」――相棒にそう言われたのは、ちょうど5枚目を書き終えた後だった。

 

「んふふっ、そうかい」

 

 そう言ってため息を漏らすロジーヌから向けられる視線は、どこか生暖かい。

 よく見れば、眠そうな子どもたち以外は皆一様に同じような面持ちでこちらを眺めていた。

 ヒューガは気のせいということにして背中の荷物を背負い直すと、姿勢を正した。

 

「それでは、行って参り――」

 

 そう言って、最後に一礼しようとした時だった。

 

「ちょ……ちょっ、ちょっと待ちなさいってば、薄情者の助手1号……っ!」

 

 ――!?

 

 ちょうどダントンの巨躯に遮られて見えない後ろの方から、本来聞こえないはずの声がヒューガに罵声を浴びせてきた。

 

「ノエル!?」

 

 ヒューガは目を丸くして驚いたが、村の面々は彼女を待っていたとばかりに、左右に割れてノエルに道を譲った。

 いつものポケットの多い白衣でもなければ、外出用の若草色のローブでもない。深紅の裏地とのコントラストが映える上質な濃紺のマントと、そこから覗く黒を基調としたジャケットにプリーツスカート。普段とまったく異なる洗練されたモダンでアカデミックな雰囲気の着こなしは、彼女の知的にして可憐な佇まいをこれまで以上に一層引き立てていた。

 

「はぁ……はぁー……っ、ちょっと……私が迂闊、だったわ……」

 

 ノエルは両手で持った大きなトランクケースを地面に下ろすと、その上に座ってようやく呼吸を整えた。

 

「いつさよなら言いに起こしに来るかと思って待ってれば、まさかこんな手紙だけ残して黙って出ていくなんて思わないじゃない……」

 

 寝癖でボサボサに乱れた髪を風の魔法で器用に梳かしながら、「これじゃ、驚かそうと思ってた私の方がバカみたいじゃない……。やっぱり慣れないイタズラなんてするもんじゃないわね」と恨めしい顔で元助手を見上げる元雇用主。

 

「お、驚かす?」

 

「私も帝都に行くってこと」

 

「な、なんだって!?」

 

「そう、それ。せっかく助手のそんな驚く顔が見られると思ったのに、おかげでわたしの方が先に慌てさせられちゃったわよ……」

 

「え……えっと、まさか昨日やけに普段どおりだったのは……」

 

「そりゃあ元から一緒に行くつもりだったんだもの、特別寂しがる必要もないでしょう? まさか、わたしがエルフだから情緒死んでるとか思ったわけじゃないでしょうね……?」

 

 ジトーッとした視線がヒューガの頬を焼く。

 

「い、いや……その……」

 

 ヒューガは図星を射貫かれ、しどろもどろに視線を逸らした。

 

「アッハッハ! ホント、真面目で器用に不器用な似たもの同士のお二人さんだねぇ! まったく、あたしらはこんな朝っぱらから何見せられてるんだか……ほら、痴話喧嘩なんか子どもに見せるもんじゃないよ。――さあ、行った行った!」

 

 二人揃ってロジーヌに背中を押され、掃き出されるように門の外に追いやられる。

 

「それじゃ、行っておいで、ふたりとも。必ず、戻っておいでよ!」

 

「……ええ。その時は、本当に乗っちゃってるかも……玉の輿とかいうの」

 

 ノエルは冗談めかしてニヤリと笑うと、グッと親指を立てて見せた。

 

 ――ノ、ノエル!?

 

 そうして、冷やかしという名のにぎやかな声援と山肌から顔を覗かせ始めた陽の光に見送られながら、ヒューガたちは旅の一歩を踏み出した。

 

(……お前、彼女が一緒に来てくれると最初から気づいていたな?)

 

 先ほどからまったく驚く素振りも見せないということは、そういうことなのだろう。

 

(えー? なんのことかな、わかんないなー?)

 

 あくまで白を切る元女神。

 ヒューガは意趣返しに、帝都での食事処のグレードを下げることを検討し始めた。

 




次回から3章「勇者代行」が始まります。
2章ではゴロツキが実は勇者を匿う善人だったという展開で、ヒューガが本気で戦う場面がありませんでしたが、3章ではいよいよ主人公らしい戦いを見せてくれると思います。

「続きを読みたい!」と思っていただけましたら、ぜひ作者に水をやると思ってお気に入り登録、高評価、ご感想いただけると非常に励みになります!


序盤切りの人に限って気軽に低評価投げてくるのつらひ…ヾ(:3ノシヾ)ノシ
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