「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう 作:ますかるぽーね
「ところで助手1号、今日はどこで夜を明かすか決めてるの?」
左右を背の高い木々に覆われた見通しのあまりよくない旧い街道を北に進むこと、およそ半日。
気の短い晩秋の太陽が、そろそろ西の山肌の影に身を隠し始めようかという時分。
主人らしい立ち居振る舞いに慣れようと言ってヒューガの3歩前を歩む雇用主は、両手に持った大きなトランクケースを振って器用にくるりと後ろに向き直って尋ねた。
「エミール先生が言うには、この街道を進めば日没前には昔放棄されて今は廃墟となっている町に辿り着くらしい。宿屋の建物はまだ無事に残っているという話だし、今晩はそこで一晩明かそうと思っているよ」
いくら棄てられて久しい町とはいえ、雨風がしのげるのならば吹きさらしの野宿よりは幾分落ち着いて眠ることができるだろう。
「最初はメガネ先生たちもその廃墟の町を隠れ家にしようと思ってたみたいなんだけど、なんだか最近人が出入りした形跡があったから警戒して諦めたんだってさ。たしかレーヌブールって言ったっけ?」
ノエルからもらったローブに身を包み、手持ち無沙汰の両手を頭の後ろに組んで暢気な声で言う元女神。
さすが旅慣れている様子で、野宿であろうが廃墟と化した町の宿屋の朽ちかけたベッドであろうが別段構わないという余裕のようなものが感じられる。
「ああ、それはきっとクレマンさんとこの商隊ね。村に来るときは行きも帰りも必ずそこの宿屋で一晩明かすって言ってたから」
「なるほど……鉢合わせにならなくて幸いだったな」
「まぁ、クレマンさんたちからすれば、どう見たって積み荷を襲いに来た野盗にしか見えないでしょうしね……」
ノエルは小さくため息をついた。
ひとつ間違えれば、商隊の護衛に雇われた傭兵たちの義務として排除されていた可能性だってあるのだ。
速やかにその場を後にして廃教会まで逃げ延びたのは英断だったと言える。
そうこうしているうちに街道の左右を覆う木々が途切れ、急に視界が開けた。
「わーいっ♪」
鬱蒼とした林道を抜けた開放感からか、セラが身軽な足取りでタタタと駆け出していく。
「転んで怪我したりするなよ……」
幸い、周囲に人を襲うような魔獣の類いの気配もない。
ヒューガは荷物を背負ったまま走って追いかけるのも億劫で、まるで遊びたい盛りの孤児院の子どもたちにかけるような言葉を投げてゆっくりと後を追った。
「ああいうとこだけ見てると、本当にちっちゃな女の子にしか見えないわね」
夕日に照らされた愛らしい金色の少女を視線で追って、ノエルがクスッと苦笑を漏らす。
「――あっ! おーい、2人ともーっ! ほらっ、見て見てっ!! ウワサをすればなんとかってヤツだよっ♪」
駆けていった先でさっそく何かを見つけたのか、セラがこちらに向かって小さな身体を精一杯伸ばしブンブンと手を振った。
見晴らしのいい丘陵を登り切ってセラに追いつくと、眼下には山間の窪地を上手く利用して築かれた堅牢な町並み……その成れの果てが静かに佇んでいた。
*
「本当に人っ子1人いないわね……街の抜け殻って感じ」
「あっちもこっちも草ボーボーだし、文字どおりのゴーストタウンだねぇ。放棄されたのってもう20年くらい前なんでしょ?」
「らしいな。そのわりには、蔦まみれだが家屋は想像していたほど風化が進んでいない。これならば一晩明かすのに困ることはなさそうだ」
周囲の丈夫な石造りの家々を観察しながら、無人の静寂に支配された目抜き通りを進む。
かつて多くの商人たちを乗せて運んだ馬車が行き交っていたであろう幅広の石畳は、隙間から伸びる雑草や蔦に幾重にも割られひどく波打っている。
山から降ろす冷たい風が吹き抜けるたび、所々開いたままの家の扉がガタン、ガタンと不規則に乾いた音を立てた。
レーヌブールの象徴なのだろう。街の至る所には、二重巻きの特徴的な角の描かれた羊の紋章が刻まれた看板がぶら下がっているが、風雨にさらされて色が剥げ、いつ落ちてもおかしくないほど錆びついている。
工房と思しき大きな建物の窓越しには、主を失ったまま長い歳月を経た機織り機が列を成し、薄暗い影となって浮かび上がっていた。
昨晩、酒場で身内の絡み酒から逃れてきたエミールから聞いた話では、ここレーヌブールはかつてプリュイ産の上質な羊毛を使った毛織物の生産で栄えた町らしい。
その製品の大部分は帝都ブランシェールの商人たちへ卸され、王侯貴族から帝都市民まで幅広く親しまれていた。
しかし、例の魔王災害によって遷都が決まると状況は一変。新帝都クロワゼリアを目指す帝都商人たちを追うように町民全員が帝都市民の移住者キャラバンに合流し、故郷を捨てて遙か北の土地への移住を余儀なくされたのだという。
「足元がよくない、気をつけてくれ」
所々ヒビが入ったり崩れたりして不安定な石畳の階段を前にして、ヒューガはノエルに手を差し出した。
一際可憐に見えて、ここよりずっと足元の悪い森での薬草採取を日課としているような健脚のエルフにそんな心配は不要なのかもしれないが、無意識に騎士としての振る舞いが出てしまった形だ。
「ふふっ、エスコートありがとう、傭兵さん」
ノエルはさっそく今日決めたばかりの設定でヒューガを呼ぶと、どこか嬉しそうな顔で素直に手を掴んで階段を上った。
「むぅ……ヒューガってば、ノエルにばっかり優しくしちゃってさ! 贔屓だ、贔屓だーっ!」
「贔屓ではない。重い荷物を持ったレディを気遣うのは帝国騎士として当然の務めだ」
「――じゃあ、はいコレ」
「……えっ?」
「わたしの代わりに持ってくれたら、彼だって神さまにも優しくしてくれるんじゃないかしら?」
ノエルはイタズラっぽく微笑んで、丈夫で重たそうなトランクケースを差し出した。
「…………つ、謹んで遠慮しておきまーすっ!」
小さな元女神は、自分の身体がスッポリ仕舞えるほどの大きな旅行鞄から視線を逸らすと、逃げるようにタンタンッと軽快な足取りで1段飛ばしに階段を駆け上がっていった。
――やはり手助けなど不要ではないか……。
ヒューガはやれやれと頭を掻くと、ノエルの手を引いて相棒の背中を追った。
*
「どうやら、ここがこの町の中心のようだな」
石畳の階段を登り切ると、目抜き通りの中でも一際開けた広場に出た。
かつては様々な商店が建ち並び賑わいを見せたであろう町のメインエリアも、今はただ静寂に包まれ、その面影を偲ぶことしかできない。
在りし日の繁栄を象徴するかのような大きな噴水もとうの昔に水が涸れ、代わりに泥と枯れ葉が山ほど堆積した哀愁を誘う姿を晒していた。
「メガネ先生の言ってた宿屋って、たしか噴水広場の近くって話だったよね?」
「……っていうと、たぶんアレじゃないかしら?」
ノエルの指差す先、今にも落ちそうで落ちない気骨溢れる看板のかかった石造りの大ぶりな家屋。
周囲の建物と違い、この一軒だけドア前の草が綺麗に刈られ出入りしやすいようになっていた。
よく見ると、軒先の地面が炭のようなもので黒ずんでいる。どうやら、最近ここで焚き火を起こした者がいるようだ。
「クレマン殿の商隊が帰りに立ち寄ったんだろう。我々も今晩はここに泊まらせてもらおう」
「さんせーいっ! 急にたくさん歩いたから、ボクもうヘトヘトだよ……」
セラはぐいーっと身体を伸ばすと、安息の地を求めて最後の力を振り絞るようにトコトコ駆けだした。
野宿続きの時は別段すぐへたばる様子はなかったのだが、どうやら丸1週間以上行動範囲をほぼノエルの家の中に制限されたせいか、すっかり身体が鈍ってしまったようだ。
「えーっと、なになに……『《宿酒場ひつじいらず》よく食べ、よく飲み、よく眠れ』だってさ」
風に揺れる宿屋の看板を見上げて、セラは消えかかった文字を凝視するように読み上げた。
「羊毛産業で栄えた町の宿とは思えない名前……あ、でも『※レーヌブールでは羊料理の提供は行っておりません』ですって」
「やはり、この町にとって羊は特別な存在のようだな」
「なんたって、富をもたらしてくれる聖なる動物だもんね。――さぁて、中はどんな感じかな~?」
言うが早いか、セラはワクワクを隠しきれない様子で扉を開けた。
夕日を受けて輝く金色の頭に続いて中に入ると、窓の隙間から差し込む茜色の光の柱の中で、まるで時が止まったかのように無数の粒子がゆっくりと漂っていた。
一歩踏み込むや否や、途端に20年分の重みを蓄えたような埃と湿った木材の匂いが鼻を突く。
しかし、そんな陰気な匂いの中に、微かに暖炉で火を焚いた煙やテーブルに染みた酒の残り香が混じり合っているのにヒューガは気づいた。
「……思いの外、綺麗ね。クレマンさんたちが帰り際に軽く掃除でもしていったのかしら?」
「そのようだな。我々もできるだけ綺麗に使わせてもらおう」
天井の蜘蛛の巣を払った跡があるが、途切れ具合からしてかなり最近のものだ。
そして何より、自分たちが使ったであろうカウンターやテーブル、椅子は綺麗に埃が払われている。
「ちぇー……オバケが出てきそうなすんごいボロ宿とか期待しちゃったのに拍子抜けだなぁ~」
旅慣れしすぎた元女神は斜め上の文句を垂れて残念がった。
「お前だけ、そういう趣向の寝床を探してきてくれても構わないぞ」
「一緒に探してあげましょうか? わたしはこっちで寝るけど」
「じょ、冗談だってばぁ! ……さ、さぁて! 2階の寝室はどんな感じかな~?」
セラは黄金の髪をブンブン振ると、階段を駆け上がっていった。
「ねえ、助手1号……じゃなくて、傭兵さん?」
ノエルは苦笑交じりの小さなため息をついて元女神の背中を見送ると、ヒューガに向き直った。
「ははは、助手1号で構わないよ。私も咄嗟に君をお嬢様と呼べるか怪しいからね。つい、人前でノエルと呼び捨てにしてしまいそうだ」
「ふふっ、じゃあ開き直って今までどおりってことにしましょう。そういうフランクな主従関係があったっていいと思う」
ノエルは照れくさそうにはにかんだ。
「ああ、心得た。――ところで、何か私に聞きたいことがあったのではないかい?」
「ああ、えっと……この町に私たち以外に人の気配がないかとかって、わかったりするかしら?」
「一応町に着いたときから警戒はしていたが、通りを歩いてきた中で誰かの気配を感じたりはなかったよ。安心してもらって大丈夫だ」
「よかった、それなら久々に思いっきり羽を伸ばしても大丈夫そうね」
そう言ってノエルはトランクケースを床に置くと、扉を開けて表通りに出た。
羽を伸ばすとはどういうことか? まさか、彼女もどこかの小さな元女神のように羽目を外したくなったりするのだろうか?
ヒューガは首を傾げながら後を追うと、ノエルは両手を広げて透き通るような声で何やら詠唱を始めていた。
――これは、私の知らない言語か……!?
言葉の意味を聞き取れないというより、発音そのものを上手く理解することのできない不思議な声。
短い詠唱が終わると白い光を帯びた魔法陣が中空に浮かび上がり、続けてそれより長い詠唱が紡がれると、光はより強さを増していく。
ヒューガは思わず左手で視界を遮り目を瞑った。
――!!
そして、再び目蓋を開けて息を呑んだ。
山間から差す夕日に照らされて、灰色の硬い鱗に覆われた精悍にして獰猛な生態系の覇者――リンドヴルムのシエルが翼を広げてヒューガたちを見下ろしていたのだ。