「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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シエル

 ――羽を伸ばすとは、そういう意味か……!

 

 文字どおり左右の翼を伸ばしてギャウウウと喉を鳴らすようにリラックスした様子の翼竜を見上げて、ヒューガは冷や汗をかいた。

 これでまだ幼体だというのだから、成体の偉容たるや如何ほどのものなのかと想像するだけでゴクリと喉が鳴る。

 

 召喚された翼竜のシルエットに圧倒されていると、不意に頭上からバキッ! と乾いた木の折れる音が鳴った。

 

「うわわわわっ、うわあああああああああああああ――――――――っ!?」

 

 かと思うと、続けざま聞き慣れたやかましい声が降ってきた。

 

 ――なっ……あの馬鹿はいったい何をやっている!?

 

 見上げると、どういうわけか声だけでなくその主――金色の髪の元女神が宿酒場の2階の窓から落下してくるのが確認できた。

 神界一の美少女を自称する相棒の頭が熟れたザクロのように割れる様など、無論見たくはない。

 ヒューガは地上で抱き留めるべく、すかさず体勢を整えた。

 

「……?」

 

 しかし、相棒の小さな身体がヒューガの両腕に収まることはなかった。

 

「わっ!? ――って、シエルっ!?」

 

 何事かと見上げると、そこにはシエルにローブのフードを咥えられて宙ぶらりんになった情けない元女神の姿があった。

 

「お手柄よ、シエル。そのままゆっくり降ろしてあげて」

 

 ノエルが我が子を褒めるような声で促すと、シエルは言われたとおり優しくセラを地面に降ろした。

 

「あはは……助けてくれたんだ。ありがとね、シエルっ♪」

 

 セラは乱れたローブを整えると、躊躇なくノエルが以前やっていたように翼竜の頬を撫でて礼を言った。

 

「それにしても、いきなり窓から落っこちてきたりしてびっくりしたじゃない」

 

「ごめんごめん! なんか窓の立て付けが悪くって、つい思いっきり押したら木枠が折れちゃった……」

 

 ――それで勢い余って落ちてきたわけか……。

 

「危なっかしくて見てられん、やはり太陽石()の中で大人しくして――」

 

「うっ……つ、次はちゃんと気をつけるからっ!」

 

「二言はないな?」

 

 ヒューガが念を押すと、セラはコクコクと首振り人形のように何度も頷いた。

 

「まぁまぁ、シエルのおかげで無事だったんだし、お説教もそのくらいにしといてあげなさいよ。久々に気兼ねなく外に出られて、ちょっとはしゃぎすぎちゃっただけよね、神さま?」

 

「ノエルぅ~……っ!」

 

 セラはトコトコとノエルの元に駆けていき、ギュッと胸元に飛び込んだ。

 

 ――調子のいいヤツめ……。

 

 さすがは、神々の世界を愛嬌で生きてきたと豪語するだけのことはある。

 とはいえ、何かと相棒に不便を強いてしまっているのは事実だし、これからも往々にしてそれは続くだろう。

 そう思うと、こういう人目のない状況くらいは少しばかり大目に見てやってもいいのかもしれない。

 我ながら甘いと自覚しつつ、願わくば人目に憚られることなく相棒と肩を並べて旅をしたいと望む自分がいることを自覚してしまい、ヒューガはなんとも言えない微妙な顔をした。

 

「し、しかし、本当によく躾けられているんだな。ドラゴンとはもっと荒々しい存在だと思っていたが……」

 

「わたしも他のドラゴンのことはよく知らないけど、この子は素直でとってもおりこうさんよ」

 

「やはり竜と言えど育て親に似るものなのか……?」

 

「リンドヴルム自体知能の高い種族って前提はあるけど、当然育成環境の影響は大きいだろうねぇ。ここまで人に懐いてるなんて、よっぽど大切に育てられたはずだよ」

 

「はぁ……褒めても何も出ないわよ」

 

 前髪を弄りながらのジトーっとした視線が、助手たちの額を交互に焼く。

 その表情はあくまで涼しげだが、どこか満更でもなさそうな穏やかな声色だった。

 

「そういえば、前から少し気になっていたのだが……彼――シエルがいるのならば、私が用心棒を務めるまでもなく廃教会の面々と話をつけることができたのではないか?」

 

 たとえ幼竜といえど、一介の山賊風情では束になっても到底敵うような相手ではない。その気になれば実力行使だって現実的な選択肢たり得ただろう。

 

「あー……それはきっと無理だね」

 

 セラが口を挟むと、ノエルは彼女に目配せして無言の肯定を示した。

 

「ドラゴンは文字どおり規格外の生き物なんだ。とくにリンドヴルムはものすごい速さで空を飛べるし、ブレスは吐けないけど代わりに強力な衝撃波を放つことだってできる」

 

「非常に心強い戦力だと思うが……いや待て、そうか――」

 

「気づいたみたいね。……つまり、そういうことよ。実はわたし、モグリの竜召喚士(ドラゴンサモナー)なの」

 

「モグリ……ということは、やはり何らかの資格か免許のようなものが必要なのだな?」

 

 人の意のままに空を飛び回り、空中から衝撃波での攻撃を可能とする竜の前では、いくら難攻不落の要塞とて何らの防衛力としても機能しない。

 そもそも、そのような極端な例外を想定した設計などされていないのだから。

 そんな生ける攻城兵器ともいえる存在が、国家の承認を得ないまま自由に飼育・使役できるはずがない。

 

「資格が必要ってゆーか、そもそもドラゴンの召喚術士なんて普通世界中探したって何人もいないんだよ。そんな状況でうっかりドラゴン使いなんてことがバレちゃったら……」

 

「軍の連中あたりが血眼になって抱き込みに来る……か」

 

「そーゆーこと。危険な存在ってコトは、裏を返せば味方にできればとっても大きな戦力になるってコトだからね。そりゃあ、どこの国だって喉から手が出るほど欲しがるよ」

 

「翼竜1体で計り知れないイニシアチブを握れるとなれば……無理もない話か」

 

「――ま、当然ながらわたしは軍人になる気も、この子を戦いの道具になんてする気もこれっぽっちもないもの。平穏に生きたかったら、これから先も世間様にバレないようにモグリでいるしかないってこと」

 

「……なるほど。フフフ……そういうことならば、どうやら私の用心棒としてのお株は奪われずに済んだようだな」

 

 ヒューガはこれ見よがしに腰に下げた魔剣の鞘を掴んでわざとらしく苦笑した。

 廃教会での一件の帰り道、「怖がらせたくないから、シエルのことは村の人たちには内緒にしてちょうだい」と言い含められた裏には、とても切迫した事情があったということのようだ。

 

「あなたも冗談とか言ったりするのね」

 

 ノエルは蒼い双眸をキョトンとさせた。

 

「あれ、きっと半分マジだよ。自分がやらなきゃ! って颯爽と1人で廃教会に乗り込んだのに、実はその気になればノエルだけで解決できたんです! ――じゃ、ちょっとカッコつかないじゃん?」

 

「えっ、そうなの? ふぅん……もしかして助手って意外とプライド高い?」

 

 ――余計なことを言うな、石の中に封じ込めるぞ。

 

 あれでいて勘が鋭く綺麗に図星を突いてくるのだから、余計タチが悪い。

 「意外な一面発見ね」とほくそ笑む雇用主の生暖かい視線から逃れるように純白のマントを翻すと、「暖炉を焚いてくる」と言ってヒューガはそそくさと宿の中に逃げ込んだ。

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