「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう 作:ますかるぽーね
「――おっ! やってるねぇ、火起こし名人! たしか、暖炉の管理ができて初めて一人前の男として認められるんだっけ?」
リュックから火打ち石と火口の麻縄を取り出して暖炉の火を起こしていると、陽気な声とともにセラが戻ってきた。
「よくそんなことを覚えているな……。あれは大陸北部の豪雪地域での習わしだ、私の国の話ではない」
ノエルの家に転がり込んだ日の夜に、薪割り仕事に手慣れているのをごまかすため咄嗟にそんな嘘を言ったような記憶がある。
もっとも、空腹に耐えかねた元女神の大ポカによって、ヒューガのささやかな努力は瞬く間に水泡に帰してしまったのだが。
「あはは、王宮勤めは方便も達者だね。そういや、薪なんてどこにあったの?」
「幸いなことに、キッチンの奥に乾いた薪木が積まれていた。おそらくクレマン殿の隊が置いていったものだろう。勝手に拝借するのも少し気が引けるが、寒さには敵わん。この際ありがたく使わせてもらったよ」
「山から冷たい風が吹いてたし、夜は結構冷えそうだもんね」
「ああ。だが、この先は次の町まで4、5日ほど山小屋もない街道が続くらしい。なんだかんだ、お前は旅慣れているだろうし、いざとなれば
「村に来る前は1人で旅してたって言ってたし、エルフって人間より病気に強いから大丈夫じゃないかなぁ? あ、心配なら野宿のとき毎晩ボクにしてくれたみたいにムギューって――」
「そんな不埒な真似は絶対にやらんぞ。そんなに言うのならば、体温の高そうなお前がくっついて寝ればいいだろう。いつも彼女のベッドで抱き枕になっていたのだろう?」
突然そんなことをして、せっかく築いてきたノエルとの信頼関係に亀裂が生じたら、この先の旅どうしてくれるというのか。
そもそもヒューガとしては相棒を「ムギュー」と抱きしめた覚えなど一度もない。この元女神が勝手にマントの中に潜り込んで体を預けてきただけだ。
「……あーもうっ! 気が利かないなぁ、ヒューガは。これは、さぞかしお姫様も苦労したんだろうなぁ……」
――なぜ、私は叱責されている? どうしてそこでアシェの名前が出てくるのだ……?
一丁前に肩を竦めるセラの怒りのツボがさっぱりわからず、ヒューガはぱちくりと瞬きをした。
紳士の模範たるべき帝国騎士として、寒さに付け込んで女性の肌に触れようなどという軟派な行為には断固として及ばないという意志を示しただけだというのに……。
「そ、そういえば、そのノエルはどうしたんだ?」
「シエルがお散歩したいっておねだりしてくるから、ちょっと空をひと回りしてくるって背中に乗って行っちゃった」
――巨体に翼が生えているだけで、やはり中身は犬なのか……?
「あっ、あとついでに魔獣が町に寄ってこないように追っ払ってくれるってさ。――あ、ほらっ! 聞こえるでしょ?」
セラがそう言って頭上を指差すと、シエルのやや高いトーンの咆哮が宿酒場の中まで漏れ聞こえてきた。
竜が高らかに縄張りを主張する不可侵の領域へ、わざわざ飛び込むような愚かな獣もいないだろう。今夜は安心して眠れそうだ。
「やはり、彼女が一番常識の埒外なのではないか……?」
「ねー」
雇用主が不在なのをいいことに、聞かれれば睨まれそうなことをここぞとばかりに言い合い、2人は揃って苦笑した。
*
「羊料理禁止の町でコレを食べるのも、なんか変な気分ね」
肉の挟まったパンを一口食べて、ノエルはつぶやいた。
ロジーヌが持たせてくれた羊肉のパストラミとチーズをパンに挟んで、暖炉の火で軽く炙った一品。今晩唯一の食事だ。
「考えてもしかたないけど、ちょっと罪悪感湧いちゃうよねぇ――あむっ」
セラはそう言いつつも小さな口でついばむようにパンをかじると、幸せそうに目を細めた。
「この宿も、昔はとても賑わっていたのだろうな」
ヒューガたちの着いたテーブルには皿やジョッキを置いた際にできた無数の傷が刻まれ、繁盛していたことを物語っている。
カウンター奥に並ぶ酒瓶は、20年近い歳月を経てラベルが判別不能なほど劣化していて、中身が無事かを確かめる気も起きない有様だった。
「そういえば、ノエルもこの町は初めて来たみたいだったけど、プリュイ村に来るときってここ通らなかったの?」
「えっと……私は共和国の南側から人目につかない山越えルートで来たから……」
帝国南部と共和国の間には急峻な山々がそびえ立ち、ちょうど稜線に沿って自然の国境が築かれているのだという。
普通の少女が1人で雪山踏破などできるはずもない。おそらくは、視界の悪さをカムフラージュにシエルに乗って無理矢理国境を超えてきたのだろう。
――なんてバイタリティだ。どうやら、私の心配は杞憂に済みそうだな……。
ヒューガの中で、この行動力の権化のような雇用主が寒さごときに音を上げる姿が一気に想像できなくなってしまった。
「……んん? 人目に付かない……? それって、もしかして不法入国――」
「い、いいのよ! エルフなんて、どうせみんな自分の出身隠すんだから。一度入国しちゃえば、いちいち『共和国人ですか?』なんて聞かれないはずだし大丈夫……たぶん」
セラから訝しむような視線を向けられると、ノエルは露骨に視線を逸らして開き直りのような言い訳を展開した。
「あはは、ノエルも見かけによらず悪い子だなぁ」
「うっ……褒められた話じゃないから、今のは他の人には内緒でお願い」
ノエルは、罪悪感に自覚があるのが居心地悪そうにうつむき加減に言う。
「わかってるって♪ 秘密を抱えた者同士の約束だねっ!」
「わざわざ山を越えてきたということは、正規の手続きでは入国が難しかったということなのか?」
「あー……たぶんそれは逆だね」
「逆……? 共和国側が出国を許さないというのか?」
「エルフは人間の知らないような貴重な知識をたくさん持ってる種族だからね。ホイホイ他国に渡って知識を漏らされるのは具合が悪いのさ」
「はぁ……さすが神さま、よくご存じで。他の世界でもみんな同じなのね」
ノエルはため息をつくと、そう言って肩を竦めた。
現に彼女は、自国の薬学知識を用いて勇者ウィルを救ったのだ。ある意味、エルフ出国制限の正当性を自ら証明するような存在と言える。
「まあね。――ま、その分、人間に友好的なエルフはいろんな分野のアドバイザーとして、ものすごい好待遇で扱われるんだけどね。何せ、一度雇ったら後継者争いも起きることなく何百年も国に仕えてくれるんだから、これほど安心できる相手もいないよ」
「なるほど……とにかく、自国の優位性を損なうような真似をされないように徹底的に囲い込むというわけか」
そう考えると、ノエルの言い出したエルフの資産家令嬢という設定も非常に説得力がある。
「――ま、そういうわけで私の祖国が出してくれないから、こっそり飛び出してきちゃったってわけ。
ノエルは知性を象徴するような蒼い瞳を輝かせ、珍しく茶目っ気たっぷりに子どものような悪戯っぽい笑みを見せた。
「可愛い子には旅をさせろって言うけど、ノエルの場合、カワイイ子が『旅をさせろー!』って自分から飛び出してきちゃった感じだよねぇ」
「フフ、お前もたまには上手いことを言うな」
「はぁ……生憎、おだてたっておかずは増えたりしないわよ」
ノエルはいつもの半月の形に戻ったジトーっとした瞳で助手2名を睨め付けた。