「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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魔法と精霊の寵愛

「ノーエールぅ! もう朝だよー? お寝坊さんはごはん食べ損ねちゃうよー?」

 

「ん、むぅ……神さま……?」

 

 セラが小さな手で両肩を掴んで、ぐわんぐわんと大きく揺すり続けること数分。

 岩のように重たい目蓋をようやくうっすら開いてお目覚めになった我らが雇用主。

 

「……ん、あったかくていい匂い……すぅ……」

 

「わわっ!? ――って、何事もなかったみたいにまた寝ないでよーっ! ボクの抱き枕タイムはもう終わりだってばぁ!!」

 

 毛布の中に引きずり込まれ、ギュッと抱きしめられて、小さな元女神はジタバタともがいた。

 

「フフ、今朝も苦戦しているようだな。ハーブティーを淹れてきた、熱いから気をつけてくれ」

 

「わぁ、ありがとっ♪ ……まったく、いつもはあんなにしっかり者なのになぁ」

 

 眠り姫の拘束から逃れたセラは、乱れた髪を手ぐしで直すと苦笑交じりに湯気の立つマグカップを受け取った。

 村にいたときからいつもノエルの抱き枕として一晩中揉みくちゃにされているらしく、ヒューガに朝の挨拶をするときの姿は決まって金色の髪が怪物のように無造作に弾け、パジャマも派手に着崩れているのがお約束となっていた。

 

「コホン――お嬢様、お目覚めのコーヒーをお持ちしました」

 

 ヒューガはわざとらしく咳払いすると、毛布に包まるあどけない少女の前に屈んで、彼女のお気に入りの大きなマグカップを差し出した。

 

「…………?」

 

 お嬢様という言葉に反応したのか、それとも彼女好みの香ばしい深煎りの匂いに反応したのか、ノエルは今度こそようやくパチリと大きな瞳を開いた。

 起き抜けに助手と目の合ったノエルは、ようやく状況を理解したのかばつの悪い顔で視線を泳がせ、顔を伏せてしまった。

 

「おはよう、ノエル。パンも焼けたし、そろそろ食事にしないかい?」

 

 低血圧のエルフは両手でマグカップを受け取ると、小さく子どもっぽい声で「……うん」と頷いた。

 

 

     *

 

 

「《アクア・コレクト》」

 

 ノエルが両手を前にかざして魔法を唱えると青い魔法陣が発現し、空中に豆粒ほどの水の球が浮かび上がった。

 それは瞬く間に人の顔よりも大きな塊へと膨れ上がり、彼女の手の平の上でふよふよと漂う。

 ノエルはそのまま水の塊を操ると、ヒューガが太い枝で炭を崩してあらかた熱の収まった焚き火の根元へと静かに注いでいく。

 そこに寝起きの悪いぽやぽやエルフの姿はない。魔法を唱えるときの知性溢れる真剣な眼差しは、正しく優れた魔道士のそれになっていた。

 

「はい、消火完了。最近空気が乾燥してきてるし、火の始末はしっかりしておかないと」

 

「火事になっちゃったら大変だもんね。――あっ、出発前についでに水筒の補充もお願いしちゃっていいかな?」

 

 ドライフルーツとナッツのぎっしり詰まったパンで腹を満たしたセラは、そう言ってヒューガのリュックに括り付けられた革製の水筒を取り出した。

 

「もちろん」

 

 二つ返事で応じたノエルは、また同じように魔法を唱えると、今度は水の塊を細く絞って器用に水筒へと注いでいった。

 

 《アクア・コレクト》――ヒューガの世界にも存在した、大気中の水分を集めて清冽な水を作り出す、地味ながらも非常に便利な魔法だ。

 騎士団の遠征において、清潔な飲み水の確保というのは最優先事項といって差し支えないものだった。人間、水がなければ一週間と持たず確実に死に至る。

 故に、水属性の魔法の扱いに長けた魔道士は、たとえ戦闘能力はなくとも支援部隊の要として必要不可欠な存在だった。

 

 ――長旅において、これほど心強いことはないな。

 

 ヒューガは改めて、彼女の同行に感謝の気持ちを抱いた。

 

 

 レーヌブールを立って、早くも3日目の朝を迎えていた。

 

 廃墟の宿酒場で一晩を過ごした一行が無言の町に別れを告げて街道を進むと、程なくして道が二手に分かれていた。

 東に進むと帝都ブランシェール、北西に進むと鉱山都市ロシュドール。古びて今にも倒れそうな立看板にはそのように書かれている。

 ノエルによると、旧帝都は現在も瘴気汚染が続き、瘴気漏れを防ぐために宮廷魔道士たちの大規模な儀式魔法によって強力な封印結界で完全封鎖されており、上空からでさえ立ち入ることはできなくなっているのだという。

 一行は、エミールに地図に直接ルートを書き込んでもらったとおり、ロシュドールという町を経由して新帝都クロワゼリアを目指すべく、北西の道を進んだ。

 

 プリュイ村から続いた見通しの悪い林道とは打って変わって、レーヌブールから北側の街道は視界の開けた広大な平原になっていた。

 おかげでヒューガも周囲への警戒に神経を尖らせることもなく、楽しそうに女子トークに花を咲かせる2人の背中を眺めながらの穏やかな旅路が続いた。

 

 道中には荷馬車と思しき比較的新しい車輪の跡が連綿と続いていた。十中八九クレマンの商隊もこの道を行き来しているのだろう。

 おかげで、彼らが何度も利用したであろう、地面が均され、椅子代わりの丸太がこしらえられた野営跡を二晩連続で拝借して夜を明かすことができた。

 彼の商会は2つの隊がひと月ごとに帝都クロワゼリアとプリュイ村を交互に往復しているという。

 もしかしたら、今後もう1つの隊とすれ違うこともあるだろうから、その時は勝手に寝床を借りた詫びに酒の一杯でも奢って謝意を伝えるべきかもしれない。

 ヒューガはそんなことを考えながら、荷物をまとめて出発の準備をした。

 

「しかし、無詠唱で《アクア・コレクト》を使えるなんて、ノエルは本当に魔法の扱いが得意なんだな。もしかして、《イグニッション(火起こしの魔法)》も使えたりするのかい?」

 

 大気中の水分を凝縮してまとまった分量の水に変える――たったそれだけの攻撃性を伴わない地味な生活魔法だが、不純物を排除してそのまま飲み水として利用できるほど清らかな水を精製するには、高度な術式を組み上げるための繊細なマナ操作を要求されるという。

 現に、ヒューガの見てきたどの熟練の魔道士でさえ術の行使には必ず詠唱を用いていたのだから、技術の要求レベルそのものは上位の戦術魔法とさほど変わらないということだ。

 それをこんなにも易々とやってのけてしまうのだから、やはり伝説に違わぬエルフ族の魔法適性の高さをヒューガは実感させられた。

 そんな彼女ならば、わざわざヒューガが火打ち石を鳴らすまでもなく、その気になれば魔法で火を起こすくらい造作もないのかもしれない。

 

「えっ? ……ああ、そっか。たしか、あなたの世界には人間以外の種族っていないんだったわね」

 

「少なくとも、私の知る限りでは聞いたことがないが……」

 

 それが火起こしの魔法とどう関係するのか、ヒューガはいまいち要領を得ない。

 

「えっとね、ヒューガ。エルフは火属性の魔法を使えないんだよ。火の精霊の寵愛を受けてないからね」

 

 セラは完全に熱を失った真っ黒な炭を拾い上げて言った。

 

「精霊の……寵愛? 初めて聞く言葉だ」

 

 聞き慣れない言葉の組み合わせに、ヒューガは目を瞬かせた。

 

「ま、人間しかいない世界で生きてきたなら当然だよね。その種族が使える魔法っていうのは、どの属性の精霊から愛されているかによって元々決まってるのさ。これを俗に『精霊の寵愛を受けている』って言うんだよ」

 

「――ま、逆に言えばそれ以外の属性との繋がりは断たれちゃうわけだし、『精霊に縛られている』って言い方もできなくないわけだけど。たとえば、わたしたちエルフは水と風の2つの属性の精霊から寵愛を受けてるの。だからその2属性の魔法しか使えない代わりに、術式を展開するときに精霊がマナを編む手伝いをしてくれるってわけ」

 

 ノエルは右手の人差し指の先につむじ風を起こし、同時に反対の手の平に水の塊を浮かべてみせた。

 

「なるほど、水や風の精霊が力添えをしてくれるおかげで、詠唱を用いずとも瞬時に高度な魔法術式を組み上げることができるのか」

 

「要は、属性に縛られる代わりに常に魔力強化の加護を得たような状態ってことだね」

 

「だからエルフに限らず、いずれかの精霊から寵愛を受けた種族なら、たとえ上位魔法でも仰々しい詠唱なんて必要としないのよ」

 

「あんまり魔法を好んで使わないドワーフだって、火と地の精霊の寵愛を受けてるもんね。聖書の朗読みたいな長ったらしい詠唱するのなんて人間くらいだよ、あれはもう執念の賜物だね」

 

「たしかに、一種の発明みたいなものよね」

 

 ノエルは心底感心するように首肯した。

 

 ――詠唱が執念で発明……? どういう意味だ?

 

「ところで、人間はどの属性の精霊から寵愛を受けているんだ? 私は魔法を使えないのであまり関係ないのかもしれないが、話を聞いて興味は湧いたぞ」

 

「えっ? 人間にそんなのないよ?」

 

「…………は?」

 

 ヒューガはその場で立ち尽くし、間抜けな声を漏らした。

 いくら魔法の素養を持たない自分とて、元女神の口から「人間を愛する精霊などいない」と宣告されては、さすがにショックを受けずにはいられなかった。

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