「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう 作:ますかるぽーね
「まあまあ、そんなに落ち込まないでよヒューガ。べつに悪いことばかりってワケじゃないんだからさっ」
小さな相棒の手が、慰めるように重い荷物を背負ったヒューガの肩をポンと叩く。
「人間が精霊に見放されていることが、か……?」
ヒューガは浮かない顔で傍らの金色の頭を一瞥した。
世界の根源物質たるマナの紡ぎ手と呼ばれる精霊に愛されていない――その事実はヒューガにとって大きな衝撃として、こうして旅の歩みを進める中も頭の中で反響していた。
「さっきも言ったでしょう? 精霊から寵愛を受けてないってことは、逆に言えば精霊に属性を縛られてないってことでもあるの。たぶん、あなたの世界の人間も、使える魔法の属性とか数って人によってまちまちだったんじゃないかしら?」
反対側から、今度はノエルが励ますような優しい声をかけてきた。
「う、うむ……たしかに、火と風の魔法が得意な者もいれば、唯一使える地の魔法だけをとことん極める者もいたな」
扱える属性の数はそのまま魔道士としてのステータスに直結する。とくに、地水火風の4属性を操れる稀有な才能は《
もっとも、それが持て囃されるのは専ら平和でアカデミックな世界での話であり、ヒューガが身を置いていた騎士団のような命懸けの実務組織においては評価軸がまるで異なっていたのだが。
「人間は精霊の寵愛を受けない代わりに、地水火風の基本4属性から光と闇の上位2属性まで、すべての属性の才能が秘められてる。これは魔法に限った話じゃなくて、種族として生まれ持った得意がないからこそ、人間は自分の得意を見つけるために努力するしかなかった。そうやって長い年月をかけて、いろんな人がいろんな努力をすることで生まれた得意の多様性こそが、人間っていう種族が多くの《箱庭》で最大勢力として繁栄している一番の強みってヤツなのさ。ある意味、無限の可能性を持った種族とも言えるのだよ!」
元女神は偉そうに人差し指を立てて、ムフー! と鼻息荒く力説した。
「得意の多様性……か」
何も持たないからこそ無限の可能性を切り拓いた種族――そう言われると、俄然悪い気はしなくなってくる。
――我ながら単純すぎるな……。
ヒューガは思わず心の中で苦笑を漏らした。
「神さまって、ときどき大人っぽいこと言うわよね」
「ときどきってなんだよぉ!」
――!
そんな和やかな空気に、鉄の錆びたような臭いが不意に混ざったのをヒューガの鼻は逃さなかった。
殺風景だった平原を2日半がかりで渡り終え、ちょうど起伏に富んだ山道の入り口に差し掛かった時のことだった。
「――セラ、腕輪に戻れ」
「ど、どうしたの、急にっ!?」
「……誰かいるの?」
「いや、人の気配はないが……微かだが、血の臭いがする」
「まさか人っ!?」
「人か獣かまではわからん。だが、いずれにせよ警戒するに越したことはない」
「わかった、ヒューガこそ気をつけてね」
セラは素直に応じると、ヒューガの左腕のバングルに触れて一瞬のうちに太陽石の中へと身を隠した。
「ノエル、シエル抜きでの実戦経験は?」
「昔から師匠と山で狩りはしてたし、野生の魔獣と戦ったことなら何度もあるけど……」
「人に向けて殺傷性のある戦術魔法を放ったことはないのだな?」
ヒューガの問いに、ノエルは無言で頷いた。
「承知した。私の後ろから絶対に離れないでくれ」
いくらことごとく規格外なエルフの少女とはいえ、彼女が一線を越えていない守るべき純粋な民間人であることを確認して、ヒューガは安堵した。
もしかしたら、廃教会でシエルに乗って上空から啖呵を切ったのが初めての対人経験だったのかもしれない。
ならばこそ、いざという時に手を汚すのは自分だけでいい。ヒューガは騎士として胸に誓いを立てた。
「了解よ」
ノエルは緊張した面持ちで再度頷くと、ヒューガの背に続いた。
*
「これは――!」
山道を歩み始めて程なく、血の臭いの正体がヒューガたちの前に姿を現した。
鬱蒼とした樹木の茂る山を切り拓いて整備された道を横切るように、左から右へと何者かが駆け抜けた血の混じった足跡がはっきりと残されていたのだ。
(この形、間違いなく人のものだね)
「ああ、それも大きさからして十中八九、子どもだろう」
ヒューガはノエルに通じるように敢えて声に出して伝えた。
「どうして集落もなさそうなこんなところに子どもが……?」
地図で確認した限り、この山道の入り口からロシュドールまでは少なくとも丸1日以上歩く必要がある。
そして、かの都市より南にはプリュイ以外に現存する集落などない。
とても、子どもが気軽に訪れるような場所でないことは確かだった。
「理由はわからないが、裸足のまま慌てて駆けていったように見える。この血痕……恐らく足に傷を負っていたのだろう」
ヒューガは荷物を横に下ろすと、必死に強く地面を蹴ったような泥と血液の混じった痕跡を確認しながら答えた。
――何かから逃げていたのか……?
「……ねえ、助手――」
ノエルが心配そうな顔でヒューガを見上げた、その瞬間だった。
「ノエル、下がれ!」
ヒューガ叫ぶと、山道の左の木々の中からオオカミのような灰色の体毛を逆立てた魔獣が立て続けに3体飛び出してきた。
ヒューガは咄嗟に魔剣を抜き、ノエルを背に庇うように魔獣たちと対峙した。
「――
ノエルの驚きの声を背中越しに聞きながら、ヒューガは剣を構えながら冷静に敵を観察する。
「野生にしては気配の消し方が巧妙だとは思ったが、なるほど……首輪付きの魔獣か」
よく見ると、いずれの魔獣も何らかの識別を示すタグのついた赤い首輪をしていた。
ヒューガの世界でも、高い戦闘能力を持つ魔獣の軍事利用に関する研究は各国で行われていた。
しかし、元が気性の荒い野生生物だけあって、忠実に命令を聞いてくれる馬や犬のような手堅い運用は極めて難しく、専ら魔獣使役は仕事の上で多少の〝事故〟を厭わない武闘派傭兵団の専売特許となっているのが実情だ。
――恨むなら、命じた主人を恨め。
ヒューガは一斉に飛びかかる魔獣を瞬く間もなく一閃の下に斬り伏せると、刀身に付着した赤黒い滴りを払ってから鞘に納めた。
(さっすがヒューガ! ミストルティンの扱いもだいぶ慣れてきたじゃん)
(……切れ味鋭いのは結構だが、本当に《神核》を破壊する以外に妙な力は宿っていないのだろうな?)
万が一にも、珍妙な呪いで斬った魔獣がより強力になって蘇ったりでもしたら洒落にもならない。
(大丈夫だって! ……たぶん)
(たぶんって、お前……いや、今はそれどころではないな)
ヒューガは後ろを振り返って、魔獣の骸を見つめる雇用主へ視線を向けた。
てっきり事切れた魔獣に憐憫の情を抱いているのかと思い、その必要はないと声をかけようとした瞬間だった。
ノエルの両手の先に碧色の魔法陣が発現し、急速に冷気を帯び始めた。
――これは、水と風の
「《アイス・コフィン》」
ノエルが静かにそう唱えると、地面から霜柱が上がり、瞬く間に3体の魔獣の骸を飲み込んで1つの氷塊を築き上げた。
「本当に見事だな。氷結魔法まで使えるのか……」
「2属性しか使えない分、複合魔法は腕の見せ所だから。とりあえず、血の臭いでこの子たちの仲間や他の魔獣が寄ってこないように凍らせてみたんだけど……」
「なるほど、考えたな。凍結させれば血液成分の揮発による臭気の拡散を抑えられるということか」
「すぐに理解するあたり、やっぱりあなたも冴えてるわね。少しかわいそうだけど、先に襲ってきたのはあっちだもの……このくらいは、ね?」
そう言ってノエルは両手を結ぶと魔獣の魂へ無言の祈りを捧げた。
(あはは……さすが肝っ玉ノエル、心配とかいらなかったね)
(フフ、そのようだな)
どうやら狩りの経験が豊富というのは本当のようで、突然の魔獣からの襲撃にも彼女は取り乱すことなく普段通りの落ち着きを保っている。
またしても心配は杞憂に終わった形だ。
「……しかし、人に使役された魔獣が放たれているとなると、一気にきな臭くなってきたな」
何よりヒューガには、この魔獣たちは最初からヒューガたちを襲いに来たのではなく、移動経路にたまたま立ち塞がった障害として排除しようとしていたように思えた。
標的は別に存在するのだ。
「……追われてたのかしら? この足跡の子」
「恐らくそうだろう。まだ足跡も真新しい、急いで追えば間に合うかもしれないが……どうする? 形式上とはいえ私は今、君の麾下にある。判断は任せるよ」
「はぁ……わかりきったこと訊かないでちょうだい」
「――承知した」
ため息交じりの雇用主のその言葉を待っていたとばかりに、ヒューガはフッと笑みを見せ、真剣な瞳で返事をすると、荷物を茂みに隠して足跡の消えていった先を見据えた。
医療従事者であるノエルが、手負いの子どもの存在を知って放っておけるはずがない。
お節介病の勇者ウィルならば、それこそ周りがどれだけ反対しても助けに行くと言い張って聞かないだろう。
そして何より、弱き者の剣であり盾であれ――誇り高き帝国騎士ヒューガ・レイベルとして、捨て置く選択肢など最初からありはしないのだから。