「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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間一髪

「う、あっ……い、いやだ……! だっ、誰か助けてぇ――ッ!!」

 

 血の混じった足跡を辿り、山道から外れた森の中を進んでいると、不意に前方から幼い子どもの悲鳴が響いた。

 

(ヒューガ!)

 

(やはり、あの3体だけではなかったか……まずいな、急ぐぞ!)

 

 テリトリーを踏み荒らされた野生の魔獣が襲いかかってきても何ら不思議ではない鬱蒼とした森の中だというのに、ここまで1匹たりとも魔獣と出くわすことはなかった。

 おそらくは、ヒューガたちに先行して足跡を追った軍用魔獣の群れが放つ殺気に怯えて、すっかり身を潜めてしまったのだろう。

 

 ノエルに目配せすると、彼女が複合魔法で生み出した即席の〝武器〟を受け取り、ヒューガは1人先行して森の奥へと音もなく駆けた。

 

(いたぞ!)

 

 一際大きな木の根元で、5体の灰群狼(アッシュワーグ)が何か追い詰め、今まさに一斉に襲いかかろうとしていた。

 

(ダメだ! 間に合わないよっ!)

 

(――任せろ)

 

 ヒューガは相棒の叫びをよそに身を屈めて、魔獣の背後から一気に距離を詰める。

 剣を抜く代わりにマントの下から冷気を帯びた先端の鋭利な得物を取り出すと、手首の返しを利かせて立て続けに4本を魔獣へ向けて投擲した。

 透き通った得物――手投げナイフの代わりとしてノエルに生成してもらった《アイス・ニードル》の氷柱は、空気を切り裂くように4体の魔獣の首を次々と正確に貫き、断末魔の悲鳴も許さずその命を刈り取っていく。

 

 異変に気づいた最後の1体が、ようやく背後へと振り向く。

 

 ――遅い。

 

 動体視力に優れた魔獣の目がヒューガの存在を認めた時、その胴は今度こそ鞘から抜かれた魔剣の一太刀によって既に切り裂かれていた。

 

「大丈夫か、少年?」

 

 幸い、他の魔獣の気配はない。脅威の排除を確認したヒューガは、剣についた魔獣の血を払って鞘に仕舞うと、うずくまる子どもに歩み寄って凍瘡で真っ赤になった手を差し伸べた。

 

「あ……」

 

 死を覚悟していたのだろう。ヒューガの声を聞いた子どもは、自分がまだ生きていることが不思議な様子で恐る恐る顔を上げた。

 歳はちょうどセラの外見と同じくらい、11から12歳といったところだろうか。毛足の長い淡いライラックの癖毛と琥珀色の瞳が特徴的な、幼くも美しい顔立ちの少年だった。

 身体をすっぽりと覆う木綿のチュニックから覗く細い脚は泥と血に塗れ、あちこち打ち身したのか無数の痣で赤黒くなっていた。

 

「い、いやっ! もうひどいことしないで……っ!」

 

 少年はヒューガの顔を見るや悲鳴を上げて後ずさった。

 青ざめた顔でガタガタと震え、異様なほどに怯えきった様子の少年の髪の隙間から、明らかに人間とは異なる、しかしノエルのそれより短く丸みを帯びた三角形の耳が覗いた。

 

(……よほどつらい目に遭ったのだろうな)

 

(うん……助けてくれたヒューガのことまで怖がっちゃってるし、かなり気が動転してるみたい)

 

(しかし、まさか魔獣に襲われていたのがエルフの子どもとは思わなかった。ここはやはり、同族のノエルの方が適任かもしれんな)

 

(いや、この子は――)

 

「……その子、ハーフエルフね?」

 

 ようやく追いついてきたノエルが、《アイス・コフィン》で手際よく魔獣の死骸を氷の棺に収めながら言う。

 その言葉に、少年は琥珀色の瞳を見開いて慌てた様子で尖った耳を隠すように癖のついた藤色の髪で覆った。

 

「大丈夫、彼は帝国の人間じゃないわ。あなたにひどいことをしたりはしないから安心してちょうだい」

 

 ノエルは「私に任せて」とヒューガへ目配せすると、ボロボロの少年の前にしゃがみ込んで彼の手を両手で包み込むように握った。

 

「ほんと……?」

 

「本当よ。共和国よりもっとずっと遠い国から剣の修行にやってきた物好きさんで、今はわたしの旅の護衛に雇ってるとっても優しい凄腕の剣士なの。……お願い、信じてくれないかしら?」

 

「……うん」

 

 少年は暫し逡巡した後、残された僅かな勇気を振り絞るように小さく頷いた。

 

「ふふっ、ありがとう。わたしはノエル。で、彼はヒューガ。あなたのお名前は?」

 

「……セシル。……剣士のお兄ちゃん、さっきは怖がっちゃってごめんなさい……えっと、助けてくれて、ありがとう」

 

 少年は琥珀色の瞳でヒューガの顔をしっかりと見つめると、声変わりのしていない少女のような透き通った声で礼を言った。

 

「剣士の務めだ、礼には及ばないよ。とにかく君が無事でよかった」

 

 ヒューガは鞘に収まった剣の柄を握り、間一髪で助け出せた安堵感とともに笑顔で答えた。

 

 

    *

 

 

「うあぁっ……! い、痛いよ、お姉ちゃん!」

 

「汚れを落とさないと薬が塗れないの。我慢しなさい、男の子でしょう?」

 

 ノエルは魔法で精製した清潔な水で、泥と血に塗れたセシルの足を掴んで容赦なく洗い流していく。

 

(こういう時のノエルは有無を言わさぬ迫力があるな……)

 

(勇者のおっさん相手でもまったく物怖じしてなかったもん。こんな若いのに、もう完全にお医者さんの顔つきだよね)

 

 傷口が染みる痛みに涙を浮かべながら向けられたセシルの視線に小さく首を振り、「抵抗しない方が身のためだ」と無言の返事を返す。

 凄腕剣士の助けは期待できないと悟ったセシルは、身を捩らせながら歯を食いしばって暫し痛みに耐え続けた。

 

「はい、傷口の消毒は終わり。あとはこれを塗っておけば痛みも和らぐし、傷の治りもずっとよくなるわ」

 

 そう言ってノエルが肩から提げたポーチから取り出したのは、清潔なリネンの包帯と小瓶に入った乳白色のクリーム。

 

「それは……もしかして白霜苔の?」

 

「そう、万能軟膏。エミール先生に作り方を教えるのに少しだけ調合したのを持ってきたんだけど、まさかこんな形で役に立つとは思わなかったわ」

 

 そう言いながら、ノエルは軟膏を手にとってセシルの足の傷口へと優しく塗り込んでいく。

 最後に慣れた手つきで両足を包帯で巻き留める頃には、セシルは微かな寝息を立てて眠っていた。

 

「どうやら気を失ったようだな。私が背負っていこう」

 

 差し迫る死の恐怖という極限状態から解放され、ノエルの存在に安心感を覚えたことで張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。無理もない話だ。

 

「ありがとう。他の魔獣たちが寄ってくる前に、さっさとこの森から出た方がよさそうね」

 

 森をざわつかせた灰群狼が消えた今、野生の魔獣たちが再び活性化するのも時間の問題だろう。

 

「とりあえず、荷物を取りに戻ったら安全に休めそうな場所を探そう。積もる話はそれからだ」

 

 野生の魔獣相手に後れをとるつもりなど毛頭ないが、意識を失った子どもを背負っていてはさすがに話が別だ。

 それが僅かな可能性であっても、セシルに怪我を負わせるリスクは極力背負いたくない。

 ヒューガとしても、ハーフエルフという存在について、そしてなぜ彼が帝国の人間を恐れるのか――訊きたいことは尽きないが、それも全てはこの森を無事に出られてからの話だ。

 

「……ええ、急ぎましょう。木に目印を刻んできたから、それを辿れば迷わないはずよ」

 

(ホント抜け目ないなぁ……。さすが、山暮らしのハーフドワーフに育てられたって言うだけはあるね)

 

(つくづく頼りになるお嬢様だ)

 

 ヒューガが無言で頷いてセシルを背負うと、2人は急ぎ元来た道を木の幹に刻まれた目印を頼りに戻り、荷物を隠した山道の茂みを目指した。

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