「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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ハーフエルフ

「ふぅ……あったかいや。やっぱり夜の山は一段と冷えるねぇ」

 

 ノエルから譲り受けた若草色のローブに身を包んだ小さな元女神は、両手で包み込んだマグカップから立ち上る湯気に顔を埋めるようにして、ふーふーと息を吹きかける。

 

「まだ本格的に冬になる前でよかったわ、雪なんて降ってきたらたまらないもの。――はい、今日一番お手柄の助手1号も。熱いから気をつけてちょうだい」

 

「ありがとう。いつもながら、心安らぐいい香りだ」

 

 ノエルから差し出された温かいカップを受け取ると、ヒューガは爽やかな香りを堪能してから口に含んだ。

 シスター・マチルダの遺したレシピを元に再現したという、カモミールと数種類の薬草をブレンドして蜂蜜を加えた特製ハーブティー。

 身体を温め、胃の調子を整える効果があるとのことで、きっと旅の役に立つだろうと茶葉を瓶に詰めてトランクケースに忍ばせてきたものだ。

 

 出発当初、ヒューガはてっきり彼女の持ってきた大きなトランクケースの中には大量の着替えでも仕舞われているのかと思い、やはりノエルも年頃の少女なのだと微笑ましく感じたものだ。

 だが、その認識は完全に誤りであったことが最初の野宿の時に明らかになる。

 彼女が意気揚々と鞄から引っ張り出したのは、焚き火のための木材を切るための鉈と、湯沸かしとスープを作るためのサイズ違いの2つの鍋、そして味気ない食事に彩りを加えるための岩塩やハーブに村で採れた蜂蜜。

 さらには、備えあれば憂いなしとばかりに自ら調合した様々な薬が小分けにまとめられ、旅の疲れを癒やしてくれる例のハーブティー、そして彼女の起床ルーティーンに欠かせないコーヒーも忘れずに完備。

 なんと旅慣れした放蕩資産家令嬢だろうか。

 さすがの用意周到さにヒューガは感服し、セラは道中の食事が華やかになることに人一倍大喜びしていた。

 

 ヒューガはハーブティーを啜りながら焚き火の炎越しに、微かな呼吸を繰り返す少年の横顔へと静かに視線を向けた。

 

 ――やはり、まだ目を覚ます気配はないか。

 

 しばらくは相棒を好きにさせても問題なさそうだ。

 

 山肌が半月状に大きく抉れ、天然の天蓋のようにせり出した岩穴の中。日没間近にようやく見つけた今日の野営地だ。

 完全に陽が落ちて漆黒の闇と冷たい夜気が山を包み込む中、岩壁を背にした安全で北からの冷たい風も防げる山中の安息地には、パチパチと爆ぜる焚き火の灯りだけが赤々と揺れる。

 岩穴の一番奥では、ヒューガの毛布にすっぽりと包まれたセシルが、丸くなって寝息を立てていた。

 

「……ノエル、ひとつ訊いてもいいかい?」

 

「何かしら?」

 

 ノエルは、愛用のマグカップを傾けて一口啜ると、視線だけヒューガに向けた。

 

「彼が私の顔を見たときの怯え様……あれは尋常ではなかった」

 

 セシルはただ怯えていたのではない。

 あの時、琥珀色の瞳には、ヒューガの姿が牙を剥く軍用魔獣よりも恐ろしいものに映っていたように思えてならない。

 まるで、あのまま魔獣に食い殺された方がましであると言わんばかりの絶望がその美しい顔を歪ませていた。

 

「それは、彼がハーフエルフという種族であることと関係があるのだな?」

 

「……ええ、恐らくは」

 

 ノエルは手元のマグカップに視線を落とした。

 焚き火の揺らめく光に照らされた彼女の横顔には、いつもの理知的な落ち着きだけではない、どこか重苦しい陰りが落ちているように見えた。

 

「そうね、2人にはロシュドールに行く前に話しておいた方がいいかもしれない。この国――ヴァリオン帝国におけるハーフエルフの立場について」

 

 「まぁ、神さまは大方想像ついてると思うけど」――ノエルはそう付け加えると、セラはハッと目を瞬かせ「……うん」と小さく頷いた。

 

 

     *

 

 

「世界に破滅をもたらす呪われた種族……?」

 

 ヒューガは、思わずノエルの口にした不穏当な言葉を反芻した。

 

「実際にハーフエルフが魔王みたいに世界を破滅させようとしたなんて記録は、歴史を辿ったってひとつもないの。でも、帝国ではずっと昔からハーフエルフはそういう風に呼ばれて、人としての扱いを受けずに迫害されてる」

 

「奴隷として家畜同然に扱われているということか?」

 

「いいえ。奴隷として使役することすら許されないし、そもそも人間の住む町や村に立ち入ることすらできない。帝国法ではハーフエルフと関わることそのものを固く禁じてるのよ」

 

「……すると、ハーフエルフはエルフ側の社会に身を寄せるしかないということか?」

 

「それは無理ね。エルフの集落を出て人間社会に迎合する道を選んだ人たちならともかく、今も森で暮らすエルフなんてみんな純血主義だから、ハーフエルフの存在はむしろ帝国以上に受け入れたがらないでしょうね」

 

「では、彼らはいったいどこで……」

 

「人間に見つからないように、エルフも住まない未開拓の森や山に小さな集落を作って細々と隠れ住んでるの。特に、魔王災害でクロワゼリアに遷都してからは、もぬけの殻になった帝国南部に安住の地を求めてそういう集落が増えたって聞いたことあるけど、わたしは共和国出身だし正直詳しいことまでは……」

 

 ノエルはそう言って小さく首を振った。

 

「住処までは奪われないだけ、まだましと言うべきなのだろうか……」

 

 どうやら、セシルは迫害政策の下に帝国正規軍から追われていたというわけでもなさそうだ。

 ヒューガの世界の常識に照らせば、凶暴な魔獣を使役するのは決まって曰く付きの傭兵団であったが……。

 

「帝国の本音としては根絶やしにしたいんでしょうけど、そこは教会が皇帝家を説得してどうにか歯止めをかけているらしいわ」

 

「ねえ、ノエル? さっき『帝国では』って言ってたけど、その言い方じゃこの世界全体がハーフエルフを迫害してるってわけでもないってこと? なんか、教会もやめてほしそうな立場っぽいし」

 

 それまで黙って話に耳を傾けていたセラが、ピクリと眉を顰めて尋ねた。

 

「ええ、昔はどこの国も帝国に倣って迫害してたんだけど、私の故郷の共和国が方針を変えて積極的にハーフエルフの人材を受け入れるようになったの。10年くらい前の、ほんの最近の話だけど」

 

「……10年、か。今、帝国と共和国ってどっちの力が強い?」

 

 藪から棒に何を言い出すのかと思ったが、意外にもノエルは感心したように目を見開いた。

 

「表向きはまだ帝国が上ってことになってるけど、実態としては共和国の方が今ずっと勢いがあると思う。自分の故郷っていう贔屓目を抜きにしてもね」

 

 「くれぐれも、帝国人相手に今の発言は御法度よ」と、ノエルは口元に人差し指を当ててヒューガに釘を刺した。

 

「そっか……ま、10年もあれば妥当かな」

 

 セラは口元に手をやると、何やら1人納得したように黙り込んでしまった。

 

 ――セラ……?

 

「う、ん……」

 

 相棒に問いかけようとしたその時、毛布に包まったセシルが小さく呻き声を上げた。

 ヒューガはすぐに相棒へ視線を送ると、セラは「あわわっ!」と慌ててマグカップを置いてヒューガの左腕に触れた。

 

「ここ……は……?」

 

 ライラックの髪の少年はモゾモゾと上体を起こすと、見慣れない岩の天井に困惑して首を傾げた。

 

(顔色も悪くない、どうやら体調は問題なさそうだな)

 

(うん、君とノエルのおかげだねっ♪)

 

(――さて、食事をさせて少し落ち着かせたら詳しく話を聞かねばならんな。ところで相棒よ、ひとつ確認しておきたいのだが……)

 

(なんだい、改まって?)

 

(神は、千年に一度の切り札以外に《箱庭》への干渉手段は持ち合わせていないのだな?)

 

(えっ? う、うん……そうだけど――って、まさか、ヒューガ――)

 

(ならば、いかに創造神とて、異物が多少の粗相を働いたところで目こぼしするしかあるまい。相手が法に則った正規軍ならば、さすがに部外者の私が弓を引くわけにはいかんが、ノエルの話を聞く限り十中八九そうではない。……生憎と私は、魔獣に子どもを食い殺させるような外道に情けをかけるほどの博愛精神は持ち合わせていない)

 

 そう、自分は弱きを守る騎士であって、神の名の下にすべてを赦す聖職者ではないのだ。

 

(はぁ……止めても無駄そうだね)

 

 相棒の静かな怒りを敏感に感じ取り、元女神は諦観のため息を以てその意志を尊重した。

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