「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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地図から消えた街

 焚き火に掛けられた鍋から漂う白い湯気が、冷え切った岩穴の空気を仄かに和らげる。

 ヒューガの毛布に包まったセシルは、ノエルから手渡された干し肉と山菜を煮込んだスープをゆっくりと口に運んだ。

 温かい食事が張り詰めていた少年の心身を解きほぐしたのか、恐る恐るうつむき加減に周囲を窺っていた琥珀色の瞳に、ようやく安堵の光が宿り始める。

 

「どう? 少しは落ち着けた?」

 

 ノエルが優しく問いかけると、セシルはこくりと頷き、空になった器を両手でギュッと握りしめた。

 

「……うん」

 

「身体の方はもう大丈夫かい? だいぶ足に傷を作っていたようだが……」

 

「お姉ちゃんのつけてくれた薬が効いてるみたい。力を入れるとちょっと痛いけど」

 

「痛みを感じるのは生きている証拠だ。魔物相手によく頑張ったな!」

 

 そう言って柔らかそうなくせ毛の頭を撫でようと右手を伸ばすと、セシルは「ひっ!」と呻いて身を強ばらせた。

 

「――す、すまない! 人間は苦手なのだったな……」

 

 ヒューガは慌てて手を引っ込めて、所在なさげに頭を掻いた。

 セシルも、反射的にとはいえ命の恩人に対して二度も拒絶するような態度を示してしまったことに申し訳なさを感じたのか、ブンブンと首を横に振って「お、お兄ちゃんは特別……」と言いつつ、おっかなびっくりの上目遣いでヒューガの顔をチラチラと見上げる。

 

「まぁ、そこはお互い追々馴れてもらうとして……セシル、あなたが首輪のついた灰群狼(アッシュワーグ)に追われていた理由、そろそろ訊いてもいいかしら?」

 

 余程つらい思いをしたのだろう。真剣な蒼い眼差しを向けられたセシルはギュッと両目を瞑り、一呼吸置いてようやく意を決したように話し始めた。

 

 

     *

 

 

「ハーフエルフ狩り……だと?」

 

 帝国の迫害政策によって、人間社会から隔絶された未開の地に隠れ住むことを余儀なくされるという、彼らハーフエルフ。

 セシルの生まれ育った集落もその例外ではなく、大陸南部の深い森の中で人間やエルフに見つからないようにひっそりと身を寄せ合って暮らしていた。

 しかし数日前、彼らの慎ましい平穏は前触れもなく破られた。トロー商会と名乗る武装集団が突如として里を襲撃してきたというのだ。

 彼らの目的は、いずれも若い女と幼い子どもたち。

 

「みんなを守ろうとしたお父さんも……長老様も……っ!」

 

 家族を奪われまいと必死に抵抗する者、頭を地面に擦りつけてやめてくれと懇願する者――連中にとって不要な存在は、まるで邪魔な枝でも切り払うかのように容赦なく斬り捨てられていった。

 絶望に泣き崩れ、抵抗する気力すら失った女子供は次々と荷馬車へ乗せられ、里から連れ去られたのだという。

 

「もうわかったわ。……ありがとう、ちゃんと話してくれて」

 

 ノエルは大粒の涙を零して嗚咽を漏らすセシルの隣に座り直すと、そっと抱きしめて背中を擦った。

 

(ひどすぎる……)

 

(外道が……!)

 

 ヒューガは思わず拳を握り締めた。――しかし、腑に落ちないこともある。

 それを確かめるべく、視線をノエルへと向けた。

 

「なぜ、セシルたちは攫われた? 帝国は法でハーフエルフと関わることそのものを禁じているはずではないのか?」

 

「もちろん御法度。――あくまで帝国の中では……ね」

 

 言葉の真意を測りかねて眉を顰めると、ノエルはそれを汲み取ったように続ける。

 

「これから私たちが向かおうとしてるロシュドールってどんなとこか、地図をくれたエミール先生あたりから聞いてたりしない?」

 

「……いや、帝国の外の人間の目にロシュドールという都市がどう映るのか、私自身の目で確かめてみてほしいと言われて、訊いても詳しくは教えてくれなかったのだ」

 

「あの先生ってば、何も知らない人に勿体つけた言い方してくれちゃって……」

 

 「これだからインテリは……」と、ノエルは頭の痛そうな顔で額に手を当てた。

 

「ロシュドールって、公式にはもう帝国の地図に存在しないの。先生のくれた地図、ロシュドールだけ手で書き加えられてたでしょう?」

 

 そう言われてリュックから地図を引っ張り出してみると、達筆な上に小さな文字なので気づかなかったが、たしかに手書きされたようなインクの滲みが見て取れる。

 

「公に存在しないというのは……?」

 

「ロシュドールは魔王災害の影響により全市民が北部地方へ移住した18年前をもって消滅済みである――それが帝国政府の公式見解ってこと」

 

「帝国領土の中にあって、帝国法の及ばない場所……そういうことか?」

 

(一気にきな臭くなってきたね……)

 

(……ああ)

 

「飲み込みの早い助手で助かるわ」

 

 「あくまで共和国で受けた教育に基づいた知識だから、わたしの知識が全部真実かはわからないけど」――そう前置きして、ノエルは続けた。

 

 ロシュドールはかつて金鉱山として大きく栄えた都市だった。しかし枯れない鉱床などこの世に存在するはずもなく、ご多分に漏れず金脈の枯渇した都市は方針転換を余儀なくされる。

 かねてより気性と金遣いの荒い坑夫たちの財布を当て込んだ賭場や娼館が軒を連ねて賑わいを見せていたことから、それらをそのまま新たな主要産業と位置づけて発展させることで、ロシュドールは帝国随一の遊興都市へと変貌を遂げた。

 元々採掘された金を帝都に運ぶための輸送路が整備されていたことから、帝都市民にとってアクセスの良さも追い風となり、有力貴族や大商人など多数の富裕層を顧客として取り込んだロシュドールの経済は安泰に見えた。

 

 しかし、そんな矢先に帝都ブランシェールへの魔王災害が襲いかかることとなる。

 遷都と帝都市民の北部移住に伴い、生命線であった帝都やその周辺地域からの客足ははたと見込めなくなってしまった。

 かといって、顧客たちを追って新帝都クロワゼリアやその近郊都市へ移住しようにも、突然やってきた新参者が大手を振って賭博や風俗のような稼業を今までどおり展開できるほど世の中甘くはない。

 当然あちらにはあちらの縄張りがあり、権力構造が確立されているのだ。下手に藪を突こうものなら命を狙われても決して文句は言えない、そんな仄暗い世界。

 現実的に考えれば故郷を捨てて北部に移住し、真っ当な商売で身を固める他に選択肢はない。しかし、かつて汗水流して財を築いた苦労を忘れ、労せず稼ぐことにすっかり馴れきってしまったロシュドールの堕落した市民たちは、ゴールドラッシュの夢の続きから覚めることを拒む道を選び、ついにある秘策を閃く。それこそが――

 

「帝国領内で唯一、ハーフエルフを抱ける街……か。忌むべき存在として蔑んでおきながら劣情を抱くとは、矛盾も甚だしいな」

 

 ヒューガは吐き捨てるように言った。

 

 新帝都クロワゼリアで人手を雇い、ロシュドールにはハーフエルフを抱くことのできる禁断の娼館があると富裕層相手に噂を流し、かの街は密かに客足を取り戻していったという。

 そして皇帝家が禁忌破りに気づいた時には、既にロシュドールは帝国政府の重鎮や御用商人の間にも多くの愛好家を抱えるまでに至っており、手の付けられない状態に陥っていた。

 人魔大戦で妃と嫡男を亡くし、その後も世継ぎに恵まれず求心力の低下していた皇帝にロシュドールへ制裁を与えるだけの力はなく、やむなく苦肉の策として帝国の版図から抹消することによって「存在しない都市」として黙殺し、禁忌は守られているという体裁を整えるのが精一杯だった。

 こうして、ロシュドールは抗いがたい人間の欲望を巧みに弄ぶことで公然と治外法権を手に入れたのだ。

 

「いくら帝国が国民に向かってハーフエルフを忌むべき種族と刷り込んだところで、人間の美意識がエルフの血がもたらす魅力に抗うのは簡単じゃないの。たとえ、それが半分だったとしても……ね」

 

「……そのようだな」

 

(ヒューガ……?)

 

 月のように蒼い大きな瞳に吸い込まれそうになり、ヒューガはその魅力から逃れるように目を伏せて薪の弾ける音に掻き消されるような微かな声で呟いた。

 もしも自分が騎士として己を律する修練を積んでいなかったとしたら、忠誠を誓った主を救い出す――その果たすべき絶対の使命を胸に抱いていなかったとしたら、自分はいつノエルの美貌の前に屈して劣情を抱いてしまうか、正直わからない。

 背中を伝う冷たい汗が、彼女の言葉の信憑性を否応なく裏付けていた。




今後それ系の過激な内容が直接的に描写されるといったことはないので、その点はご安心いただければと思います。
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