「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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救出命令

「隣の牢屋にいた不思議なお姉ちゃんが、こっそり僕を助けてくれたんだ」

 

 落ち着きを取り戻したセシルが顔を上げて、自分が逃げてきた経緯を話し始めた。

 荷馬車で連れ去られたセシルたちは、ロシュドールへと続く山道から外れた森の中に佇む大きな館で降ろされ、地下の牢屋へと監禁された。

 そこには帝国領内の各地に隠れ住んでいたと思われるハーフエルフが大勢捕らわれており、すすり泣く声がそこかしこで聞こえたという。

 

「不思議な女性? その人もハーフエルフなのかい?」

 

 絶望に満ちた地下牢の光景が目に浮かぶ。

 恐怖と不安に苛まれ、自分たちがこれからどんな目に遭うのかもわからず震えることしかできない者たち。

 ヒューガは怒りに拳を握り締めるのをぐっと堪えて、努めて穏やかな声でセシルに問いかけた。

 

「えっと……た、たぶん。壁の隙間からこっそり話しかけてきてくれただけだから顔とかぜんぜんわからなかったけど、優しい声のお姉ちゃんだった」

 

「その人は、どうやってあなたを牢屋から外に?」

 

「後ろの壁の少し出っ張ったレンガを、お姉ちゃんの言うとおりに上から順番に言われた数だけトントンって叩いたら、いきなり壁に小さな魔法陣が出てきて……」

 

「それに触れたら外に脱出できた……と」

 

「うん……言われたとおり魔法陣に触ったら目の前が真っ白になって、気づいたら森の中にいたんだ」

 

「まさか、ドワーフの転移術式? ……ねえ、どう思う?」

 

 ヒューガの左腕に向けられた視線。元女神の見解が聞きたいようだ。

 

(うーん……あったりまえだけど、普通牢屋に脱出用の仕掛けなんてわざわざ用意しないし、たぶんそのお屋敷を設計したドワーフあたりがイタズラで勝手に仕込んだギミックだろうなぁ)

 

 「頼んでない仕掛けを勝手に入れて人をビックリさせたがるの、ホントにドワーフ族の悪い癖だよ……」と、セラは大仰にため息をついた。

 十中八九、過去被害に遭ったことのある者の言い草だ。

 

「……ドワーフの建築家がイタズラで仕込んだもので、別段悪意はないようだ」

 

 そう伝えると、キョトンと不思議そうなセシルの視線から逃れるように空のマグカップに目をやる。

 

「とすると、怪しいのはむしろその優しい声のお姉さんの方――って言いたいとこだけど……」

 

「ああ、牢に捕らわれた女性が脱出用の仕掛けを知っているのはたしかに不可解だが、彼女の助けがなければ我々がセシルを保護することは叶わなかった」

 

 ヒューガの言葉に、ノエルは黙って頷いた。

 

「お、お姉ちゃんは怪しい人なんかじゃないよ!」

 

 セシルは両手をギュッと握り締めて叫んだ。

 

「お姉ちゃん言ってたんだ、『諦めないで走れば、必ず心優しい人が助けてくれる』って。それって、きっと……ううん、ぜったいお兄ちゃんたちのことだったんだよ!」

 

 セシルは瞳に涙を浮かべながらも断言するように力強い声で言った。

 そこに、先ほどまでのヒューガに怯えていた顔はない。

 

(勝手なこと言って小さな男の子に無茶させるなぁ、そのお姉さんも。あとちょっとヒューガの到着が遅かったら、ホントに取り返しのつかないことになってたっていうのにさ……)

 

 恐らく、魔法陣で脱出に成功したものの、館周辺の森に放たれていた軍用魔獣の警戒網に捕まり追跡されていたのだろう。

 あと数秒でも遅ければ、獰猛な灰群狼の牙がセシルの喉元に食らいついていたに違いない。本当に危機一髪の救出だった。

 

(だが、現にその女性の言葉どおりに事が運んでいる。……これは、真意を確かめる他あるまい)

 

 ヒューガには、なぜだかその女性が自分を呼んでいるように思えてならなかった。

 

(よく言うよ、最初っから乗り込む気満々のくせに……)

 

 ヒューガは相棒の呆れ声を涼しい顔で受け流して立ち上がると、傍らの魔剣を掴んで腰に提げ直した。

 

「ヒューガお兄ちゃん……?」

 

「捕らわれたハーフエルフたちを助け出す。君を助けた勇気ある女性を放っておくわけにもいかないからな」

 

「――ほ、ほんとっ!?」

 

 セシルの驚きぶりとは対照的に、ノエルは「はぁ……」と呆れとも信頼ともとれる小さなため息をついた。

 いずれのニュアンスにせよ、彼女のジトーっとした瞳が言外に伝えようとしているのは「知ってた」の一言だ。

 

「本当だ。ノエル、彼らを攫った連中について何か知っていることはないか? 奴らの居城に乗り込む前にできる限り情報を整理しておきたい」

 

 ヒューガ自身大方の目星は付いているが、やはり確認しておくに超したことはない。

 

「大陸各地で攫ってきたハーフエルフをロシュドールの娼館に売り渡す……そういう《ディーラー》と呼ばれる闇商人がいるんじゃないかって話は噂されてたけど……」

 

 本当にそんな連中が存在するなんて信じたくはなかった――そんな顔色をしていた。

 

「……どうやら、外道は本当に存在したようだな」

 

 ヒューガの予想はノエルの見解と一致を見た。

 セシルが逃げ出してきた館がロシュドールから程近いのも、娼館へ〝出荷〟する商品の一時保管施設として都合がいいからだろう。

 

(まるで家畜の繋留所ではないか……直接街に運ばないのは客への配慮のつもりか?)

 

(まぁ、そうだろうね。キレイな女の子と遊びたいからといって、無理矢理攫われてきた子を大勢乗せた荷馬車が自分の目の前を通り過ぎるのを見たがる人なんていないのさ。美味しいお肉を食べたい人がいたとして、好き好んで屠殺の現場なんて見たがらないのと一緒だよ)

 

(目に入れない限りは知らぬ存ぜぬの身綺麗でいられる……か)

 

 ヒューガは思わずミストルティンの柄を強く握り締めていた。

 

(だが、これでひとつ安心した)

 

(どういうこと?)

 

(帝国が表向きハーフエルフへの不干渉を謳いながら、裏で傭兵連中に彼らを間引かせている線もありうるのではないかと懸念していたのだが、どうやらその可能性はなくなった。……もはや、私が剣を振るうのに躊躇うべき相手は存在しない)

 

(あくまで捕らわれた人たちを助け出すのが目的だからね? 無茶はダメだよ?)

 

(無論承知している、彼らハーフエルフの安全確保が最優先だ。……だが、だからこそ後顧の憂いは根元から断たねばなるまい)

 

(……そうだね)

 

(心配するな、敵地潜入は私の専門分野だ。万が一にも後れを取るような無様は晒さん)

 

 騎士団伝統の集団戦を苦手としたヒューガが、驚異的な速度で出世街道を駆け上がった原動力。

 敵拠点への単独潜入と破壊工作における並外れた作戦遂行能力。王室親衛隊入りを果たしてからは体面を考慮して封印していた《死神》としての業。

 今振るわずして、いつ振るうというのか。

 

「――忍び込むなら夜に紛れた方が都合がいい。早速だが行ってくるよ」

 

 幸い、今夜は月も出ていない。

 

「行ってくるって……まさか、こんな真っ暗闇の中1人で乗り込むつもり?」

 

「これでも人より多少夜目は利くからね。ノエル、君の仕事は私が人々を無事救い出してきてからが本領のはずだ。どうか私を信じて、セシルと一緒にここで待っていてほしい」

 

「はぁ……わかった。ちょっと心配だけど、私が付いていって足手まといになるのも嫌だし、ここで大人しく怪我した人たちの治療の準備をして待ってるわ」

 

 ノエルはヒューガの真意を理解したように肩を竦めた。

 

(さすがにノエルを巻き込むわけにはいかないもんね……)

 

(何を言っている? お前も留守番だ)

 

(ぼ、ボクも!? なんでさっ!?)

 

(ノエルをサポートしてもらうために決まっているだろう? なんだかんだ言って、お前のその知識や腹立たしいほどの達観した冷静さは私にはない大きな強みだ。どうか、私が戻るまで彼女を支え、不安を取り除いてやってほしい)

 

(…………あーもう! わかったよ、そんな言われ方しちゃったら素直に聞いてあげるしかないじゃん……)

 

 セラは暫し逡巡した後、観念したように毒づいた。

 

 ――恩に着るぞ、相棒。

 

「ノエル、これを君に預けておくよ」

 

 そう言うと、ヒューガは左腕のバングルを外した。

 

「……本当に、1人で行っちゃうのね?」

 

「ああ、君に女神の加護があらんことを」

 

()女神の、でしょ?」

 

 ノエルは苦笑交じりに手渡されたバングルを細腕に巻くと、その手でトンとヒューガの肩を叩いた。

 

「雇用主命令――捕らわれた人たちを助け出して、そしてちゃんと無事帰ってくること。以上!」

 

「御意のままに」

 

 ヒューガは胸に手を当てて姿勢を正し一礼すると、「ありがとう、お兄ちゃん……!」というセシルの言葉を背に純白のマントを翻して漆黒の闇の中へ溶けていった。

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