しかしその内容で悩んでいて…。
実馬もウマ娘もどちらも元気でいてね
「ゴルシを無自覚に誘惑し捕食され『お婿さん確定コンボ』決める迂闊なトレ」という動画を見て、ジャーニーに口紅を送ったらどうなるか考えてみた結果がこれだよ
ドリームジャーニーは、近頃自分の担当トレーナーの様子がおかしいことに気がついていた。
そう、グランプリ連覇を果たした後ぐらいから。
トレーニング中の熱量が足りない。
メニューにもいつもの緻密さが欠けるし、質問しても「えーと、何だっけ?」と言われること幾度。
ある日のトレーニング終了後、ドリームジャーニーは直接トレーナーに疑問をぶつけてみた。
「トレーナーさん、何かお困りごとはございませんか?」
「い、いや、何もないよ。心配かけてごめん。」
何やら動揺しているようだが、面と向かってそう答えられてはそれ以上踏み込むのは憚られる。
『もしや、トレーナーさんはコバエに悩まされている?』
有馬記念後にご挨拶した彼のご両親に伺っても「特に何も聞いていない」とのこと。
そして、別アカで彼のSNSアカウントをチェックしても特に不審な点はない。
「担当バのドリームジャーニーは見事史上9人目のグランプリ連覇を達成、その後URAファイナルズ決勝に進みました!応援よろしくお願いします!」と至極まともな内容しか書かれていない。
もちろんトレーナーの別アカがないことは確認済み。
また玄関先に配置してある隠しカメラにも、コバエの気配は見当たらない。
『あらかじめ打てる手は全て打っておくべきだ』と、闇は密やかにうごめいた。
⏰
「して、姉上の誕生日に貢物を送りたい、と。」
「あ、ああ・・・!」
ドリームジャーニーのトレーナーは、1月のある日彼女の妹オルフェーヴルに謁見を申し出ていた。
彼女へ送る誕生日プレゼントは、どのような品物がふさわしいか尋ねるために。
トレーナーはドリームジャーニーに対してただの担当バ以上の感情を抱いていた。
いや、グランプリ連覇後に改めて再確認した、というべきか。
好意を持ったウマ娘にプレゼントを送ったことなどないし、何を送れば良いかなど見当もつかない。
本人に聞くのが一番いいのだろうが、一方的に好意をよせている相手に聞く度胸はない。
かといってそういうものに詳しそうな知己はいないし、先輩トレーナーにも聞きづらい。
大切な人への贈り物であればお菓子や茶葉などの消え物では気が効かないと思うし、かといって下手な品物を送り地雷を踏むのだけはどう考えても避けたい。
悩みに悩んだ挙句、以前クリスマスでも協力してもらえた妹のオルフェーヴルを頼ったのだが・・・。
「おい貴様、そこのにリストを渡すがよい。あとは好きにせよ。」
そう言い放つと、オルフェーヴルは臣下たちを連れて去って行った。
「これをどうぞ。よかったら参考にしてくださいね。」
「あ、ありがとうございます。」
オルフェーヴル担当のトレーナーよりリストを受け取り謝意を述べ、すぐ自分のトレーナー室に戻った。
ドリームジャーニーのトレーナーは、一日の業務を終えてから貰ったリストに目を通していく。
富裕層御用達の超一流店がズラリと並んでおり、とてもとても一般人が気軽に購入できるような代物ではない。
トレーナーとしてはそれなりの高給をもらっている、としても。
シンボリ家やメジロ家、サトノ家のウマ娘のように有名な家系ではないが、ドリームジャーニーとオルフェーヴルは紛れもない良家の子女なのだ、と痛感する。
実はグランプリ連覇後に、姉妹の親戚を名乗る人物から彼女には内密で接触があった。
曰く『担当トレーナーとして適切な距離を保ち、節度を持ってもらいたい』『姉妹にはこちらから然るべき縁談を用意するから』と。
それは自分と担当の自由だ、と言い返し話し合いは決裂したものの、心の中のわだかまりは消えない。
プレゼントを送って誕生日を祝いたい気持ちと、庶民の自分が送ってもつまらない品物では失望されてしまうだろう、と気後れする気持ちで揺れる。
しかし他に知恵もなく、片っ端からリストに目を通していく。
最後には尻込みしたくなる気持ちより、ささやかなものでもいいからお祝いしたい、と言う気持ちが打ち勝った。
…そう、担当バへのプレゼントぐらい送っても構わないだろう、自分の気持ちさえ露呈しなければ。
一番最後には、とあるデパコス化粧品のメーカー名と取り扱い店舗が書かれていた。
スマホで価格を調べてみるが、なんとかトレーナーにも購入できそうな価格帯だった。
清水の舞台から飛び降りるつもりで、次の休暇にはその店舗に行こうと心に決めた。
一方その頃、栗東寮の姉妹の部屋では、ドリームジャーニーがオルフェーヴルにいつものカモミールティーを淹れていた。
それを飲みながらくつろぐ姉妹。
「姉上、今日は彼奴に謁見を求められた。」
「そう。それで、″アレ″を渡してくれたのかい?」
「いかにも。どうにも困り果てている風情であった。」
「ふふ。ありがとうオル、手間をかけさせてすまないね。」
姉妹の密やかな会話はその後も続き、さらに夜は更けていった。
休日になると、トレーナーは例の化粧品を販売しているという店舗に赴いた。
様々な香り漂い、華やかな装飾で飾られた空間。
若い女性でごった返す店舗に、一人で入るのはものすごく勇気がいる。
店舗の前をチラリと伺うのがせいぜいで、品物を選ぶどころではない。
ここでも気後れする気持ちが高まり、やはり無難な消え物でも通販で頼もうか、と後悔し始めたころ。
「恐れ入ります、失礼ですがドリームジャーニー様のトレーナーさんでいらっしゃいますでしょうか?」
店舗内から出てきた店員に声をかけられて驚くトレーナー。
聞けば、ここのメーカー品を継続購入しては的確な助言をするので、有名インフルエンサー並みに尊敬されているらしい。
担当になってもまだまだジャーニーのことはわからないことが多い、と落ち込むトレーナー。
しかしそこで気を取り直す。
そうだ、プレゼントを選ぶのであれば、専門家に相談するのが一番いいだろう。
勢いづいたトレーナーは店員に、ドリームジャーニーへのプレゼントを贈りたいこと、適切なプレゼントを選ぶため意見をもらいたいことを伝える。
快諾した店員に提案されたのは、シンプルな黒い外装の口紅。
このブランドを愛用していること、色白なジャーニーにはピンク系が似合うこと、さらにすぐ名入れもできることなど説明される。
「これにします」と即決するトレーナー。
流麗な筆記体でドリームジャーニーをの名前を刻んでもらい、口紅をうやうやしく包んでもらう。
かねてからの懸案が片付いて、トレーナーは少し気持ちが軽くなり帰途についたのだった。
二月二十四日、遠征支援委員会室にて二人分のコーヒーを淹れるドリームジャーニー。
まだまだ冷えも厳しく、いくら暖房を入れても今ひとつ効きがよくない。
「二月といえどまだまだ冷える、やはり最新型のパネルヒーターは欲しいな・・・。」
その独り言を聞きつけたトレーナーはちょっとしたいたずら心が湧き、ソファに座っている自分の膝を軽く叩いた。
「ジャーニー、よかったらここ座る?」
真面目なドリームジャーニーが本気にするはずもない、とたかを括って。
トレーナーとしては完全に冗談のつもりだった、のだが。
「・・・貴方がそう望んだのですよ。」
ぽつりとそう呟くドリームジャーニーは、そっとトレーナーの膝に座る。
お互いの体温が服越しに伝わってくるのがよくわかる。
普段より小刻みに動くウマ耳と、ウマ尻尾が彼女の愛らしさをさらにかきたてる。
「かわいい…。」
フサフサしたウマ耳に、思わず囁きかけてしまう。
「全く、貴方という人は…。本当にお可愛らしいですね。」
呆れの中にも嬉しさを隠せない様子でドリームジャーニーが返した。
トレーナーは自分の体のそばで動くウマ尻尾を触りたくなる衝動に駆られるが、センシティブな部位なので辛うじて自重する。
お互い暖かな温度を感じながら、沈黙したまま時が過ぎた。
それを破ったのはトレーナーの方からで。
「ジャーニー、これ、お誕生日おめでとう。」
先日購入した口紅を取り出し、ドリームジャーニーに渡すトレーナー。
「ありがとうございます、トレーナーさん。」
ラッピングを解いて開けて出てきた口紅を見ると、ドリームジャーニーは少し冷えた口調で尋ねた。
「貴方は、ウマ娘に口紅を送る意味をご存知ですか?」
「えっ!?」
「その様子ですと、ご存知ないようですね。」
「ごめん、わからない。」
「主な意味は三つ…。一つはあなたを大事に思っている、もう一つはあなたとキスしたい、最後の一つは、あなたとより関係を深めたい、というものなのですよ?」
店員に勧められるがままに購入した口紅が、まさかこんな意味を持つとは。
つまり、口紅を送ったことでジャーニーを大切に思っている、ジャーニーとキスしたい、ジャーニーとより関係を深めたい、と熱烈にアピールしたことになったと知って赤面する。
もちろんそういう気持ちが全くなかった、といえば嘘になる。
しかしトレセン学園生の彼女が担当バで、自分がトレーナーという立場ではいかにもまずいだろう。
せめて、URAファイナルズを終えて彼女が卒業するまでは。
「そして、これには私の名前を入れてくださいましたね。こういう品物を、世間では婚活リップですとか、求婚リップなどともいうそうですよ?」
さらに追い討ちをかけられ、どうすればいいのかわからなくなるトレーナー。
ことの経緯を正直に打ち明けるのがいいのではないか?
トレーナーが何か言おうとする前に、ジャーニーはするりと立ち上がった。
「失礼、少し席を外します。」
膝から暖かさが失われたことで、トレーナーは残念なようなホッとしたような気持ちになる。
しかし、ドリームジャーニーはすぐに戻ってきた、もらったばかりの口紅をつけて。
そして入念に扉の内鍵をかけている。
確かに、色白の彼女にはピンク系のリップがとても似合っている、化粧品店スタッフの見立ては間違いない。
顔にはほとんど化粧しておらずほんの少し口紅をつけただけなのに、あでやかさがさらに増しているのは断じて気のせいではない。
いつもの香水を纏ってはいるが、顔から余裕ある微笑みが消えている。
眼鏡の向こう、水色の瞳に浮かぶ剣呑な光。
瞳の奥を覗くべからず、と思いつつもどうしても目が離せない。
そして凄絶なまでの艶かしさに頭がクラクラしてくる。
男としての本能をこの上なく刺激され、トレーナーは思わず生唾を飲み込んだ。
「わざわざトレーナーさんがくださったプレゼントですから、是非、お返しをしないといけませんね。」
「い、いや、いいから!」
それでも及び腰になるトレーナーの退路を、ドリームジャーニーは巧みに塞ぐ。
「似合いませんか?」
「そんなことない、すごく綺麗だよ。」
「最近トレーナーさんが上の空だったのはこのためだったのですか?」
「誕生日のお祝いをしたかったんだけど、言い訳を聞いてもらえないか?」
「・・・いいでしょう」
悄然としたトレーナーは、ぽつりぽつりと語りはじめる。
「ごめん、有馬記念が終わったら、告白しようと思っていたんだ。君は本当に綺麗で、惹かれない訳などない。でも、躊躇う気持ちが強くなってしまって・・・。」
「それは、なぜ?」
「君の親戚を名乗る人物から″距離″を保つよう言いつけられた。こちらで縁談を用意するから、って。もちろんそれは君と俺の自由だ、って断ったけど。」
ドリームジャーニーの瞳がわずかに細められる。
「すみません、コバエがうるさいようで…。常々『お困りごとは全て私に』と申し上げているつもりでしたが、トレーナーさんにはご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。」
「それはいいんだ。でも、君みたいな良家の子女に、一般人の俺はふさわしくないだろう?しかも、史上9人目のグランプリ連覇を果たした名バ。だから他にお似合いの…。」
相手がいるだろうといいかけたトレーナーの体を抱きしめて、ドリームジャーニーはその言葉を遮った。
「・・・!」
トレーナーは小柄な体躯の暖かさを感じながら、思わず両腕を彼女の背中に回して抱きしめる。
体を離したドリームジャーニーは呟いた。
「もう、それ以上は何もおっしゃらないで。私にとって、最も好ましい方は貴方だけなのですから。」
「こんな、情け無い男でも?」
まだ自嘲するトレーナーに、なおも言い募る。
「実直で誠実。あの日から変わっていない貴方、私にとってかけがえのない方なのですよ。」
「俺も、ジャーニーが好きだよ。」
隣合わせにソファに座りながら、トレーナーはジャーニーの眼鏡をそっとはずす。
肩に腕を回し、髪をかきわけて口づけた。
キスが終わると、ドリームジャーニーはトレーナーの耳元で囁いた。
「ふふ。忘れられない一夜の夢を、お見せして差し上げますよ…。」
「…そんなの、とっくに見ているよ。」
そう、彼女と担当契約を結んだあの日から。
それから二人は◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️。
(その後のページは万年筆のインクで真っ黒になっていて判読できない)
???「あなた達、親戚のおばさまからお見合い話が来てるわ。」
???「お母様、私には心に決めた方がいます。グランプリ連覇で手のひら返すコバエに用はありません。」
???「母上、余も杖は二本もいらぬ。三冠バになったからと後から手を伸ばす慮外者は不要。」
???「わかったわ、うまくお断りしておくから。ほらあなた、そう落ち込まないで?娘達の良縁を祝福してくださいな。」