さとりと魔法学校 作:hip
真夜中のホグワーツは、昼間の活気が嘘のように、冷酷で研ぎ澄まされた別の顔を剥き出しにしていた。
高い窓から差し込む月光は、冷たい銀の刃となって廊下の石畳を斜めに切り裂き、深く長い影を刻んでいる。
壁の肖像画たちは深い眠りにつき、時折、額縁の中で寝返りを打つ衣擦れの音が、静寂をいっそう際立たせていた。
古明地さとりは、ハリー、ロン、そして不運にも「説得」の最中に閉め出されたハーマイオニーと共に、静寂の中を音もなく進んでいた。
石造りの壁からは昼間の温かみが完全に失われ、代わりに底冷えするような湿った冷気が、ローブの隙間から肌を刺してくる。
……この静寂は、精巧に作られた偽物ね。
さとりの「第三の眼」は、闇の奥から物理的な音を凌駕する勢いで押し寄せる「意識の嵐」を捉えていた。
それは、地底の地霊殿で聞き慣れた怨霊たちの虚無的な叫びよりも、ずっと生々しく、鋭利に神経を逆撫でする情報の濁流だった。
ハリーの、責任感と恐怖が激しく明滅する、熱を帯びた紅い思考。
『心臓の音がうるさすぎる。耳の奥で太鼓を叩いてるみたいだ。マルフォイはどこだ? 杖を握る手が汗で滑る……。
もしフィルチに見つかったら、退学? いや、マクゴナガル教授のあの氷のような落胆の顔……。ダメだ、ハリー、落ち着け。息を止めろ。お前は透明な風になるんだ』
ロンの、臆病さと食欲が絶え間なく明滅する、落ち着きのない橙色の思考。
『なんてこった、こんな暗闇に蜘蛛がいたらどうしよう。足音が石に響きすぎだ、これじゃ巨人でも歩いてるみたいに聞こえるぜ。
……腹が減ったな、ミートパイの欠片でもポケットに入れておけばよかった。さとりはどうしてあんなに平気なんだ?
あの眼、暗闇でも全部見えてるみたいで……逆に見られてる僕の方が怖いよ』
ハーマイオニーの、パニックを論理で塗りつぶそうとする、緻密で鋭い銀色の思考。
『規則違反、規則違反、規則違反! 私としたことが、深夜に寮を抜け出して徘徊するなんて! 今すぐ戻って「私はここにいません」って自分に変身術をかけたい……。
でもこの二人(と不気味な一人)を放っておいたら、グリフィンドールの点数が全部なくなるわ。あ、さっきの角の彫像、教科書の記述より三インチ左に寄っていた気がするけれど、それは魔力の偏流のせいかしら……』
それらに加え、城そのものが微睡みの中で漏らす「眠らぬ断片」が重奏となって響く。
『……小僧どもが、また境界を乱している……』
『……若すぎる魂。噛み砕けば、どれほど芳醇な後悔を吐き出すだろうか……』
『……捕まえろ、地下へ引き摺り込め、暗闇の抱擁へ……』
肖像画の中の騎士や、壁に刻まれたガーゴイルたちが無意識に垂れ流す、何世紀分もの古い情念。
それらが幾重にも折り重なり、さとりの視界を真っ白な情報のノイズで塗りつぶそうとする。
一行は、目的地である「トロフィー室」へと辿り着いた。
重い扉を僅かに開けると、そこには無数の金杯、銀盾、勲章が展示され、月明かりを反射して青白く不気味に、まるで生きた眼のように光り輝いていた。
「……いないわね。ここには、人間らしい醜い意志の欠片も残っていないわ」
さとりが感情を排した声で、静かに告げた。
彼女の眼は、クリスタルケースの裏側から天井の梁に至るまで走査していたが、そこにはマルフォイの「卑屈な自尊心」も、取り巻きたちの「空虚な従属心」も、塵ほども存在しなかった。
「臆病風に吹かれたんだな、あいつ! 逃げ出したんだよ!」
ロンが安堵と、一瞬の勝ち誇ったような喜びを思考に混ぜて囁く。
「……違うわ。ハリー、すぐに戻りましょう。これは
さとりの警告が完成するよりも早く、部屋の外の廊下から、もう一つの「意識」が滑り込んできた。
それは、ハリーたちの若々しい思考とは正反対の、嗜虐的な悦びに満ちた、どす黒い粘り気のある思考だった。
『……どこだ、どこに隠れている……。可愛いミセス・ノリス、クンクン言っておくれ。……ネズミどもを追い詰める、あの骨のきしむ瞬間……。鎖と、油の切れた地下牢の音。……さあ、お仕置きの時間だ、ポッター……』
「フィルチだ……!」
ハリーが息を呑み、心臓の鼓動が物理的な振動となってさとりに伝わる。
「……嵌められた! あいつ、僕たちがここに来るのを先生に通報したんだ!」
ロンの思考がパニックで爆発的なホワイトノイズと化し、さとりの脳内を掻き乱す。
「しっ! 静かにして! 息を吸う音さえ聞こえちゃうわ!」
ハーマイオニーの心拍数が限界を超え、彼女の「論理の城」が音を立てて崩壊していくのが聞こえる。
さとりは、第三の眼を廊下へと向けた。
そこには、猫のミセス・ノリスの、針のように研ぎ澄まされた「本能的な殺意」と、管理人フィルチの「規律という名の復讐心」が、重いブーツの音と共に着実に距離を詰めながら迫ってきていた。
「……ハリー、あっちよ。フィルチの心には、まだ私たちの正確な輪郭は映っていない。……ただ、この部屋の入り口に全神経を集中させているわ。今のうちに、彼が『見ていない』反対側の廊下へ滑り込むのよ」
さとりの「想起」が、フィルチの歩幅、呼吸の乱れ、そして彼が角を曲がる際に生じる「意識の死角」を完璧にトレースする。
彼女は、まるでフィルチ本人が自分たちを避けて歩いているかのように、最も生存確率の高い回避ルートを脳内でシミュレートした。
「……私の影をなぞるように歩いて。足音を殺し、思考を透明にするのよ。……特にあなたは、ロン。その『お腹が空いた』という桃色の雑念を、今すぐ捨てなさい」
「わ、わかってるよ! でも無理だよ、勝手に出てくるんだから!」
四人は影のようにトロフィー室を抜け出し、冷たい壁に背を預けながら移動した。
背後で、重いブーツが石畳を叩く「ドス、ドス」という嫌な振動と、フィルチの「いたぞ、どこかに潜んでいるはずだ」という、歓喜に震える不快な思考が反響した。
暗い廊下を全力で、しかし羽毛のように音もなく駆ける。
ハリーの「仲間を守り切らなければ」という強い意志が、先導するさとりの背中を押し、ロンの「
だが、逃げ込んだ先で彼らを待っていたのは、フィルチの折檻よりも、退学という社会的死よりも、遥かに根源的な「物理的な絶望」だった。
さとりが、その厚い樫の木の扉の向こう側にある「三つの、別個でありながら、一つの核で繋がった怪物的な意識」に気づいたとき、彼女の顔からは完全に血の気が引いていた。
「……いけない。入ってはだめ……! 戻って! そこには……!」
しかし、背後から迫るフィルチの足音に追い詰められ、パニックの極致に達していたロンが、既にその錆びついた扉の取っ手に手をかけ、力任せに回していた。
そこは、石造りの廊下の行き止まり。
ダンブルドアが「無惨な死を遂げたくない者は近づくな」と、あの始業式で厳重に警告した、禁じられた四階の廊下だった。
扉が開いた瞬間。
地獄の主であるさとりでさえ絶句するような、圧倒的な質量の「狂暴な生命」の咆哮が、さとりの精神世界を、物理的な衝撃を伴って粉々に粉砕した。
「……ああ、なんてこと。この『音』は……」
三つの巨大な頭部。三つの異なる殺意。
そして、それらを束ねる「空腹」という名の絶対的な地獄。
暗闇の中で六つの巨大な眼が、不快な訪問者たちを捉えてギラリと輝いた。