さとりと魔法学校   作:hip

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#18:決裂の瞬間

 ハロウィーンの朝、ホグワーツは甘ったるいカボチャの匂いに支配されていた。

 大広間の天井は、低く垂れ込めた冬枯れの灰色の雲を忠実に映し出し、そこから魔法のコウモリたちが数千羽も、羽音を不気味に響かせて舞い降りている。

 ロンとハリーとハーマイオニーの仲は相変わらずで、さとりの「第三の眼」には刺々しい不協和音となって響いていた。

 

 ロン・ウィーズリーの、幼稚な反発心と食欲が混濁した、泥のような橙色の思考。

『……最低だ。あいつがいればグリフィンドールは永遠に減点対象の刑務所だぜ。

……お腹が空いたな、このカボチャのパイ、中のペーストが少し水っぽいけど……ハリーと分け合うか。いや、今は怒ってるんだ。食べることだけ考えよう』

 

 ハリー・ポッターの、逃避と罪悪感が交互に明滅する、熱っぽい紅い思考。

『ハーマイオニーはやりすぎだ。……でも、彼女が一人で席を立つときの、あのひび割れたガラスみたいな寂しそうな背中。

……いや、僕まで彼女の肩を持ったら、ロンと喧嘩になる。今はクィディッチの練習のことだけを、心の中のスニッチだけを追いかけよう』

 

 ハーマイオニー・グレンジャーの、誇り高い絶望が凍りついた、硬質な銀色の思考。

『……どうして。どうしていつも私の親切はあんな風に鋭いナイフを投げ返すみたいに扱われるの? 私はただ、正しく美しく魔法を使ってほしいだけ。

……誰も私の本当の言葉を聴いてくれない。……図書室の古い羊皮紙の匂いだけが私を拒絶しない』

 

「……最悪の朝食ね。紅茶に毒でも入っている方が、まだ高貴な味がしたかもしれないわ」

 

 さとりは、黒胡桃の杖をローブのポケットの中で握りしめた。杖はさとりの苛立ちに共鳴し、生き物の心臓のようなドクドクとした脈動を指先に返してくる。

 

 

 呪文学の教室、フリットウィック教授の「浮遊術」の授業。

 石造りの窓枠からは、埃を孕んだ光の筋が斜めに差し込み、山積みにされた白い羽毛を幻想的に照らしている。

 

「――よろしい、皆さん! 『しゅっと振って、ひょい』ですよ! 呪文は『ウィンガーディアム・レヴィオーサ』!」

 

 さとりのペアであるネビルは、緊張で顔を真っ赤にしながら杖を振り回していたが、さとりの意識は背後の席に張り付いていた。

 そこでは、今にも爆発しそうな二人の精神が、火花を散らしながら摩擦を繰り返している。

 

「ウィンガディアムレヴィオサー!」ロンが杖を風車のように荒々しく振り回す。

『浮け。浮けよ! どうして僕のだけ石みたいに重いんだ。……横のグレンジャーがこっちを見てる。あのアリの観察をするように僕の欠点を探し回る目が……耐えられない……!』

 

「だめよ、ロン。あなたのは『レヴィオサー』。語尾を汚く切らずに、もっと優雅に伸ばさなきゃ。……それから、杖の動きも雑すぎるわ。まるで火を消そうとしているみたい」

 

 ハーマイオニーの「正解」という名の鈍器。それが、ロンの劣等感という名の火薬庫に引火した。

 

「……じゃあ、君がやってみろよ。そんなに聖人君子みたいに頭がいいならな!」

 

 ハーマイオニーは小さく、鋭く鼻を鳴らすと、完璧な予備動作で杖を振った。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

 

 彼女の前の羽毛が、ふわりと重力から解放され、天井へ向かって美しい弧を描いた。

 その瞬間、さとりの第三の眼は、ロンの心の中で何かが「プツリ」と切れる音を捉えた。

『……こいつ。いつも、いつも、いつもそうだ。……僕を公開処刑するために、わざとこれ見よがしに……! こんな奴と一緒にいるのは、悪夢を現実に引きずり出されたようなもんだ……!』

 

「……見ての通りよ、ウィーズリーさん。理論通りにやれば、結果はついてくるものだわ」

 ハーマイオニーは得意げに顔を上げたが、その精神の裏側では、ロンから放たれた「純粋な嫌悪」という毒に触れた悲鳴が、さざ波のように広がっていた。

 

 授業が終わった直後の廊下。ロンが吐き捨てるように言った言葉が、致命的なトドメとなった。

「あいつ、マジで悪夢だぜ! 友達が一人もいないのも当然だよな!」

 

 その言葉が、背後にいたハーマイオニーの耳に届いた瞬間、さとりの脳内は情報の暴風雨に飲み込まれた。

 

『……っ! ……友達がいな……。……知ってる。分かってるわ。……私なんて、誰からも必要と……。……でも、……でも……!』

 

 真っ白で、透明な、音にならない絶叫。

 ハーマイオニーは、肩を激しく震わせ、誰とも目を合わさずに人混みの中へ消えていった。

 

「……ロン。今の言葉は、地獄の最下層で餓えている亡者でも、もう少し品性を保って飲み込むはずよ。今のあなたは、自分自身の良心を噛み砕いて吐き出したのと同義だわ」

 

 さとりが冷徹な声を向けると、ロンは気まずそうに、けれど強情に唇を噛んだ。

 ハリーもまた、その場の重苦しい「良心の痛み」に耐えかねて、石畳の地面を見つめたまま立ち尽くしていた。

 

 

 ハロウィーンの夜。大広間は、魔法で作り出された巨大なカボチャが天井から不気味に吊るされ、その中から無数のロウソクが、室内を毒々しいオレンジ色の光で染め上げていた。

 テーブルには豪華な料理が並んでいたが、そこには本来あるべき「銀色の思考」が欠けていた。

 

「……彼女、午後からずっと女子トイレに引きこもって、声を殺して泣いているそうね」

 さとりの言葉に、ハリーは皿を突き回しながら、消えない罪悪感を心の隅に澱のように溜めていた。

 ロンは無理にパイを口に運んでいたが、彼の脳には砂を噛むような味気なさが響いている。

 

 ……この平和な喧騒の裏側、城の『血管』の中に不純物が混ざり始めている、嫌な予感がするわ。

 

 さとりの第三の眼が、廊下への扉へ向けられた。

 その瞬間、大広間の重厚な扉が悲鳴を上げるように開け放たれた。

 現れたのは、クィレル教授だった。彼はターバンを乱し恐怖で顔を土色に変えて絶叫した。

 

「――ト、トロールだ! 地下室に、トロールが……!!」

 

 大広間が、氷水を浴びせられたように凍りついた。

 クィレルの表層意識は、完璧な「恐怖」に染まっていた。だが、さとりの眼には見えていた。

 彼の心の一番深い深淵で、赤・青・黄の極彩色の魔力が、愉悦に悶えながら、世界の境界を無理やり抉じ開けようとする「女神」の、狂おしいまでの歓喜の歌声を。

 

『……地底のトロール、魔法界の狂気。……混ぜ合わせ、壊し、喰らわせろ。……この『門』から、誰を招き入れようかしら? あはは、素敵、最高のハロウィーンだわ!』

 

クィレルは「し、知らせに……」と呟き、その場に崩れ落ちて気絶した。

 

「パニックにならないように! 監督生、各寮の生徒を談話室へ!」

 ダンブルドアの声が響き、大広間は阿鼻叫喚の極致へと叩き落とされた。

 千人分の「死の恐怖」と「生存本能」が、制御不能の濁流となってさとりの精神を蹂躙する。

 

『トロール!? 殺される! 逃げなきゃ! 魔法なんて使えないよ!』

『誰か、誰か助けて! 先生、死にたくない! 家族に会いたい……!』

 

 その混濁した情報の海の中で、ハリーの思考だけが、一つの純粋な「正義」に固定されたのを、さとりは見逃さなかった。

 

「……行きましょう、ハリー、ロン。……ハーマイオニーは、このホグワーツに招かれざる『地獄』が訪れたことを、まだ何も知らないのだから」

 

 さとりは黒胡桃の杖を強く握り、逆流する生徒たちの波を割って、湿った冷気が這い寄る廊下へと駆け出した。

 その背後をこいしが、トロールという名の「巨大な動くおもちゃ」に無邪気な好奇心を燃やし、笑みを浮かべて追いかけていった。

 

 石畳を叩く三人の足音に、城の闇が飢えたように深く、長く伸びていた。

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