さとりと魔法学校   作:hip

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#21:主観的な真実

 競技場の喧騒を離れた禁じられた森の端。ハグリッドの小屋を包む夕闇は、冬の到来を告げる冷たい湿り気を帯び、城の明かりを遠くに追いやりながら、周囲を濃密な影で塗りつぶしていた。

 

 小屋の中は、暖炉で爆ぜる薪のパチパチという乾いた音と、特大のティーポットから立ち上る土の香りのような湯気、そしてハグリッドの愛犬ファングが発する獣の匂いで満ちていた。

 石造りの不揃いな床は、火に照らされて赤黒く沈み込み、踊る影がハリーたちの顔を不気味に、かつ奇妙な温もりで縁取っている。

 

 古明地さとりは、洗面器ほどもある巨大なカップを両手で包み、その熱で凍えた指先を溶かしていた。

 

 だが、彼女の脳内には、温かな安らぎとは裏腹に、かつてないほどに身勝手な、整理される前の剥き出しの感情が、耳鳴りのような音圧を持って流れ込んでいた。

 

 ロン・ウィーズリーの、燃えるような憤怒の赤い思考。

『間違いなくスネイプの仕業だ。ハリーが死にそうになっていたあの瞬間、あいつは唇を動かして呪文を唱え続けていた。僕はこの目で見たんだ。あいつはハリーを殺そうとした。クィディッチの試合中に生徒を殺そうとするなんて、正気の沙汰じゃない。あいつは悪党だ、地下牢に住むコウモリ野郎だ! 蝙蝠傘にでも変えて、大雨の中に放り出してやりたい!』

 

 ハーマイオニー・グレンジャーの、研ぎ澄まされた傲慢な銀の思考。

『理論的に考えても、犯人はスネイプ教授以外にあり得ないわ。視線を逸らさずに呪文を維持する……それは強力な「呪いの維持」の基本中の基本。私がローブに火をつけた瞬間にハリーの箒が止まったのが何よりの証拠。私が彼を止めたのよ。ハリーを救ったのは私の論理的な判断と勇気だった。……でも、さとりはどうしてあんなに冷淡なの? 彼女は何かを知っているような顔をして、でも何も言わない。私よりも何かを知っているなんて、そんなの……』

 

 ハリー・ポッターの冷たい恐怖の蒼い思考。

『死ぬかと思った。箒が僕を振り落とそうとするあの感触、まだ指に残っている。胃袋が口から飛び出しそうなあの嫌な感覚。スネイプが僕を憎んでいるのは知っていたけれど、まさか公衆の面前で……。ハグリッドはスネイプを信じているけれど、それはハグリッドが「いい人」すぎるからだ。僕にはわかる。あの冷たい目が、僕の命を狙っていたんだ。親の敵を討つみたいに』

 

「……スネイプだ。あいつがハリーを殺そうとしたんだ、ハグリッド。さとりだって、あいつの心を読んで確信したはずだよな!?」

 

 ロンが身を乗り出し、震える声で叫んだ。彼の思考の波形は、スネイプへの嫌悪という名の真っ赤な絵具で塗り潰され、他を受け入れる余地がない。

 

「……落ち着いて、ロン。……スネイプ先生の心の壁は、そう簡単に剥がれるものではないわ。……けれど、私が今日あの場所で感じ取った『不協和音』は、先生からだけ響いていたわけではないのよ」

 

 さとりがカップの縁を見つめたまま静かに告げると、ハーマイオニーが即座に言葉を重ねた。

 

「それはどういう意味? さとり、あなた、あの状況でスネイプ教授以外の誰かが呪文を唱えていたって言うの? 私の目は誤魔化せないわ。彼は確かに唱えていた、それも一心不乱に!」

 

「よせ! セブルスがハリーを殺そうとするなんて、そんな馬鹿げたことがあってたまるか! お前たち、スネイプの野郎を買い被り……いや、見くびりすぎだ!」

 

 ハグリッドの巨大な拳がテーブルを叩き、カップの中の紅茶が大きな波紋を描いた。彼の思考は、単純で温かい信頼の裏側に、隠しきれない「焦燥」の棘を隠していた。

 

『いかん、いかんぞ。あいつらはスネイプを疑いすぎている。ダンブルドアが信じている男を、俺が疑うわけにはいかん。セブルスは……あの日、俺が金庫から持ってきた『あれ』を守る側にいるはずなんだ。……フラッフィーのことまで嗅ぎ回られたら。……ニコラスの秘密が漏れたら、それこそ大変なことになる。俺のこの大きな口を、今は縫い合わせておきたいくらいだ!』

 

「……ハグリッドさん。あなたは、フラッフィーが守っている『何か』と、スネイプ先生は無関係だと言いたいのね?」

 

 さとりがその深層意識の断片を正確に掬い上げると、ハグリッドは狼狽して髭を大きく揺らした。

 

「フラッフィー!? ……名前まで知ってるのか! ああ、あいつは……俺が去年、パブで知り合ったギリシャの男から買ったんだが……。とにかく! あの三つ頭の犬が守っているのは、ダンブルドアと、それからニコラス・フラメルだけの秘密なんだ!」

 

「……ニコラス・フラメル?」

 

 ハリーがその名を聞き咎めた瞬間、ハグリッドの思考に「取り返しのつかない失敗」という絶望的な色が爆発するように広がった。

 

『ああ! 言っちまった! 俺のバカ、大バカだ! ニコラスの名前を出したら、あいつら絶対調べ始めるに決まってる。……ダンブルドアに合わせる顔がない。……三つ頭の犬、落とし戸、グリンゴッツの金庫の包み、そしてニコラス。……全部繋がっちまう! 誰か俺の頭をこの大釜に突っ込んでくれ!』

 

「……ハグリッド。その人物が、あの包みの持ち主なの?」

 ハリーの瞳に、鋭い探究心の火が灯る。

 

「……もう何も聞くな! 今日はお茶を飲んだら終わりだ、さあ帰れ! ……とにかく、スネイプはあんな真似はしねえ。あいつはこの学校の先生なんだぞ、あんな……っ、あんな殺戮者じゃねえんだ!」

 

 ハグリッドは無理やりハリーたちを立ち上がらせると、巨大な背中で扉の方へと促した。その巨大な手は、自分の過ちに震えていた。

 

 外に出ると、十一月の夜気は肌を刺すように鋭く、石畳の道は霜で白く光り、月光を鈍く反射している。

 ロンとハーマイオニーは、ハグリッドの失言によって得た新しい「鍵」に興奮していた。

 彼らの思考は既に図書室の古い羊皮紙をめくる音を立てていたが、さとりの足取りは鉛のように重かった。

 

 彼女の第三の眼には、あの競技場でクィレル教授の背後に蠢いていた「赤・青・黄」の極彩色の影が、網膜に焼き付いた残像のように離れない。

 

 ……ニコラス・フラメル。その名前が、この世界の理を繋ぎ止めている鎖の末端なのかしら。それとも、あの人が求めている『不死』の核心?

 

 さとりの隣で、誰もいない虚空からこいしの透き通った手が伸び、ハリーのマフラーをいたずらっぽく引いて宙を舞った。

 

「……ねえ、お姉ちゃん。ニコラスって人、美味しいもの持ってるのかなぁ? あの三つの頭のワンちゃんが守るくらいなんだから、きっと地獄の果実みたいに甘いんだよ」

 

「……食欲を満たす話ではないわよ、こいし。……けれど、とても不吉で嫌な予感がするわ」

 

 さとりは、夜空に浮かぶホグワーツの塔を見上げた。

 黄金色に輝く無数の窓は、その裏側で蠢く「三色の女神」の影を、石造りの冷徹な静寂で覆い隠していた。

 

「……ニコラス・フラメル。……調べてみる必要がありそうね。……本当の地獄が、この石壁を突き破って溢れ出す前に」

 

さとりの呟きは、冬の冷たい風にさらわれて、白く濁った霧の中に消えていった。

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