さとりと魔法学校   作:hip

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#27:仔竜

 禁じられた森の縁に佇むハグリッドの小屋は、春の柔らかな夕闇を拒絶するように、異様な熱気を帯びていた。

 

 頑丈な木の扉を叩いた瞬間、一行を迎え入れたのは、季節外れの、肺を直接灼くような猛烈な熱の壁だった。

 暖炉には巨大な薪が、地獄の業火を模したかのようにうず高くくべられ、石造りの炉床は赤々と、今にも溶け落ちそうなほど熱を孕んでいる。

 窓はカーテンで固く閉ざされ、室内の空気は湿った土の匂いと、何かが焦げるような野性的で濃密な臭気に満ち満ちていた。

 

 古明地さとりは、額からこぼれ落ちる汗を拭うことさえ忘れ、胸元の「第三の眼」が捉える「高熱を帯びた情報の濁流」に、激しい眩暈を覚えていた。

 

 ……熱い。物理的な温度だけではないわ。この部屋には、孵化を待つ『生命の狂気』が渦巻いている。意識の境界が、この熱でドロドロに溶け出しそう……。

 

 さとりの脳内には、ハグリッドの巨大な思考と、それを囲む少年たちの焦燥、そして暖炉の奥から放たれる「異質な拍動(はくどう)」が、整理不可能な音塊(おんかい)となってなだれ込んでいた。

 

 ハグリッドの燃え盛る巨大な篝火の思考

『ああ、熱い。もっと火を。足りねえ、まだまだ足りねえ。俺の可愛い赤ん坊が凍えちまう。あと少しで殻を破るんだ。ダンブルドア先生に知られたら終わりだが、あいつの産声を聞くためなら、アズカバンにだって行くぞ。……ハリーたちには石のことは隠し通さなきゃならん。……スプラウト先生の罠、フリットウィック先生の仕掛け、マクゴナガル先生の術、セブルスの……いや、あいつは守る側なんだ。クィレルだって……。ああっ、ダメだ、言っちゃいかん! 秘密だ、秘密だ、秘密だ……!』

 

 ロンの汗まみれの焦燥。

『なんて暑さだ。サウナの底に閉じ込められたみたいだぜ。ハグリッド、何を隠してるんだ? ドラゴンの本なんて借りて……まさか、本当に卵を持ってるのか? それより、あの犬(フラッフィー)をどうやって通り抜けるのか、聞き出さないと。スネイプがもうそこまで来ているかもしれないんだ。僕の足、床の石に張り付いて動けなくなりそうだ……』

 

 ハーマイオニーの高速回転する銀の歯車の思考。

『ハグリッドが何かを隠している。それは「石」を守るための仕掛けに関係があるはずよ。先生たちの防衛策……。論理的に考えれば、ハグリッドがその鍵を握っている。……でも、この部屋の異常な温度、湿気。……何か、生物学的な変異が起きようとしている。石の魔力が、この部屋の生命力を過剰に活性化させているの? 退学、規則違反、でも、知りたい……!』

 

「……ハグリッドさん。その暖炉の中にあるもの。私には、あまりにも『真っ黒で、硬い意志』を孕んだ塊として見えているわよ」

 

 さとりが静かに、しかし逃げ場を塞ぐような口調で告げると、ハグリッドは大きな身体をゆさゆさと揺らし、慌てて暖炉の前に立ちはだかった。

 

「な、何のことだかさっぱりだ! 室内干しの洗濯物がよく乾くように、ちょいと火を強めてるだけだ!」

 

「ハグリッド、嘘をつかないで。僕たちは君を助けたいんだ」

 ハリーが、汗で眼鏡を白く曇らせながら一歩踏み出した。

「スネイプが石を盗もうとしている。フラッフィーの他にも、何か守りがあるんだろう? ハグリッドなら知っているはずだ。君を信頼して、ダンブルドアが何かを預けたんだろう?」

 

 ハグリッドの思考が、その「信頼」という言葉に激しく動揺した。彼の心根は優しく、それゆえに他者の期待に脆かった。

 

「……セブルスは盗んだりしねえ! あいつは石を守る先生の一人なんだぞ! ……いいか、あれを守っているのは、スプラウト先生にフリットウィック先生、マクゴナガル先生にクィレル先生……それからダンブルドア自身だ! 誰も、あんな複雑な迷宮を通り抜けられやしねえ!」

 

「……クィレル先生も?」

 さとりがその名に反応した。彼女の第三の眼は、ハグリッドの記憶の奥底に眠る「防衛策の断片」を、強制的に引き摺り出していた。

 

 ハグリッドの記憶の残響。

『悪魔の罠。……鍵の鳥。……巨大チェス。……トロール。……炎の壁。いや、違う。俺が教えたのは、音楽を奏でればフラッフィーが眠るってことだけだ。……あの酒場で出会った、顔を隠した不気味な男に。あいつもドラゴンが好きだっていうから、つい……。……ああ、いかん、それを言っちゃいかん……!』

 

 ……音楽。そして、クィレルの背後にいた、あの三色の女神の影。……全てが、不吉な線で繋がっていくわ。クィレル教授は、ハグリッドさんから情報を引き出したのね。

 

 さとりが戦慄していると、暖炉の中で「パキリ」と、何かが爆ぜるような、乾いた高い音が響いた。

 

「――おおっ! 来たか! 始まったぞ、みんな!」

 

 ハグリッドが歓声を上げ、身を退けた。炎の中に置かれていたのは、石炭のように真っ黒で、表面が不気味に、呼吸するように脈動する巨大な卵だった。

 それは、魔法界の「ドラゴン」という既存の枠組みを僅かに逸脱した、さとりの世界の「地獄」と同じ不浄な波長を殻から滲ませていた。

 

 赤、青、黄。微かな極彩色の火花が卵の表面を走り、殻に稲妻のような亀裂が入る。

 

「……ドラゴン……。本物の、ドラゴンの卵だ……」

 

 ロンが口を半開きにして、熱を帯びた石畳の床に膝をついた。ハーマイオニーの思考は、恐怖と強烈な知的興奮が交互に爆発し、さとりを強烈な目眩が襲う。

 

 殻が激しく砕け、中から現れたのは、コウモリのような不恰好な翼と、火打ち石のようなぎらついた琥珀色の瞳を持つ、小さな怪物の姿だった。

 ハグリッドが「ノーバート」と呼ぶその生き物は、生まれた瞬間に鋭い牙を剥き、ハグリッドの太い指に親しげに(あるいは攻撃的に)噛み付いた。

 

 こいしが、赤々と燃える暖炉のすぐ側で、生まれたばかりのノーバートの頭を無邪気に撫でようとしていた。

 彼女は、ドラゴンの放つ熱気も、その原始的な殺意も、一切気にしていないようだった。

 

(こいし……、離れなさい。その子は、この世界の理から外れた、混ざり合った力を宿しているわ。……あなたの「無意識」さえも、焼き切ってしまうかもしれない)

 

 こいしはさとりの心に応えず、指先から小さな、青い燐光を放ってノーバートをあやしていた。

 ドラゴンは一瞬だけ、こいしの「不在の気配」に戸惑うように首を傾げたが、すぐにまた火を噴くように咆哮し、石造りの小屋を激しく震わせた。

 

 その時、さとりの第三の眼が、窓のカーテンの僅かな隙間にある「悪意」を、正確に捉えた。

 

 窓の外の冷たく粘つく嘲笑の思考

『……見たぞ。見たぞ、ポッター。……ウィーズリーに、あの不気味な東洋の女。違法なドラゴンの飼育。……これで終わりだ。ダンブルドアもお前たちを庇いきれまい。全員まとめて、この学校から追放してやる……! パパ、見ていて。僕がポッターを破滅させるんだ……!』

 

「……マルフォイ」

 

 さとりが冷たく、しかし警告を込めた声で呟くと、ハリーたちが弾かれたように窓を見た。

 そこには、月光を浴びて青白く光るドラコ・マルフォイの顔が、一瞬だけ亡霊のように浮かび、次の瞬間には闇の中へと消え去っていた。

 

「……最悪だわ。ハリー、ロン、ハーマイオニー。石の秘密に辿り着く前に、私たちはこの『新しい地獄』の後始末に追われることになりそうね」

 

 さとりは黒胡桃の杖を強く握りしめた。

 ノーバートの放つ異常な熱気が、石畳の本来の冷たさを完全に奪い去り、小屋の中は、崩壊へと向かう世界の予感で満ち満ちていた。

 

窓の外では、禁じられた森の木々が、これから始まる嵐を予見してザワザワと不吉な音を立てていた。

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