さとりと魔法学校 作:hip
ホグワーツ特急が終着駅「ホグズミード」へ滑り込み、重い蒸気の吐息と共に停止した。
扉が開いた瞬間、流れ込んできたのは北スコットランドの、針で刺すような鋭い夜気だ。
プラットホームは、トランクを引きずる音と、持ち主とはぐれたフクロウの短い鳴き声、そして何百人もの生徒たちの高揚した熱気に包まれていた。
「一年生! 一年生はこっちだ!」
暗闇の向こう、カンテラの灯りを揺らしながら、山のように巨大な男――ハグリッドが叫んでいた。
その周囲には、誰もが同じ、黒一色の味気ないホグワーツ指定のローブをまとった新入生たちが集まっていく。
その「黒い海」の中で、古明地さとりは立ち尽くしていた。
彼女が着ているのは、地底の主としての誇り高き衣装だ。
淡いピンクのブラウス、フリルのついたスカート、そして何より異彩を放つのは、胸元から伸びるコードに繋がれた「第三の眼」。
……視線が、痛いわ。
周囲の思考が、鋭い
『なんだあの格好? コスプレか何かか?』
『ピンクの髪に、胸の目玉……。あんな魔法生物、教科書に載っていたかしら?』
『目立ちすぎだろ。あんなので授業に出るつもりか?』
『寒そう。なんでこんな薄着なんだ。見ているこっちが落ち着かない』
何十、何百という「違和感」と「好奇心」の奔流。
さとりは自らの精神のカーテンを幾重にも引き下ろしたが、それでも漏れ出す思念の棘が、彼女の誇りをじりじりと削っていく。
ハリーやロンがローブに着替え終え、少し申し訳なさそうに彼女を見ているのさえ、さとりには手に取るように分かった。
「……気にしないで、二人とも。これが私の『正装』なのよ。郷に入っては郷に従えという言葉はあるけれど、あいにく私は、この世界の『普通』に染まる準備はできていないの」
さとりが静かに、しかし毅然と言い放つと、ハリーは少しだけ安心したように微笑んだ。
「君のその格好、僕は好きだよ。……少なくとも、ダドリーが着るどんな服よりもずっと素敵だ」
ハリーの思考は、純粋な肯定の色を帯びていた。
一方で、背後に忍び寄る「傲慢」な気配を、さとりの眼が捉える。
「……よせよ、ポッター。そんな化け物じみた女を庇うなんて、君の『質』が知れるぞ」
ドラコ・マルフォイが、取り巻きの二人を連れて階段の踊り場に立ちふさがった。
彼はハリーに向かって、冷笑を浮かべながら白く細い手を差し出す。
「すぐにわかるさ。魔法族の家系にも、格というものがある。……あんな不気味な読心術師や、育ちの悪いウィーズリーの味方をして、恥をかくことはない。僕が付き合うべき相手を教えてやろう」
マルフォイの思考は、冷たい銀の針のようだった。
『ここでポッターを僕の側に引き入れる。それが父上への一番の報告になる。ウィーズリーのような落ちこぼれや、正体不明の東洋女と一緒にいさせては、僕の地位まで汚される』
ハリーは、差し出されたその手を見つめた。
そして、さとりの横に一歩近づき、マルフォイの目を真っ直ぐに見返した。
「付き合う相手なら、自分で選べるよ。……ありがとう、マルフォイ」
マルフォイの顔が、屈辱で一瞬にして真っ赤に染まった。
「……後悔するぞ、ポッター」
その時、マルフォイの完璧に整えられたプラチナブロンドの髪が、ふわりと持ち上がった。
誰もいないはずの虚空から、冷たい指先が彼の耳元をなぞるような、微かな気配。
「……ひゃっ!?」
マルフォイが情けない声を上げて飛び退く。
誰も何もしていない。
だが、さとりにだけは見えていた。
ハリーの肩越しに身を乗り出し、面白そうにマルフォイの髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜている、無意識の妹の姿が。
……こいし。あまり驚かせないであげて。彼はもう、十分に傷ついているわ。
こいしはさとりの心に応えることもなく、ケラケラと音のしない笑いを浮かべながら、今度はハグリッドの巨大な靴の上へと飛び移っていった。
「さあ! 全員ボートに乗れ! 四人一組だ!」
ハグリッドの号令に従い、生徒たちは
湿った土の匂い、ぬるりと光る石畳の感触。
さとりはハリー、ロン、そしていつの間にか合流していたネビルと共に、小さなボートに乗り込んだ。
ボートが音もなく岸を離れ、鏡のような湖面を滑り出す。
霧が立ち込める静寂の中、生徒たちの思考は「期待」と「不安」に支配され、巨大なうねりとなって湖を渡っていく。
「……前を見て!」
ハリーが声を上げた。 霧が晴れ、その全貌が姿を現した瞬間、コンパートメントの喧騒さえもが遠い過去のように消え去った。
断崖の頂上にそびえ立つ、巨大な城。
無数の窓からは黄金色の光が漏れ、天空を突く尖塔が星空を背景に黒々と刻まれている。
それは、千年以上の歴史が積み上げた魔力の結晶であり、地底の地霊殿さえも霞むほどの、圧倒的な「神秘」の塊だった。
……これが、ホグワーツ。
さとりの第三の眼が、城全体から放たれる膨大な意志を捉える。
それは個人の思考ではない。
この城そのものが呼吸し、訪れる者を品定めしているような、深淵な知性の残響。
「……すごい」
ロンが溜息をつく。
ハリーはただ、口を開けて見上げていた。
さとりは、自分の派手な衣装への気まずささえも忘れ、この城が放つ「孤独な賢者」のような思考の波動に、深く意識を沈めた。
ボートは城の真下にある暗いトンネルへと進んでいく。
これから始まるのは、妹を連れ帰るまでの物語だけでは終わらない。
この巨大な思考の迷宮の中で、混ざりあったこの世界と、自らのアイデンティティを問い直す、長い戦いになることをさとりは確信していた。
ボートの縁に座り、水面に手を浸して、巨大なイカの影を無邪気に追いかけるこいしの背中を見つめながら、さとりは静かに、しかし固く、自身の「眼」を城の入り口へと向けた。
こいしを見つけるまでの物語だと思っていましたが、あさっりと再会する二人。