さとりと魔法学校   作:hip

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#05:賢者の眼差し

 大広間の重厚な扉が開かれた瞬間、古明地さとりの視界を埋め尽くしたのは、数千もの浮遊する蝋燭が放つ、眩いばかりの黄金色の光だった。

 

 見上げれば、そこには天井など存在せず、深い夜空がどこまでも広がっているように見える。

 魔法で模された星々が瞬き、まるで城全体が宇宙のただ中に浮いているかのような錯覚を覚えた。

 足元に広がる石畳は、千年の風雪と数多の生徒たちの歩みに磨かれ、鏡のように蝋燭の光を跳ね返している。

 

 だが、さとりにとってその美しさは、暴力的なまでの「思考の洪水」を隠す薄い膜に過ぎなかった。

 

 四つの長いテーブルに座る全校生徒。

 その一人一人が放つ感情が、密閉された空間で反響し、増幅され、さとりの「第三の眼」へと突き刺さる。

 

 さとりは震える手で胸元の眼を抑え、精神の防壁を限界まで引き上げた。

 ハリーやロンは、期待に満ちた顔で自分たちの名前が呼ばれるのを待っている。

 しかし、さとりは知っていた。マクゴナガル教授が手にしている厳かな羊皮紙のリスト。

 そこに、自分の名前は載っていない。

 

『腹が減った。ローストビーフはでるかな?』

『今年の新入生は小粒だな。おい、あのアジア人の女を見ろよ、変な格好だぜ』

『試験に落ちたら父上に殺される。スリザリンに入れなかったら終わりだ』

『あの子、可愛いな。後で声をかけてみようか。いや、僕には無理だ……』

 

 何百人分もの空腹、焦燥、恋心、そして微かな悪意。

 それらが泥流となって脳内に流れ込み、さとりの意識をかき乱す。

 彼女はこめかみを強く指で押さえ、溢れ出しそうになる他者の記憶を必死にせき止めた。

 

 

 儀式は淡々と進んだ。

 ハーマイオニー・グレンジャーがグリフィンドールへ、ドラコ・マルフォイがスリザリンへ。

 そして、ハリー・ポッターの名が呼ばれた時の地鳴りのような歓声。

 

 やがて、最後の一人が組み分けを終え、椅子が片付けられようとしたその時だった。

 

「……待ってください、先生」

 

 さとりは、一歩前に出た。

 大広間に、冷ややかな静寂が広がる。

 マクゴナガル教授が、怪訝そうに眼鏡の奥の目を細めた。

 

「おや……あなたは? リストにはもう、名前は残っていませんが」

 

「私の名前は、古明地さとり。ここへは、妹の『こいし』を探しに来ました」

 さとりは努めて冷静に、しかし大広間全体に響く声で言った。

「妹には案内が届いていたはずです。彼女がここへ招かれたのなら、その姉である私も、この場所へ導かれる(ことわり)があるはずだわ」

 

「妹さん……? しかし、リストにそのような名前は……」

 マクゴナガルがリストを読み返そうとした、その時。

 

「ミネルバ、その羊皮紙の『一番下』をよく見てごらん」

 

 穏やかだが、広間全体の空気を一変させるような重みのある声が響いた。

 壇上の中央、金色の椅子に座ったアルバス・ダンブルドア校長だ。

 彼は半月型の眼鏡を直し、さとりを射抜くような——いや、慈しむような青い瞳で見つめていた。

 

 マクゴナガルが驚いて羊皮紙の末尾を見ると、そこには先ほどまでなかったはずの、インクが滲んだような奇妙な文字が浮かび上がっていた。

 

『古明地(姉妹)』

 

「……これは。いつの間にこんな書き換えを?」

「文字が動いている。まるで、こちら側の世界と、どこか遠い世界の『境界』が混ざり合っているようだ」

 ダンブルドアは楽しげに微笑み、さとりを招き寄せた。

「さあ、ミズ・コメイジ。案内状が届いたかどうかは、もはや問題ではない。君が今ここに立ち、魔法の帽子が君を待っている。それが、この城が君を受け入れたという何よりの証拠だ」

 

 さとりは、ダンブルドアの思考を読み取ろうとした。

 だが、驚いたことに、彼の心は「無限に広がる夜空」のようだった。

 思考がないのではない。あまりに深く、広大で、どこを読み取ればいいのか分からないのだ。

 彼は、さとりが「人の心を読む存在」であることを、すでに見抜いているようだった。

 

『ようこそ、遠き地底の賢者よ。君の眼が見せる世界を、この学校も楽しみにしているよ』

 

 声に出さないダンブルドアの「思考の断片」が、さとりの脳内に直接届いた。

 さとりは小さく一礼し、三脚椅子に座った。

 マクゴナガルが、古びた、継ぎはぎだらけの「組み分け帽子」を彼女の頭に乗せる。

 

「……コメイジ・サトリ。前へ」

 

 マクゴナガル教授の厳格な声が響いた。

 さとりは揺れる足取りで、演壇の上に置かれた三脚椅子へと歩み寄る。

 その上には、継ぎはぎだらけの、ひどく古びた尖った帽子が置かれていた。

 

 椅子に座り、視界が帽子の淵で遮られた瞬間、さとりの脳内で、今まで経験したことのない「異質な知性」が声を上げた。

 

(ほう……これは、これは)

 

 帽子が、さとりの思考の深淵に直接触れてくる。

 

(驚いた。これほどまでに情報の詰まった頭は初めてだ。一千の心、一万の記憶……。お嬢さん、君は自分一人の人生を生きているのではないのだな。他人の心を読み、その痛みをすべて引き受けてきたか。並大抵の精神では、とっくに崩壊しているはずだが……)

 

「……勝手に覗かないで。不快だわ」

 さとりは心中で鋭く答えた。だが、帽子は愉快そうに笑い声を上げた。

 

(っはは! 逆に私の中を読もうとしているのか? 私には心はないぞ。私は『概念』だ。君の読心術も、私には通用せんよ)

 

 帽子は愉快そうに笑い、そして真剣なトーンになった。

 

(君の根底にあるのは『誠実』だ。他者のために尽くし、耐え忍ぶ忍耐強さ。そして、何よりも深い愛情……。ふむ、君に相応しいのはハッフルパフだ。間違いなく、あそここそが君の安息の地となるだろう)

 

「いいえ。私はハッフルパフには行かない」

 

 さとりの強い意志が、帽子に叩きつけられた。

 

(なに? ハッフルパフを拒むというのか? 君の資質は、あそこの土壌でこそ花開くというのに。……一体、何を求めているのだ?)

 

「……こいし。あの子が、あっちに行きたがっているから」

 

 さとりは、帽子に隠された視線の先を見た。

 演壇のすぐ下、誰にも気づかれずにふわりと浮かんでいる妹の姿を。

 こいしは無邪気な笑顔を浮かべ、グリフィンドールのテーブルで騒いでいる赤髪の双子や、緊張で顔を強張らせているハリーを指差していた。

 

 こいしには、組み分けなど必要ない。

 彼女はただ、そこが「楽しそうな色のテーブル」だったから、という理由だけで、すでにグリフィンドールの席に腰を下ろし、見えない手でハリーのローブの裾を弄んでいた。

 

「……あの子がそこにいるなら、私の居場所もそこにあるべきだわ。勇気なんて、私には似合わないかもしれない。けれど、あの子を守るための覚悟なら、誰よりも持っている」

 

(……ふむ。愛ゆえの勇気、か。それは時に、どんな天性の勇敢さよりも鋭い刃となる。……お嬢さん、君の進む道は茨の道だ。他人の心を読みながら、最も騒がしく、最も無鉄砲な者たちの真っ只中に飛び込むというのだからな)

 

 帽子は大きく深呼吸をするように膨らみ、大広間全体に響き渡る声で叫んだ。

 

「グリフィンドール!!」

 

 一瞬の静寂の後、ハリーやロン、そして双子のフレッドとジョージがいるテーブルから、地鳴りのような歓声が沸き起こった。

 

 さとりは帽子を脱ぎ、ゆっくりと立ち上がった。

 拍手の嵐の中を歩きながら、彼女の「第三の眼」は、グリフィンドールの生徒たちの爆発的な熱狂を捉えていた。

 

『やったぞ! あの少女も僕たちの仲間だ!』

『心中術師が味方なら、試験も楽勝じゃないか?』

『ポッターに続いて、また面白い奴が来たぜ!』

 

「……前途多難ね。本当に」

 

 さとりは溜息をつき、ハリーの隣に腰を下ろした。

 隣ではロンが「信じられない、君がグリフィンドールだなんて!」と興奮気味に声を上げ、ハリーはどこか安堵したような表情を浮かべていた。

 

 全員の組み分けが終わり、黄金の皿に山盛りの料理が現れた後、壇上の金色の椅子からアルバス・ダンブルドアが立ち上がった。

 

 彼の青い瞳は、半月型の眼鏡の奥で悪戯っぽく、しかし底知れない鋭さを持って光っている。

 彼が両手を広げると、広場は水を打ったように静まり返った。

 

「新入生の諸君、ようこそホグワーツへ! ……さて、宴を始める前に、いくつか重要な注意を伝えねばならん」

 

 ダンブルドアの思考は、さとりにとっても読み取りにくい、穏やかな大海のような深淵を持っていた。

 

「森への立ち入りは、全生徒に禁じられている。また、管理人のフィルチ氏から、廊下での魔法の使用を禁じる通告も出ている。……そして、最後に」

 

 ダンブルドアの声から、微かに陽気さが消えた。

 

「今年度、苦しみの中で無惨な死を遂げたくない者は、四階の右側の廊下には、決して近づかないように」

 

 その瞬間、さとりの第三の眼が、城の深層から漂ってくる、悍ましい「何か」の波動を捉えた。

 それは人間の邪念でも、妖怪の妖力でもない。何かを必死に隠匿し、守護しようとする、古く重厚な魔力の(おり)だった。

 

 ……四階。……あそこに、紫の言っていた『理』の核心があるのかしら。

 

 隣でハリーが「死にたくない者は……なんて、本気かな?」と囁く声が聞こえた。

 さとりは答えず、ただ静かに、誰もいないはずの自分の横で、こいしが楽しそうにローストビーフを一切れ、宙に浮かせているのを眺めていた。

 

「……食べ過ぎないでね、こいし。あまり重くなってしまったら、連れて帰るのが大変なんだから」

 

 さとりは自分にしか聞こえない声で呟き、未知の魔法に満ちた、最初の晩餐に口をつけた。




ねじこむさとり、紫からの調査のお願いは覚えています。
用は済んだので帰ります、ではお話になりません。
それに、魔法界の出現という異変を解決できないと、こいしは何度でも
魔法の世界に遊びに行ってしまいます。

ハッフルパフ入寮の内容で賢者の石の最後まで行きましたが
薄味過ぎたので変更しました。
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