SHHisのプロデュースを学園アイドルマスターのプロデューサー準拠で動かすとどうなるかを思考実験して生み出された短編。

Wing敗退後もSHHisとして戦い続ける2人のアイドルを、本当の意味でプロデュースするために経た物語。



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彼女達の行方

 1,そのアイドルは、少女のように

 

 ワン・ツー・スリー・フォー。

 

 シューズが床を蹴る音が室内に木霊する。ジャージの擦れる音がリズム良く続いて、そこだけの音楽を奏でていた。

 

 肩にかかった緋色の髪が揺れて、ドレスのフリルさながらの舞いを魅せる。指先、つま先、髪の先に至るまで、全身を使って魅了するダンスに、思わず息を飲んだ。

 

 ダン! とキメポーズをして、数秒の残心。

 

 それまで踊っていた派手なヒップホップ調のダンスからは想像もできない、侍の演舞の終幕を思わせる堂々とした佇まい。あれだけ激しいダンスのあとにも関わらず、方も膝も、髪の毛1本に至るまで、その静寂を崩すものは無かった。

 

 思わずその静寂を打ち破ったのは、感極まって出たプロデューサーの拍手の音だった。

 

「……プロデューサー、居たんだ。ごめんなさい、気が付かなくって」

 

 いいえ、と緋田美琴の謝罪に返す。続けざまに、タオルと水をカバンから出してプロデューサーは美琴に手渡した。

 

 ありがとう、と美琴は受け取ったが、タオルで軽く汗を拭うとまた練習を再開しようとする。

 

「……緋田さん、ストップ。今日はもうオーバーワークですよ」

 

 プロデューサーの静止を聞かずに、美琴は踊りだした。

 

「今日はボイストレーニング中心だったから、ダンスの練習が足りなくて」

 

 踊りながら発声しているとは思えない、一定の声量。途切れることの無い声。その研ぎ澄まされた技術に、思わず圧倒されてしまう。

 

 が。

 

 それでオーバーワークを認めてしまっては、プロデューサーとしての職務放棄だ。

 

 はぁ、と深くため息を着くと、最近覚えた必殺技を使う。

 

「……みーちゃん」

 

 ピタリ。

 

 それまでの激しいダンスが嘘のように止まって、アイドルとしては少ない彼女のとても珍しい照れた表情がプロデューサーの方に向けられた。

 

「……その呼び方、あなたにされると、恥ずかしいのだけれど」

「この呼び方じゃないと話を聞いてくれないでしょう、みーちゃん」

「わ、わかったから、聞くから」

 

 あと何度、この止め方で止まってくれるだろう。出来ればこの呼び方じゃなくても話を聞いてくれるようになって欲しいな。

 なんて思いながら、いつもの説教を始める。

 

「いいですか、緋田さん。貴女の焦りは重々承知しています。貴女の夢も共有しています。でも、だからこそオーバーワークで貴女の体を痛めつけている現状を、容認できる訳がないでしょう」

「……ごめんなさい。でも、このやり方しか知らないの。この焦りを、止める方法」

「……焦り、ですか」

 

 緋田美琴と七草にちかのユニット、SHHisが走り出してからもう半年が経とうとしていた。

 

 当初の目標であった大型アイドルコンテスト、Wingではその新人らしからぬ技量と、SHHisのメンバーの異色とも言えるバランスが大いに話題を呼び、下馬評は圧倒的優勝候補であった。

 

 しかし、現実はそう簡単ではなかった。

 

 決勝ライブ、一位との差はわずか0.5ポイント。

 

 勝敗を左右したのは、にちかのたった一度のステップミス。

 

 それを本人以上に気にしていたのは、他の誰でもない緋田美琴であった。

 

 もっと自分が鋭いダンスを出来ていたなら。もっと自分が熱い歌を響かせていたなら。

 

 ───もっと自分が、素晴らしいアイドルであったなら。

 

 背中を預けたにちかのミスを帳消しにして覆せるくらいのアイドルであったなら、と。

 

 美琴のその考えが正しいものであるかどうかは、さして重要なことではなかった。美琴がそうと思ったら、それを改善するために、踊る。

 

 それだけなのだ。

 

 実際問題、彼女の実力は既にトップアイドルと比肩するほどのものであった。だが、アイドルの世界はパフォーマンスだけでは戦っていけないようになっていた。

 

 ただ、歌が上手いだけでは。ただ、ダンスが鋭いだけでは。ただ、容姿が美しいだけでは、行けない場所。それが今の、アイドル業界であった。

 

 美琴は真の意味でそれを理解できていない。

 

 何よりも自分を省みて、アイドルに憧れた彼女は、たった一つ、しかし絶対的な一つを持ち合わせていなかった。

 

 今のアイドルに、絶対的は求められていない。

 

 それを美琴は、理解していなかった。

 

 もちろん、一定の水準はある。技量も卓越しているに越したことはない。ただ、それを補ってあまりあるほどのものを、持つ者と持たざる者とがいる。

 

 残念ながら美琴は、それを持たざる者であった。

 

 いや、持たざる者、というのは誤解がある。ただ、美琴の研ぎ澄まされた技量に対して、その持ち合わせたキャラクターは、あまりにも幼すぎた。

 

 愛されるものがアイドルになる。

 

 愛される理由(もの)がアイドルにはある。

 

 

 

 

 

 その愛され方を、美琴は知らない。

 

 

 

 

 2,side by にちか

 

『うーわっ、私一応アイドルなんですけどー! こんなことさせられるとか、聞いてないんですけどー!』

 

 スタジオの芸人たちにイジられて、求められた反応をする。

 

 馬鹿にされたような笑いのとり方。嘲笑うかのような周りの視線。

 

 こんなのアイドルじゃない。こんなの、なりたかった姿じゃない。

 

 そんな想いを飲み込んで、今日も笑われるためにテレビに出る。馬鹿みたいに。

 

「……プロデューサーさん、この仕事……もうイヤです……」

 

 誰も居ない部屋で一人、鏡に向かって死んだ目をする。

 

 響いた声は、虚空に失せる。

 

 バラエティ番組で見せていた笑顔も、ステージ上でファンに見せる真剣な眼差しも、準備された靴に合わせた、空虚のアイドル、七草にちかでしかない。

 

 そのままを愛して欲しい。誰かに私を見つけて欲しい。

 

 通行人Aじゃない、君じゃないとダメなんだ。って。

 

 誰か、誰か。

 

 ここに居るよって叫ぶ、私を見つけて。

 

 叫んで叫んで、叫んで叫んで叫んで叫んで叫び続けて、やっと手にしたステージへの憧れは、至らぬ自分の僅かな綻びから、崩れて揺らいで、壊れて消えた。

 

 終わった、と思った。

 

 やっと、終わった。諦めて良くなった。

 

 諦めて良くなった、のに。

 

『アイドル、続けてもいいよ』

 

 うるさい(つづけていいの?)

 

『何かを諦めてきたなんて思ったこと、ないよ』

 

 だまれ(ほんとに?)

 

 なんでそんな事言うの? やっと諦め、着いたのに。

 

 やっと私も、諦められると思ったのに。

 

 なんで今更、背中を押すの? 

 

 私にツバサなんて、無かったって言うのに。

 

『にちかの歌、ちゃんと届いたから……諦めるの、嫌になっちゃった』

 

 あ、お姉ちゃん、泣いてる。

 

 なんで泣いてるの? 泣いて欲しくて、目指した訳じゃないのに。

 

 にちかすごいねって、笑ってくれたじゃん。

 

 昔みたいに笑って欲しかったから、目指したのに。お姉ちゃんのアイドルに、なりたかったのに。

 

 ……あぁ、そっか。私、お姉ちゃんが笑ってくれるから、アイドルになりたかったんだ。

 

 もう一度、折れたヒールに絆創膏を貼って立ち上がって、踏ん張って走り出して、たどり着いた場所では指をさして笑われる。

 

『SHHisの、《じゃない方》』『SHHisの、ちょっと上手くない方』『SHHisの、バラエティ担当』

 

 罵詈雑言に身体中を切り裂かれ、ヒールも心もその度にへし折られる。

 

「……こんなの、(お姉ちゃんのアイドル)じゃない……!」

 

 鏡に額を擦り付けて、咽び泣いた。

 

 みっともなく嗚咽を漏らして、指先が震えて、歯の先が痺れて、目の前が嫌に鮮明に見える。

 歯の先にビリビリと電流が流れて、脳みそがひっくり返ったみたいに視界が回転する。

 

 全身の熱がスっと引いて行って、思考は止まらないのに、身体が言うことを聞かない。

 

「……か……ん……! ……ちか……! ……にちかさん!」

 

 ハッと声のする方に縋り付くと、プロデューサーさんが肩を掴んで名前を呼んでいた。

 

 そこでやっと、自分が床にへたりこんで、ぼとぼと涙を流しながら過呼吸を起こしていたことに気付いた。

 

 ギュッと握り締められた肩から温もりが伝わってくる。

 

「ゆっくりで大丈夫。息を吸って……吐いて……もっと深く。吸って……はい、吐いて……」

 

 プロデューサーさんが言う通りに、深く深く、深呼吸。呼吸を整える毎に、視界がまっすぐ落ち着いて、指先の痺れが取れて、口の中の電流が収まって、身体に血液が通い出す。

 

「収まったみたいですね……椅子にどうぞ。水は飲めますか?」

 

 促されるまま椅子に腰をかけて、プロデューサーさんが開けてくれたペットボトルに口をつけて! クピリ、と一口、水を飲む。

 

 おいしい、と喉の奥が言ってる気がした。そういえば、お昼も食べてない。時計をふと見ると、もう夕方だった。

 

「にちかさん。この症状が出たのは、初めてですか?」

 

 こくり。声が出なくて、首肯で返した。

 

 プロデューサーさんは手持ち無沙汰になっていた私の左手を握ったまま、いつもよりゆっくりめに、いつもより低くて暖かい声で話した。

 

「なに今日の仕事でひどいことがありましたか?」

 

 こくり、もう一度縦に頷く。

 

「それは今までの仕事でも、嫌だったことですか?」

 

 ふるふる、今度は首を横に振る。

 

 今までは大丈夫だった。今日だけ酷く醜悪な視線を向けられているように思えて、なぜだかグルグルと嫌悪感が渦巻いて、気が付けば逃れられない呪いの渦に呑まれたようだった。

 

「にちかさん。貴女は今、すごく危うい状態にあります。今無理をすると、貴女のアイドル生命はここで終わる」

 

 えっ、と声に出ていたかは分からないが、プロデューサーさんとやっと目を合わせることができた。

 

 いつもは何を考えているか分からない、全てを見透かしているかのようなメガネの奥の瞳が、今、この時に限って、優しさを詰め込んで揺れていた。

 

「貴女と緋田さんを担当できないなら俺にプロデューサーとしての未来は必要ない。だから言います。一度、ゆっくり休みましょう」

 

 最後の方は涙ぐみながら、震えた声でプロデューサーさんが言った。

 

「なーに泣いてるんですか、いい大人が……」

 

 言った私も、声が震えていた。やっと笑えた。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 3,未来に向かうため

 

『SHHis 七草にちかについてのお知らせ』

 

 SNSにあげられた283プロダクションの発表はみるみるうちに拡散されて、その日の日本のSNSトレンドにも入るほどだった。

 

 事務所の社長、天井社長と、事務員でありにちかの姉である七草はづきと、先輩プロデューサーである翼プロデューサー、そして当人であるSHHisの七草にちか、緋田美琴、そしてプロデューサーの6人で話し合った結果は、診断に合わせて七草にちかの無期限活動休止。

 

 にちかの意思はアイドルを続けたい、と言うものだった。

 

 しかし、現状の環境においてアイドルとしての未来を描けているのか、という指摘をしたのは、他の誰でもない緋田美琴であった。

 

「私、にちかちゃんの隣に立って居なかった。ユニットメンバーなのに、おかしいよね」

 

 にちかは否定しようとしたが、まだ上手く言葉を出せないようで、パクパクと口を動かすだけだった。

 

 にちかの言いたいことは、プロデューサーが代弁する。

 

「確かに隣にいなかったのはそうですが、そもそも緋田さんのアイドルとしての武器は、にちかさんが今メインに据えていた活動とは相性が悪かった。それでも知名度の上昇を優先してにちかさんをバラエティに売り込んだのは、俺の判断です。非があるとするなら、アイドルの進みたい道を見誤った俺の責任です」

 

 天井社長もはづきも翼プロデューサーも黙ってその話を聞いた。

 誰しもがその道こそSHHisがアイドル業界で名前を挙げる近道だと、信じて疑っていなかったから。

 

 アイドルが己の夢に向かって羽ばたくための自由な翼になるための翼プロダクションが、聞いて呆れる。

 

「ただ、七草にちかさん。緋田美琴さん。これだけははっきり言わせてください。SHHisはここで終わりじゃない。貴女達には才能がある。その才能はもちろんここでなくても、きっといずれは誰かが見つけるものだ」

 

 それでも。

 

 プロデューサーは、迷いない目で言った。

 

「それでも、俺に、もう一度貴女達をプロデュースさせて下さい」

 

 

 

 

 

 4,時を経て彼女らは

 客席を揺らす、怒号にも似た歓声。

 

 揺れる緑と赤のペンライトが、復活を喜ぶ灯火となってドームに満ちる。

 

 またこの景色を見るために、ずっと走り続けてきた。

 

 いつも通り、研鑽を重ねた。研ぎ澄まされた刀を振るうように。待つことなんてしなかった。

 

 きっと追いついてくると信じていたから。

 

 靴に合わせて踊る、なんて昔言ってたっけ。そんなの意味ないのに。

 

 

 貴女の道は貴女のもの。

 私の未来は私のもの。

 

 でも、重ね合わせた私たちの道は、きっとこの先に続いている。


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