利根ちゃん可愛すぎて足の間をくぐり抜け隊   作:ウサギとくま

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ちゃん那珂先輩とアニメ版の主人公さんのお話です。
次回は多分、わんこ2人の話になると思います。


トップをねらえ!

 

 

 不知火と別れた俺は、鎮守府建物の外を歩いていた。

 空は晴天。日差しも気持ちがいい。外に出た甲斐がある。

 こうやってお日様の下を歩くのは久しぶりだ。

 大規模作戦の前は、こうやってよく散歩をしていた。その際は必ず誰かが側にいたものだ。

 散歩をすれば誰かしらが必ず目の前に現れて、俺に付き合ってくれた。不思議なことに、まるで順番でも組まれているかのように、毎回毎回違う艦娘だったのだが、まあ偶然だろう。

 

「……なんだ?」

 

 一瞬、鎮守府全体が揺れた気がした。

 

 まるで凄まじく巨大な質量が発射されたかのような揺れ。

 そういえば以前もこんなことがあった。あれはいつのことだったか。

 夕張が発明した新兵装――80cm3連装砲塔の発射事件の時も、こんな風に鎮守府が揺れた。

 

 あれは酷かった。大和と武蔵の2人がかりでしか発射できず、しかも目標を大きく逸れて鎮守府近くの無人島を半分以上ふっとばすという最悪な結末となった。何が酷いって俺の承認もなく開発して勝手に実験をしたってことだ。

 何故こんなものを開発したのか本人に問いただしたところ『だってタカオさんが当たり前のように全体攻撃してるの見たら、そりゃ挑戦したくなっちゃいますよ! 作ってみたくなるのが私のサガなんですよ! ビームとか意味分からなくて無理だからとにかく砲弾を大きくするしかなかったんですよ!』とのこと。

 正直意味が分からなかった。工廠に篭りすぎて頭がおかしくなっているのではと疑ってしまった。

 高雄が云々と言われても、ウチの高雄は普通の重巡洋艦だ。夕張の発言は意味不明だった。

 タカオ……レーザー? クラインフィールド……カーニバルダヨ……うっ、頭が……。

 

 当然の如く夕張はレベル3クラスの懲罰房で2週間ほど過ごしてもらうことになった。

 レベル3クラスの懲罰房は『カーンカーン』という音が延々と響く部屋だ。流石の夕張も3日で参ってしまったようで、泣いて許しを請うてきた。そこで房から出してしまう辺り、俺は甘いのかもしれない。

 

 アレに懲りて無茶な兵器をまた作ったとは思えないが……一応後で工房の方に顔を出しておくか。

 

 

■■■

 

 

 温かい日が差しこむ道を歩いていると、俺の目の前をちょっと理解し難いものが通った。

 

「ほら、那珂ちゃん先輩。駄々こねてないで行きますよっ」

 

「うぅー引っ張らないでよ吹雪ちゃん。やだよぉー、どうして那珂ちゃんがこんなことしなきゃいけないのー」

 

 1組の人影が目の前を通っている。

 会話の内容を聞くに、吹雪と那珂……なんだろう。

 正直自信がない。

 1人が渋るもう1人の腕を引っ張って歩いている。

 

「もうやだやだー。何で那珂ちゃんがこんな格好してお仕事しなきゃいけないの? 那珂ちゃんアイドルなのにー」

 

「しょうがないですよ。この間のライブ成功したのはいいですけど、鎮守府のみんなにサクラしてもらったんでしょ? それで皆にT-Point払って足りない分は前借りして。だからしょうがないですよ。こうやってコツコツ稼がないと。下手なことしてるとペナルティで当分シフトから外されちゃいますよ」

 

「わ、分かってるよぅ。……うー。それにお客さんはいっぱい来たけど、本当に来てほしい人は忙しいから来れなかったし、那珂ちゃん的には……」

 

「え、なんです?」

 

「な、なんでもないよー。那珂ちゃんはみーんなのアイドルだからねー!」

 

 2人が吹雪と那珂と断定できないのは、2人の格好が原因だ。

 格好はいつもの2人だ。1人は吹雪型の象徴であるセーラ服、もう1人は川内型の制服である白と赤の服にフリルをつけた那珂特有の格好。そこはいつも通りだ。

 

 だが俺の目の錯覚じゃなくれば、2人の人影は――ごついガスマスクを装着している。

 何度目を擦ろうとも、ガスマスクを装着している吹雪と那珂らしき人物が目の前を通っている事実は変わらない。

 

 正直声をかけるのを戸惑う。一見何の変哲もないいつもの鎮守府に、明らかにおかしい2人組。

 だが声をかけないでそのまま通り過ぎるのを見送るのはもっと怖かった。

 

 俺は戸惑いながらも声をかけた。

 

「お、おーい。そこの2人」

 

「はい?」

 

「この声……!」

 

 2人が振り返る。俺の下へと駆け寄ってきた。

 怖い。ガスマスクを装着した人間が2人も駆け寄ってくるのは、思っていた以上に恐ろしい。悲鳴をあげて逃げたくなる。だが俺も日本男児だ。そんな無様な真似は見せられない。……だが怖い。

 

「やっぱりー! きゃはっ、提督だー! 那珂ちゃんだよーっ」

 

 那珂らしき人物が、俺の目の前できゃるーんと可愛らしくポーズをとった。

 普段なら容姿も相まってウザ可愛いところだが、ガスマスクが全てを台無しにしていた。怖い。

 

「どーしたのこんな所で? あ、もしかしてー……那珂ちゃんに会いに来ちゃった? だっめだよー提督! 那珂ちゃんはぁ、みーんなの那珂ちゃんだから、提督を特別扱いできないの、ごめんね! でも、那珂ちゃん優しいから……ハグしてあげちゃう! これ別に提督を特別扱いしてるわけじゃないからねっ。那珂ちゃんがハグしてくれるチケットを消化してるだけだからね? 誤解しちゃ……ダ・メ・ダ・ゾ」

 

 ガスマスクを装着した那珂らしき艦娘が、俺にハグをしてきた。正直怖い。このままヤバイ薬をかがされたあげく捕まってどこかの実験施設に送られそうだ。

 行動だけ見れば那珂だ。那珂はこうして会う度にハグをしてくる。というのも俺は以前、那珂が出したCDを複数枚購入したのだが、その中に『那珂ちゃんと握手できるチケットだよっ』と書かれたものが入っていたのだ。ファン向けのサービスであるそれは俺にも適応されるようで、こうして会う度にチケットの分を消費してくる。握手がいつからハグになったのかは覚えていない。

 他のファンにもハグをしているのか、だとしたら勘違いしたファンが危うい行動をとらないか……と心配したこともあったが、マネージャーをしている神通曰く、握手だけしかしていないらしい。

 

「ぎゅーっ、ぎゅぎゅーっ」

 

 ハグをしながら胸の辺りにぐりぐりと顔を擦りつけてくるガスマスク女。マスクがごつごつ当たって痛い。

 

 もう一人の吹雪らしき艦娘に視線を向ける。

 

「お疲れ様です、司令官!」

 

 いつも通り、見ていて気持ちのいい敬礼を向けてくる吹雪らしきガスマスク女その2。

 

「いや敬礼はいい。今日は休日だからな。……あー、その……吹雪、でいいんだよな?」

 

「はい? そ、そうですけど……あっ、そっか」

 

 吹雪らしき艦娘はいそいそとガスマスクを外した。

 ガスマスクの下から現れたのは、見慣れた艦娘の顔……吹雪だ。

 

 俺はホッと安堵の溜息を吐いた。

 

「えっと、司令官は見回りのお仕事ですか? でも、休日だって……あれ?」

 

「いやまあな。最近コミニュケーションが足りてなかったから、こうやって鎮守府を散策がてら皆に声をかけているんだ」

 

「はぇー、そうなんですか。いつもお仕事で忙しいのに、私たちの為に……流石司令官です!」

 

 グッと拳を握って俺を持ち上げてくる吹雪。

 

「ところで吹雪。それなんだが……」

 

 俺はあまり聞きたくないが、ガスマスクについて聞いてみることにした。

 頼むから「最近みんなの間で流行ってるんですよー」とか言い出さないでくれ……! 若い娘たちの間では俺のような男では理解できないものが流行るが……これだけは勘弁してくれ。怖い。どれだけ皆が可愛かろうと全てを台無しにしてしまう怖さ。こんなもんが流行り始めたら、俺はここを辞める。

 

 俺の質問に、吹雪はちょっと気まずそうに笑いながら答えた。

 

「こ、これですか? あはは……これはえっと何て言ったらいいのかな。バイトの制服、です一応」

 

「バイト?」

 

「はいバイトです」

 

 別段バイト自体は珍しいことじゃない。バイトだけでなく、この鎮守府には本業である軍務とは別に副業を行っている艦娘もいる。よその鎮守府じゃどうかは知らないが、ウチでは兼業を許可している。あくまで本業に支障をきたさない、という前提ではあるが。

 戦争が終わったあと、戦いだけしか知らないままでは将来が心配なると考え許可をしたのだ。

 今では結構な数の艦娘が副業をしている。鎮守府内に居酒屋やバーを開いたり、塾を作って教師をしたり、那珂のアイドル活動もそうだ。中には下手をすれば本業よりも有名になっている艦娘もいる。秋雲とかな。

 秋雲は漫画を雑誌に連載していて人伝手に聞いた話だが、なかなか評判がいいらしい。何やら映像化の予定もあるとか。有名になるのはいいことだ。それだけ将来の選択肢も多くなる。俺も『筋肉を書く練習台に』と頼まれて、裸体を披露した甲斐がある。

 

 しかしガスマスクを着用するようなバイトか。正直怪しすぎる。

 

「そのバイトは大丈夫なのか? 危険なことじゃないだろうな」

 

「きゃはっ、もしかして那珂ちゃんのこと心配してくれてるの?」

 

「いや、今吹雪と話してるから。黙ってハグしときなさい」

 

「はーいっ」

 

「で、どうなんだ?」

 

 那珂に邪魔をされたので、再度吹雪に訪ねた。

 

「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます。ちょっとしたお掃除のお手伝いみたいなものですから」

 

「そうなのか」

 

 まあ吹雪がそう言うならそうなんだろう。

 

「それに結構お給料もいいんですよ!」

 

「へー。しかし、吹雪。バイトをして何か欲しいものでもあるのか? そんなに高いものでないなら、俺が買ってやるぞ」

 

「い、いえいえ! そんな司令官に買ってもらうなんて……! そ、その嬉しいですけど……お金じゃなくてポイントだから司令官は買おうと思っても買えないというか。……そ、そもそもアレやアレを司令官が欲しがるわけないし」

 

「なんだって?」

 

「な、なんでもないですっ」

 

 金の使い道なんてほとんどないし、いつも頑張っているからプレゼントしたかったんだが……。

 だが本当に欲しい物は自分で買わないと意味がないかもしれないな。

 

 ……そういえばいい機会だ。

 吹雪には聞いておきたいことがあった。

 

「吹雪。ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 

「はい? 何ですか司令官?」

 

「その……同室の睦月のこと、なんだが」

 

 睦月と吹雪は同じ部屋で暮らしている。

 あのことがあってから、吹雪には睦月のフォローをお願いしたのだが……。

 

「……」

 

 睦月名前を出した途端、吹雪の表情が辛そうなものになった。

 その顔だけで睦月がどういう状態か分かってしまった。

 

「あー……やっぱりまだ、落ち込んでいるのか?」

 

「……はい」

 

 項垂れるように頷く。

 

「その、前よりは大分元気にはなったんですけど……やっぱりまだ」

 

「そうか……」

 

 あの元気だった睦月が落ち込んでいる事実は辛いものがある。

 時間が睦月を癒してくれると思ってあまり触れないでいたが……俺からも何らかのフォローは必要だったか。

 

「私も遊びに連れて行ったり、頑張って元気づけようとしてるんですけど……どうにも上手くいかなくて、ごめんなさい」

 

「いや、謝らないでくれ。吹雪はよくやってくれている」

 

 面倒見のいい吹雪だ。きっと俺が想定している以上に、睦月の心を癒そうと頑張ってくれているのだろう。

 ただ睦月の心の傷が想像以上に大きかっただけだ。

 

 睦月が心を痛めているのは――如月のことだ。

 

「そうか……。そこまで如月のことを……」

 

「はい。睦月ちゃんにとって……如月ちゃんは一番の親友だったから」

 

 睦月型の同型艦である睦月と如月。

 この2人はとても仲がよかった。それこそ家族とも呼べるほどに。

 いつも一緒に行動していたし、2人が別々にいるのを見たことがなかった。

 

 だがそれも過去の話だ。今、睦月の隣に……如月はいない。いないのだ。

 

「……すまないな吹雪。艦娘のフォローは提督である俺がしないといけないのに。お前に任せるような形になってしまって」

 

「い、いえいえ! だって司令官は忙しいから仕方がないですよ! そ、それに私が任されたのも提督が私を信頼してくれているからで……う、嬉しかったので」

 

 赤くなった顔を伏せる吹雪。

 

「俺があの時、如月を止めてさえいれば……こうはならなかっただろう」

 

「そう、かもしれませんけど! ………でも、あれは如月ちゃんが、自分自身で決めたことですから。司令官のせいじゃないですよ」

 

「そうは言うがな。だが辛そうな睦月を見ていると俺の選択は間違っていたと思ってしまう」

 

 確かに決めたのは如月だ。

 アイツは自分自身で選択をした。その選択を俺は止めることができなかった。

 

 如月の選択。

 その選択の結果、今如月はここにいない。

 俺たちの手の届かない……ずっと遠くにいる。

 

 如月は――

 

 

「今でも信じられない。――まさか、如月がアイドルになるなんてな」

 

 

――アイドルになったのだ。

 

 

■■■

 

 睦月2番艦駆逐艦――如月。

 彼女は今をときめく現役アイドルである。その知名度は高く、町を歩いていれば広告や雑誌、街頭テレビと、彼女の姿を見ないことはないだろう。

 彼女はアイドルとして踊り、歌い、喋り……国民にその愛を振りまいている。

 

 そもそも何故如月がアイドルになったのか。

 発端はなんだっただろうか。はっきりとは分からない。だが考えられるとしたら半年前の出来事だ。

 

 その日の秘書艦は如月だった。

 彼女が発するこちらを誘惑してくるような言葉と雰囲気に慣れた俺は、リラックスしながら仕事をしていた。

 如月がお茶を淹れている間、ふと窓の外を見た。

 

「なにを見てるんですか提督?」

 

「ああ、アレだよ」

 

 寄り添ってきた如月に分かるように、窓の外を指した。

 その先では、那珂が鎮守府の裏庭で一人踊りの練習をしていた。

 

「那珂ちゃんですか」

 

「ああやって誰も見ていないところで努力しているところを見ると、アイドルになりたいってあいつの想いが本物だって感じるよ」

 

「ふふっ。そうですねぇ」

 

 くすくすと如月が笑う。

 

「アイツはこの時間になると、あそこで練習しているんだ」

 

「詳しいですねぇ。ふふっ、もしかして毎日見ているんですか?」

 

「ああ」

 

「……え、そう……なんですか? ……ふぅーん。那珂ちゃん羨ましい……」

 

 如月の呟くように耳を撫でる言葉。くすぐったくて最後の方は聞こえなかった。

 

「その、司令官は……那珂ちゃんが好きなんですか?」

 

「どうしてそう思う?」

 

 いきなりの如月の発言に意図が分からず、眉をひそめた。

 

「だって毎日見ているのよね? だから……」

 

「いや、那珂個人が、というわけではなく。そうだな……俺は、頑張ってる奴が好きなんだ。何かに向かってな」

 

「……頑張ってる。だからアイドルに向かって頑張ってる那珂ちゃんが……」

 

「ああ、好きだ」

 

「……そうなんですかぁ。ふぅーん」

 

「あとはまあ、個人的にだが……アイドルが好きってのもある」

 

 好き、というより好きになったというべきか。

 那珂に付き合ってアイドルの何たるかを勉強し、その途中でその生き様というべきものに好感を持った。

 みんなに元気を振りまき、楽しませる。俺にはとてもできないその生き方は、憧れすら抱いた。

 そういうわけで、アイドルを目指している那珂を応援しているのだ。

 是非ともみんなに元気を振りまく立派なアイドルになってほしい。

 

「そうなん……ですか。なるほど……提督は頑張ってる女の子が好きで、アイドルが好き……」

 

 そういうことがあった。

 そしてそれからちょうど2週間後、執務室にやってきた如月はアイドルのオーディション合格通知を俺に提出し、そのままアイドルと艦娘という2足のわらじをはく事になった。

 

 それからの活躍は目覚ましいものだった。

 彼女はあっという間にアイドルの道を駆け上り、今やあの有名アイドルグルーブ『KSRG48』のメンバーになってしまったのだ。

 説明するまでもないと思うが、KSRG48とは今最もホットなアイドルグループだ。各鎮守府の中から選ばれた如月が48人のチームを組んでアイドル活動をしている。

 歌や踊りだけでなく、トークや体を張ったイベントなど、その活動は多岐に渡る。ただ歌うだけの前時代のアイドルとは違う、次世代のアイドル……それがKSRG48なのだ。

 

 

■■■

 

 

 現在如月は本業であるの軍務を休業し、アイドル活動に専念してもらっている。

 軍務以外で目覚しい活躍を見せた艦娘には、そういった処遇を下せるのだ。

 

「まあ、寂しいよな。ずっと一緒だと思ってた親友が今やトップスターだ」

 

「はい。アイドルになりたての頃は時間を見つけては睦月ちゃんに会いに来てたんですけど……最近は忙しいみたいで」

 

 今や如月をテレビで見かけない日にないといってもいい。

 テレビだけでなく、ラジオ番組やイベントの司会、提督就任式のサプライズゲスト……などなど、文字通り引っ張りだこだ。

 噂では小説の執筆活動も行っているとか。

 

「なまじテレビで毎日顔を合わせる分、寂しさが募っちゃうみたいで……」

 

 吹雪に言うことも理解できる。

 俺もテレビに如月が写っていると、誇らしい反面、この鎮守府で一緒に戦っていた頃を思い出してしまい不思議と寂しい気持ちになってしまう。相方だけが有名になってしまったお笑い芸人もこんな気持ちなんだろうか。

 

「睦月のことだが、俺もこれからは気にかけることにする。吹雪には負担をかけてしまうが……これからも睦月を頼む」

 

「よろしくお願いします司令官。睦月ちゃん、如月ちゃんに会えない寂しさもありますけど……司令官に会えないことも寂がってると思うので」

 

 如月に会えない分、俺が少しでも睦月の心の隙間を埋める手助けになればいいのだが。

 

「そうだ吹雪。今、他に欲しいものはないか? 睦月のことを頼んでいる代わりと言ってはなんだが、欲しいものを買ってやるぞ。なんだったら、特別休暇を申請してもいい」

 

「へ? そ、そんなの別に――」

 

 俺の言葉に、いつも通りの謙虚さを見せる吹雪。

 が、その目がキラリと輝いた。

 

「……はっ! こ、これはチャンスなのでは? 提督から直々のお誘いなら、ルールには触れないはず……ごくり」

 

 吹雪は勇気を振り絞るように言った。

 

「で、でしたら! そ、その……今度のお休みの日に私と――」

 

「よーん、さーん、にー、いーーーーーーーーーーーち――はいっ、那珂ちゃんのハグタイムしゅうりょー! えっと、今日は10分ハグしたからー……えっと提督は500枚CDを買ってくれて、今日までで30枚分ハグタイム使って……んっとー、残り300分くらい? わーっ、提督うらやましー。那珂ちゃんとそんなにハグできるなんて、幸せ者ー」

 

 吹雪の言葉を遮った那珂がくるくる回りながら俺から離れた。

 

 確かに俺は那珂のCDを購入したが、どうも桁が一つ増えている気がする。ついでに言うと、CD1枚買う度に貰えるハグチケットとやらも最初は1枚1分だったはず。

 まあ……本人が言うなら、別にいいだろう。

 

「すまなかったな吹雪。で、なんだって?」

 

「……いえ、なんでもないですぅ。……はぁ」

 

 先ほどまでの勢いはどこへやら、しおしおとため息交じりで言った吹雪。

 一体なんだったんだろうか。

 

「それで何の話してたの? 那珂ちゃんにも教えてー」

 

「ああ、睦月が如月に会えなくて寂しがってるって話をだな」

 

「司令官!」

 

 吹雪が突然、俺の言葉を遮った。

 吹雪はブンブンと首を左右に振っている。それ以上はいけないと。

 

 そして俺は自分が地雷を踏んでしまったことに気づいた。

 那珂を見る。

 

 いつもの元気はどこへやら、目から光が消えてぶつぶつとうわ言のように言葉を吐いている。

 

「……き、如月せんぱいの話? へ、へー……あ、あれだよね。き、きさらぎ先輩頑張ってるよねー。な、なかちゃんあんまりテレビとか見ないからよくわかんないけど、結構頑張ってるらしいね。音楽番組とかだけじゃなくて、ドラマとか……こ、今度映画にも出るらしいねー、よく知らないけどぉ。べ、べつに那珂ちゃん羨ましいとか思ってないよ? だ、だって那珂ちゃんはほら、なんていうか……ファ、ファンを大切にする地元密着型だから……べ、別にテレビに出たいと思ったりなんか……してないし」

 

 どうやら俺は地雷を踏みぬいてしまったらしい。

 そりゃそうだろう。後からアイドルに転身した上、一気に自分を追い抜き今や誰もが知るスターだ。

 那珂も有名になってきたとはいえ、まだローカルアイドル。

 俺の配慮が足らなかった。

 

「げ、元気だして下さい那珂ちゃん先輩! あ、あれですよ……! き、如月ちゃんはもうトップまで行っちゃって、もう上には上がれないけど、那珂ちゃんさんはまだまだ上があるじゃないですか! 登りたい放題ですよ!?」

 

「おい吹雪、そのフォローはどうなんだ?」

 

 フォローになっているのか?

 那珂を見てみる。

 

「――だよねぇ!? 那珂ちゃんにはまだまだ登るべき坂があるもんね! 如月せんぱ……如月ちゃんはこれ以上上にいけないけど、那珂ちゃんはまだまだこれからだもん! そうだよっ、那珂ちゃんはぁ、まだ登り始めたばっかだもん! 果てしないアイドル坂を……!」

 

「元気出てるし」

 

「ありがとね、吹雪ちゃん! 那珂ちゃん頑張る! きらんっ!」

 

 まあ、那珂がそれでいいなら俺は何も言うまい。

 那珂は元気が取り柄だし、このポジティブな元気を武器にひたすら頑張って欲しい。

 

 気合を入れたせいだろうか、那珂のお腹の辺りから『ぐぅ~』という気の抜けた音が響いた。

 

「……」

 

 お腹を押さえる那珂。顔が赤い。

 口を開く。

 

「――も、もう吹雪ちゃんっ、はしたないよぉ? 女の子なんだから、男の人の前でお腹なんて鳴らしたら……ダ・メ・ダ・ゾ?」

 

「えぇぇぇぇぇ!? ちょっと那珂ちゃん先輩、それはないですよ!?」

 

「ああ、そうだ。いい機会だし、2人ともこのまま食事でもどうだ?」

 

 そろそろ昼時だ。俺もお腹が減った。

 

「い、いやいや! 提督も否定してくださいよ! 今のどう考えても那珂ちゃん先輩の音ですよ!?」

 

「アイドルはお腹なんて鳴らさないもーん」

 

 分かっている。本当のことを言って那珂を追い詰めたところで、逃走するか『みんなに苛められたよー』と神通に泣きつくかのどちらかだから、正直面倒くさい。

 

「那珂ちゃん先輩ひどいです……」

 

 涙目の吹雪には悪いが、ここは罪を被ってもらおう。あとでしっかりフォローはしておくが。

 

 さて、食事に誘ったわけだが。

 

「えー、どうしよっかなぁ。那珂ちゃんアイドルだからファンのみんなに誤解されたら困るしなー」

 

「それは大丈夫じゃないか?」

 

 アイドルの那珂がガスマスク着けてるなんて誰も思わないだろうし。というより俺も思わなかったし。

 那珂は腕を組み悩んでいる素振りをしながら、ちらちらとこちらに視線を向けている。

 

「でも提督はどうしてもって言うなら仕方ないからー、ちょっと今ジャーマネさんに電探でジュルスケ確認するねー。ピ・ポ・パ、と。もしもーし、那珂ちゃんだよーっ

 

 背を向けながらどこかと連絡をとる那珂。

 艦娘は艦娘同士で連絡を取り合うことができる能力を持っている。

 戦場でもこの能力を使うことで、臨機応変な戦術を可能としているのだ。

 

「……え、そうなの? うっそー、本当に? ――うん、それぜーんぶキャンセルねっ! かわりに神通ちゃんが出といてっ」

 

 連絡が終わったのか、那珂が笑顔でこちらに振り向いた。

 

「提督! 那珂ちゃん基本すっごく忙しいけど、今から奇跡的に時間空いてるってさ。提督ラッキーっ、きゃはっ」

 

「吹雪はどうだ?」

 

「私のお腹の音じゃないのに……。で、でもお食事のお誘いは、嬉しいです! 喜んで……っとちょっと待ってくださいね」

 

 今度は吹雪がどこかと連絡を取り始めた。

 

「あ、はい。そうです、吹雪……じゃなかったFBKです。そのことなんですけど、今日はお休みに……え!? 緊急!? 拒否権なしですか!? ……う、うぅ。わ、分かりました……えっと、榛名さんの部屋、だったところ?……ですか? ……は、はい分かりました。うぅ、すぐに行きます……」

 

 吹雪が申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい提督……! バイト先から今すぐ来いって急かされちゃって……。今日はどうしても休めないみたいで。誘ってくれたのはすごく、すっごーく! 嬉しいんですけけど……」

 

「いやいいさ。急に誘った俺が悪い。また次の機会にするよ」

 

 残念だ。

 

「で、どこ行くー? あっ、那珂ちゃんパスタ食べたいー。こないだ神通ちゃんと一緒に行ったイタリアンが凄く美味しかったんだっ。隠れ家的なお店で、本当は内緒にしときたいんだけど……提督は那珂ちゃんのファン第一号だから特別に教えてあげるねっ、きゃはっ――ってあれ? ちょ、ちょっと吹雪ちゃん! どーして那珂ちゃん引っ張っていくの!?」

 

「早く行かないと遅刻でペナルティついちゃいますよ」

 

「えっ、やだやだっ! 那珂ちゃん提督とランチするのー! ランチの後にそのまま町に行って、観覧車に乗ったり映画見に行ったりするの!」

 

「残念ですが諦めてください。……私だって本当に残念なんですからぁ」

 

「やだやだー! やだよぉー! ひ、久しぶりなのにぃ、こんなのってないよぉ!」

 

「な、泣かないで下さいよ那珂ちゃん先輩……。私だって泣けるものなら泣きたいですよ。せっかく司令官が誘ってくれたのに……くすん」

 

 吹雪と吹雪に引っ張られる那珂が離れていく。

 みんな忙しいんだな。本当に残念だ。

 

 

 ■■■

 

 涙目で那珂を引きずる吹雪と、アイドルが見せちゃいけない泣き顔を浮かべる那珂。

 

「とりあえず現場に行く前に装備室寄って行きますよ。第二種装備着けてくるように指示が出たので」

 

「えぇ!? あの宇宙服みたいな全然可愛くないやつ!? や、やだー! あんなの着てるの見られたら、那珂ちゃんのファンに幻滅されちゃうっ」

 

「大丈夫ですよ。顔も体も全部隠れますから、誰も那珂ちゃん先輩だって気づきませんから」

 

「オーラが! 那珂ちゃんのアイドルオーラで気づかれちゃうよぉ!」

 

「大丈夫ですよ。夕張さんが作った防護服ですから、炎から細菌、宇宙空間でも活動できるらしいですし、オーラだって遮断されますよ」

 

 引きずられる那珂の目にキラリと小さな炎が灯った。

 密かにメラメラと燃えるそれは野望の炎だ。

 

「……くすん。那珂ちゃん負けないもんっ。いつかアイドルのトップに立って、武道館とかに行って至上最高のライブをした後に、サプライズで提督に告白して電激引退するんだもん! それで子供ができたらアイドルに育て上げてどっかのプロデューサーに『アイドルの母親も元アイドルだった!? これはもう母娘アイドルユニット那珂那珂シスターズとして売り出すしかない』って感じで電撃復活するんだもん!」

 

 那珂の壮大かつ無謀な夢を聞いていたのは、鎮守府の海だけだった(あと吹雪)

 海は今日も全てを抱きしめる。壮大な夢も無謀な夢も。全てを平等に受け入れる。

 だがガスマスク着けて夢を叫ぶ女はちょっとなぁ……海はそう思った。

 思ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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