私はどうしてまた都に来てしまったのだろう。
眼下に広がるのは建設がようやくひと段落した平安京。かの巨大な朱雀大路は大きすぎて人がまばらにしか見えない。
まだほとんどの土地が更地で、ただ道路と羅城壁があるだけの空っぽの器。
それでも貴族の転居は行われているのか左京北部には大層立派な屋敷がいくつか建設されていた。
これが時代が進むと朱雀大路にまで建物がはみ出るわ鴨川に近い湿地帯の右京は居住地として使い物にならなくて荒廃。あるいは田畑に転用されるわで当初の計画とは随分と様変わりするはずだ。
それとおそらく…かの有名な小説の舞台となった羅城門も新築同然で経っている。
「随分と立派な器だねえ」
暇だからとついてきたルーミアと、意外と乗り気だった猫又もやっぱり器だという。確かにそうだろう。
まだこの都は生まれたばかりの器。ここに人間が生活と文化という中身を入れて完成する場所だ。
「そうなのか?なんだか人がたくさんいそうで美味しそうなのだ」
「騒ぎを起こさないでくださいよ」
流石に都だ。悪霊や妖怪への対策も抜かりない。
都市全体を覆う陰陽師の結界。普通の妖怪なら中に入る事すら叶わない。そしてそれだけじゃない。都の近くに一定以上の力を持つ存在が入れば即座に感知される。
多分最初にやってくるのは陰陽師が設置した式神。
それが対処できない相手の場合は妖退治専門の陰陽師。普通の占いとか政をする陰陽師と違ってバリバリの武闘派だ。
おそらく結界の強度からしてこの距離でもかなりギリギリだろう。私と猫又くらいなら誤魔化せますが、ルーミアは無理です。
ともかく空にいてもいつか見つかってしまいそうなので地上に降りる事にしましょう。
「というわけで都で暴れるのは得策じゃないって事です」
「それ大丈夫なんですかねえ?」
「大丈夫ではないです、私一人ならどうにかできますけど……」
こうなった経緯を考えればこれはなかなかの無理難題だ。
二週間ほど前に柳さんが私を訪ねてきた。
都付近に落下した隕石の調査をしてほしい。第一声はそれだった。
たかだか隕石如きで天狗が他種族の妖怪に頼み事なんかするだろうかと疑問を抱いたので問い詰めてみれば、飯綱丸さんが何処からか仕入れた情報を元に隕石の正体に辿り着いていたらしい。
なんでも月からの来訪者なのだとか。
柳さんはそれ以上詳しくは教えてくれなかったけれど、おおよその検討はついていた。
飯綱丸さんは保守的な天狗の中でもむしろ革新派な方だ。外からの変化を呼び込み天狗社会全体を変化させていこうとするタイプ。
故に彼女は欲しがったのだろう。月の民の技術を。
似たような事はあの八雲紫も考えていたしおそらく共通の意見なのだろう。あるいは……入れ知恵元が八雲なのか。
いずれにしても妖怪の山のことくらいか元々住んでいたであろう飯綱山のことくらいしか知らないのを自覚しているのか、事情に詳しいであろう私を彼女は指名してきた。
断っても良さそうでしたが、同居人と同居猫が興味を示してしまったのが運の尽き。
柳さんもこれ幸いと一人と一匹を懐柔した結果私は外堀を埋められ、今こうして長い旅路の末に都にやってきたのだった。
「猫又ならともかくルーミアは都に入るのは無理そうですし、好きにしておいて良いですよ」
「本当?それじゃあルーミアお家探してくるのだ!」
まあ、人食いのために都周辺で騒ぎを起こされるよりマシか。そう思っているとルーミアは闇に紛れて何処かへ消えてしまった。
静寂が夜空を支配する。冬の空は静かだった。
「それじゃあ、あたいらは潜入かい?」
「ええまあ……しかし入るの大変そうですね」
出入り口になっている門には普通に門番の兵がいますし、見知らぬ人が簡単に入れるほど都は出入り自由でもないですし。
これがもうちょっと後の、荒廃した頃なら出入り自由なんですけれどね。
「あたいだけならなんとか入れそうだけど」
「私は生憎アニメーガスは使えませんので」
「……?なんだいそれ」
「西洋の魔術らしいですよ。なんでも動物に変身できるとか」
「そりゃ便利だね」
そう言えば竹取物語は平城京があった時代の話であると言われていますね。
でもこの世界の竹取物語は、どうやら平安京遷都後の話になるらしい。
おそらく後々の創作時に人物を伏せるため昔の事であると言うふうに伝えられた物語が形になったものだと思われますが……
まあそのような考察は後世の人物に任せましょう。
少なくとも私の知る前世では
しかし竹取の翁が何処にいるのか全くわからないが、少なくとも平民というわけではないでしょう。
かぐや姫の力で急に降って湧いた財産をこの時代に効率よく運用できていることから身分的には高い位の人物であるのは間違いないはずだ。
それにいきなり富を持った者がすぐに貴族が行うような作法をできるとも思えない。
和歌を読み儀式や作法を習得するなんてのは一晩二晩でできるようなものではない。しかし後世に伝わる竹取物語ではその辺が書かれているあたり、翁という人物は実は格式が相当高いはずだ。
大体、竹取物語の中で語られる話ではかぐやを参内させるために御門から位階、特に五位を条件に出されている。
ただの平民がそんなものを簡単に手に入れられるはずもない。五位以上は昇殿を許された場合にのみ与えられるもので、それ以下の位階とは一線を画す高い位です。
となれば、翁は四位以下の貴族であったと考えるのが自然です。
翁がただの平民だったとしたらそんな冠を貰ったところで訳がわからないだろう。交渉として通じるのは貴族だけだ。
後は噂が都に伝わっている事を考えればそう遠くはない場所。
特に五人の貴族が毎夜かぐや姫に合わせろと尋ねに行ける程度には都から近い山。
ともすれば候補は絞られそうなものですが、それで絞れる場所は全部結界の中。探し出すのも面倒なんですよね。
多分もうすでに噂が出ていて貴族が来ているはずでしょうし。諸々を確かめるためにもやはり都に入らないとわからないか。
「おっきいねえ、なんというか壮大というか気が遠くなりそうだよ」
「流石都です」
全幅70メートル以上の道の真ん中に立つと、なんだかすごい目立っているような気がしてしまう。
実際私のような不審者がいたら目立ってしまって仕方ないのだがまあこの際その事は置いておく。
お昼過ぎ…殆どの人は仕事してるか家にいるかの時間帯だ。妖怪だってこんな時間に人前には来ないだろう。普通なら…
その隙を突いて私は行商人の牛車に隠れて都に潜入した。
まさか妖怪が荷物に紛れ込んで入り込むなんて普通の人間が思うはずもなく、あっさりと侵入できてしまったのだった。
あとは人の姿に変化していればまあ問題はない。妖力を隠していれば結界を通過することも容易かった。
それにしても都の大通りだけあって商業店がちらほら見受けられる。
この時代といえば丁度金銭が流通し始めた頃です。流石に地方での運用開始はまだですが、都では既に貨幣経済が推し進められていたはずだ。
私はまだ貨幣は所有してはいないのですけれど。
、基本的に露天が主要な売り方であるこの都において珍しく建物一つを店として使用しているところを見つけた。
腕に抱えていた猫又を下ろして、中の様子を伺ってみると、なるほど確かにこの店は家を改造し道の左右に設けられた排水路に蓋をして塀を切ってまで建物で商いをするのかがわかる。
金属製の品。さらには包丁や、武士御用達なのか刀まで揃っていた。
建物の奥の方には鍛冶の作業場があるようだ。
店主は私のようなよくわからない少女が入って来たことに不審に思っているようだ。確かにここは子供が入る場所ではないかもしれない。というかこの時代の子供は基本家の中にいることが多い。
あまり悪目立ちすると陰陽師とか妖怪退治屋のお世話になりかねない。
「お嬢ちゃん、なんだ?農村の子か」
鍛冶屋の店主兼家事職人のおじさんが店の奥から出て来た。職人とか哲人とかそういう言葉が服を着ているような人だった。
「ええまあ…荷物運びで摂津国から来ました」
「そりゃ、遥々お疲れ様なこった。だが子供が欲しがるようなものはここにはねえぞ」
確かに無いでしょうね。あっても売ってくれそうに無いですし。ですが、こう言った貴族や武士、使用人などが多く訪れそうな場所は自然と情報が集まりやすいはずです。
娘にまで荷物を運ばせるのかと店主の目が哀れみを持った目に変わる。同情しているのだろう。見た目によらず随分と優しい人みたいだ。
「それにしても都は随分と賑わってますね。都はいつもこんな感じなのですか」
実際に賑わっているとかそう言うことは別として情報を引き出す。
密かにサードアイを服の隙間から少しだけ出し店主を視界に捉える。
「いや、実は昨日までかぐや姫の髪上の儀式があってな。讃岐造麻呂のお屋敷で宴会があったのさ」
「へえ、そうだったのですか」
嘘は言っていないですね……そして絶世の美女だという事以外姿を見た事はないと。連想ゲームのようにさまざまな情報がサードアイに飛び込んできた。
へえ、随分といろんな人からいろんな事を聞いているのですね。なるほど、大体わかりました。
では最後にお礼と、少し手土産を頂きましょう。
「では私はこれで、失礼致します。ああそうだ、今後ともどうぞご贔屓に」
少し芝居ががかった口調で私は店主に言った。
そうか、と店主は一言だけ答えてまた店の奥へ帰って行った。