今は昔、竹取の翁というものありけり。
いつか伝わる竹取物語の冒頭は、私にとっては現在進行形の話になる。
そんな竹取物語は私の知る世界では混ぜられた物語とも言われている。というのも最初の光る竹から子供が出て来たところから翁が金持ちになる部分。そこから後の御門や貴公子達の部分では作り手が違うとも言われている。
ですがこの世界では竹取物語は紛れもない現実のものとなる。
事実目の前には讃岐造麻呂の立派な屋敷があった。
かぐや姫、正式な名前は「なよたけのかぐや姫」あるいは、発音できない月の名前か後に彼女が名乗ることになる×××××か。
なんと呼べば良いのかは分からないが、いずれにしても本人がいるのは間違いない。
「ここが輝夜姫の屋敷ですか」
丁度、誰か尋人が来ているのだろう。表玄関には牛車が停まっていた。
施された装飾は煌びやかで貴族であるのは間違いない。
さてどうやって入ろうかと思っていると、建物から誰かが出てくるのが見えた。物陰に隠れつつサードアイで出てくる人間達の思考を読み取っていく。
従者は、まあいいでしょう。雑念と周辺警戒くらいしか読み取れない。
あのいかにも高貴な人ですという格好の男はどうでしょうか。
おや、かぐや姫を直でみることもできず、無理難題に頭を悩ませていますね。蓬莱の玉の枝?
「庫持皇子ですか」
皇子というよりかは普通の貴族のようでしたけれど。
さて、貴族が帰られるようですね。となれば屋敷の警備自体も一瞬ですが気が緩む。その油断を利用させてもらいましょう。
牛車を見送る門兵も、どうやら内心ひと段落してホッと一息と言ったところ。
「こんばんわ門兵さん」
「子供?こんな夜中に何用だ」
「
暗示。目線を合わせて少しづつ心を縛っていく。反動で男達の様々な思考が流れ込んでくる。
「………」
「………」
二人の男が私を無視するかのように再び門に立った。最後の仕上げだ。
「
私の確認に男達は無表情で応えた。
「問題ありません」
「お通りください」
これが妖怪相手にも使えたなら良いのですけれど。
面倒な1日だった。
地上に来てから、今まで存在しないと断言できるほどには面倒で退屈だった。
その最後の一人がようやく帰っていった。
ああ面倒だ。そもそも私はあんな男なんて興味ない。イケメンなだけで屑なやつとか子持ちで家族がいるのに愛妻だ正妻だなんて女を侍る男もみんな嫌いだ。
……嫌な事を思い出してしまっていた。あの者達も多少の差はあれど似たような者だった。
だが月にいた頃より地上の暮らしの方が面白い。
「でも翁もあんな男ばかり連れて来なくてもいいじゃない。確かに心意気というか意地が強いというのはあるけど……」
確かに私を竹から出してくれて育ててくれた恩義はある。私の要望を聞き入れてこうして不自由ない生活ができるのもあの夫婦のおかげだ。
しかし結婚願望は別な話だ。第一、私は地上に遊びに来たのであって結婚をしに来たわけではない。
何故それがわからないのか、頭にくる。
「もうやだー!次来たらあんな奴らなんか魔法少女⭐︎かぐやちゃんがまとめて追い返しちゃうんだから!」
だからストレスで変な事を口走ってしまった。魔法少女が好きだっていうのもあったけど、それでもこの場で言うべきでは無かった。
「……あ」
少しだけ空いている襖から童がのぞいていた。私より少し幼いくらいの少女だった。その瞬間時が止まったのは言うまでもなく、時どころか空間すら亀裂が入った。
静寂の支配の中で唯一動けたのは私だった。
「……く、」
「くっころ?」
違う。
「くせもーー」
叫ぼうとした口を、いつのまにか小さな手が塞いでいた。
気がつけば視界にとらえていたはずの童は私の口を塞いで体で押さえつけるようにして押し倒していた。
「ごめんなさい静かにしてください」
人とは思えない、ひどく冷たい声だった。
暴れて振り解こうにも人とは思えないほどの力で押さえつけられ全く動けなかった。
ようやくそれは人間じゃない存在だって事を理解した。
これ以上暴れたらないをされるか分かったものではない。流石に不老不死の私を殺せるとは思わないけれど私が暴れて余計な被害を周りに出すのも考えものだった。
それと同時に重要な疑問が浮かんでいた。口を抑える手が緩んだ。
「あ、貴女くっころ知ってるの?」
「ええまあ……」
途端に襲撃者がしまったと言わんばかりに目を逸らした。月しかない文化を知っている?それも地上の妖怪如きが?
真っ先に思いついたのは他の月の民が送った刺客。だけどそれならこんな回りくどいことはしないはずだ。
だとすれば、何らかの事情でこちらの事を知っている存在。他に地上送りにされた蓬莱人と接触しているか。
「はっきりしない妖怪ね」
「な!なぜ妖怪とわかった!私の隠蔽は完璧なはず…少なくとも結界はすり抜ける程度に騙せるのに」
芝居をしているかのような態度だった。まるでこちらの反応を楽しんでいるかのようだ。
「へー……随分とまあベラベラ喋るのね」
「ダメでしたか?警戒を解かせるにはその方が良いと判断したのですが」
「ダメとは言わないけど信用度マイナスよ」
「…ダイスロール判定。1D100成功値30ですか」
唐突に服の袖口からサイコロが出て来た。どうしてそれを知っているのかしら。
「なんで持ってるのよ。と言うか知ってるの?」
「何でもは知りません。知ってる事だけです」
「それは眼鏡かけてから言いなさいよ。じゃなくて知ってるじゃない!」
「それはそれ、これはこれです」
露骨にはぐらかしてくるせいで調子が狂うわね。
「と言うかさっきの…どこまで聞いてたの?」
「……御乱心しているところから」
「全部じゃない!」
全て忘れさせないと、私の威厳がなくなってしまう!
結局私が落ち着くまで十分間の記憶は無かった事になった。と言うか無かった事にしてもらった。
人払いを済ませた部屋は奇妙な静寂が支配していた。
「……まあ、さっきのことは置いといて自己紹介しましょうか」
さしあたり定型文として、彼女は切り出した。
「私はさとり。ただの妖怪です」
恐ろしくあっさりとした自己紹介だ。いや、私が貴族の対応で長ったらしい自己紹介に慣れてしまっていただけね。それにしてもさとりか。人間の名前にしては不自然ね。やはり妖怪の名前はよくわからないわ。
「……輝夜よ。呼び名は姫でもなんでもいいわ」
「それでは姫ということで…」
ええ……そっちで呼ぶの?
「それで?一介の妖怪が私の元に何用かしら?命を奪いに来た?それとも誘拐でもしに来た?」
「実は天狗からのお使いを任されていまして」
「天狗?それって妖怪の?」
あら意外。天狗は妖怪の中でもプライドが高くて傲慢だって聞いていたけど、他の妖怪を使いっ走りにするのね。天狗みたいな性格の人は大抵他人が信用できないから監視をつけるとかすると思うけどそう言うわけでもないみたいだし。さとりにとって大事なものでも質に取られているのかしら。
「左様でございます姫様。その天狗は月の技術を手にしたいと言う事で、月からやって来た貴女との交渉に参った次第でございます」
「古臭い言葉は要らないわ。フランクに話して」
何だかさとりふざけてないかしら?この様子だと天狗が何か脅してさとりを従わせていると言うわけではなさそうね。
「つまり天狗のお偉いさんが月の技術が欲しいからもらって来てと言うことです」
「オーケー、大体わかった」
とは言ってもそんな月の技術なんて持っていないわよ。地上に追放される時に持ち出せたものは無いし、そもそも私は箱入り娘であって技術屋でも何でも無いわ。
「と言うわけで残念だけれどアテは外れているわ。他の蓬莱人を尋ねなさい」
「そうでしたか、でしたら、二年後にくるであろう月の使者にも尋ねてみましょうか」
コイツ今なんて……まさか私の事を知っている?
「どうして月の使者が来る事を?」
「地上に落とされた月の民は大抵の場合不老不死の禁忌に手を出した者でしょう。ですが月の民です。地上での刑を終えればまた月に戻される」
気づけば冷や汗が出ていた。微笑を崩さないままのさとりが得体の知れない存在のように思えて来て仕方がない。だが焦るわけにはいかない。おそらく私の事情を知っているということは関係者か、あるいは心読術のようなものを使えるかの二択。
「どこまで知って……そもそも何故それを?」
「おや、私のことが知りたいですか?でもタダというわけにはいきませんね」
「そう、貴女自身の目的は?」
「一つは天狗に恩を売る事。もう一つは……いや、そうですね。ではこうしましょう」
「貴女が月に帰りたくないのであればそのお手伝いを致しましょう。月の使者に見つからない場所を提供いたします」
薄気味悪い微笑が、朗らかなものになった。先ほどまでのソレは演技?なら今話すものが本心?
「へえ、大きく出たわね。地上で月の民に見つからない場所ね……ならその褒美を用意しないといけないわね」
「褒美はもちろん先ほど言ったもので」
なるほど、確かに魅力的ね。でも確証はない。裏切るかも知れない。でも、彼女の話が本当だとしたらこの地上にいる限り、これほど好都合な提案はない。
そうね永琳が居てくれればもしさとりが裏切ったとしても対処はできる。なら、彼女の提案に乗るべきね。月の使者が使っているガラクタでも与えれば良いか。
「なら、その支払いは二年後でいいかしら?」
「構いません」
何だか私の考えも全て見透かされているような気がする。でも私だって地上で生きていきたいの。だから使えるのならとことん使ってやるわ。