さとりを一言で表すのなら不思議な少女だった。
少なくとも第1印象はそんな感じだった。
つかみどころがなくなにを考えてるのかわからない。その上部屋の中でもフード付きの外套という地上じゃ見ることが出来ないと思われた服装をしていた。
妖怪らしくなくて、妖怪と言われた後も、人間が妖力をまとった異質なものという感覚さえ感じる。
少なくとも敵ではないって事は確かよね。だってそんなんならもうとっくに私は捕まってるでしょうし。月の奴らがこんなまどろっこしいことなんてしないでしょうし。
信用はできないけど信頼はできるってとこかしらね。
そんなさとりは気がつけば私専属の女童になっていた。
「……」
「突っ込まないんですか?」
「別に、何の目的があるにせよ私は死なないから」
元々初めて顔を合わせたあの夜に、さとりは一度天狗に話をつけてくると言ってその場を去っていた。それから一ヶ月、何の音沙汰もないから二年後に来るのかと思ったらこれである。
ある日気づいたら私の専属の女童がさとりと入れ替わっていた。
そうして朝の支度を手伝いに来たわけだ。
「あの子はどうしたのかしら?」
まさか殺したんじゃないでしょうね?なんて言おうとしたらそれより早くさとりが口を開いた。
「居ますよ。私はあくまでも二人目の専属女童です」
部屋の襖が唐突に開き、朝食の膳を持った女童が入ってきた。
「姫様。朝食をお持ちしました」
食事を運び終えた女童は、軒下で鴉を相手に遊び出していた。無邪気に、でも動物を傷つけない遊び方にどこか可愛げがある。愛おしいと感じてしまうのは人の感情ゆえだろう。
「活発で良い子ですね」
「ええ、無邪気で可愛い子よ。本当に勿体無いくらい」
「自由にさせるべき……ですか。ですがこの世界で彼女を侍女から解放すればたちまち大人達の食い物にされて消え去るでしょう」
ナチュラルに心を読んでくるわね。
でも間違ってはいない。奴隷として農村に飛ばされて生涯をそこで畑仕事に従事して終わるなら人生勝ち組な方だ。下手をすればそれ以下の身に落ちるのがこの世界だ。
だとすれば籠の中の鳥というのは自由を代価に安全と安心を買っているわけだ。
「まあ良いわ、それで貴女は月の使者が来るまで女童になるつもりなの?」
そもそもどうしてさとりは女童になったのかしら。そう簡単になれるものではないのだけれど、でも彼女が何かをしたのは確かだろう。
この前会った時の少し見窄らしい格好からは一転して貴族の姿そのものだった。
「その方が何かと都合が良いでしょう」
「そうね、悪巧みをするにしてもこれなら都合がいいわ」
女童という立場は内緒事をするのにちょうど良い。考えてはいるのだろう。
「悪巧みと言いますが、結局は貴女が考えている事を手助けするだけですよ」
「あら、月の使者相手に戦うつもり?」
永琳がどれほど説得できてそれほど月の使者を減らせるかだけれど、彼女一人で全員を始末して逃亡するのは正直言って五分五分だ。
地上の私にはどうすることもできない。全ては彼女にかかっている。
「不意打ちなら私たちでもなんとかなります。問題はその後の逃亡ルートですよ。派手に欺瞞しないと月から丸見えになってしまいますから」
「よく知っているわね」
「色々と耳が良いので」
「全く、信用出来なくなるじゃないの」
「私としてはそれは困るのですが、天狗との約束も守れなくなってしまいそうですし」
「それじゃあ貴女も話してもらうわ。どうやって手伝ってくれるのかしら」
「ええ、先ずですね……」
さとりの口から語られたのはなかなかどうして派手なものだった。
人と妖怪と月の民。それらが入り混じることになるまさしく混沌だ。
「貴女一人でその舞台を用意するつもり?」
「ええ、幸い貴女は絶世の美女です。人にも妖怪にもファンは多いんですよ」
あら、妖怪にも有名になっていたの?それは困ったわね。妖怪を好きになる趣味はあんまり持ち合わせていないのよ。
「どっちも厄介ね。特に妖怪はね」
「否定はいたしません。妖怪とはそういう存在なのですから」
鴉と遊んでいた女童が帰ってきた。
どうやら蕗の薹を見つけたらしい。大事な食材だとそれらを収穫するのだという。
その姿を見ていたらさとりはいつのまにか姿を消していた。なんだか彼女は自由気ままね。
私にとって輝夜の手伝いというのは必要なことではない。
だけれど飯綱丸さんの思惑に加担している身としてはこのまま放っておくわけにも行かなかった。
そしてそのためには私の手元にかなりの手札が必要になる。少なくともルーミアだけでは足りない。
あと二年のうちにそれらを揃えないといけないわけだ。実際月の使者がどれくらいの規模なのか、そして永琳さんがどれほど強いのか。未確定要素が強いうちは原作の流れになるのかわからない。だから私はその手伝いをするのだ。
先ず人間を利用する。
第一に目をつけたのは五人の皇子。
石作皇子、庫持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麿足。
全員貴族だけど輝夜の無理難題で全員酷い目に遭わされている。改めて思うと輝夜も性格悪いな。
かぐや姫を守ろうと思ってくれるかどうか怪しい。大納言に関しては悪党だなんだと愛想が尽きてしまっているし、中納言はまさかの死んでしまっている。
やっぱり輝夜は性格悪いのでは?しかも中納言の見舞いに送った和歌もまあまあ……酷い。
味方になってくれそうなのは三人だけか。
そして1番頼りになりそうな御門は無理だ。ただの貴族とは訳が違う。
三人のなかで最も可能性がありそうなのは庫持皇子くらいだった。
先ずは彼を当たってみますか。
「それでどうしてあたいまで連れてきたんだい?」
腕の中で抱き抱えた猫又が私を睨んでいた。
昼寝の邪魔をいてしまったのが相当不服だったのだろう。
「貴族の子供っぽい格好になって屋敷を訪ねてみたのですが入れてもらえなかったので、皇子の子供が猫好きだったので上手くいけばそこから懐柔できるかと」
そう、庫持皇子は輝夜に与えられた無理難題で酷い目に遭ったばかりだった。
洗脳するにしても私が洗脳できるのはせいぜい数人。辻褄合わせのために何人も洗脳していったらキリがない。大体輝夜のところに取り入るのでもう精一杯だったのだ。これ以上の疲労は無理だ。
だから先にその彼の一人娘に取り入って関係を築いていこうという訳だった。
「理屈はわかるけどあたいは感心しないなあ……」
まあ、良いでしょう。
娘と言ってももう年齢は14歳過ぎだ。婚約も決まるか決まらないかくらいのはずだ。
塀を飛び越えて屋敷の庭に入り込めば、なるほど、平安時代の初期の初期。まだ奈良時代の様式が色濃く残っている建物と庭だ。
いや詳しくは奈良時代も平安時代も建物構造は変わらないのだが、変化を嫌う貴族と言いますか少し古臭い感じがする。
「おや、どこから迷い込んだのかしら?」
ちょうどよく目標にしていた娘が廊下を歩いていた。
彼女が身長が高いのもあるけど縁側の床の上にいるせいか随分と見上げることになってしまう。それだけでも女性なのに威圧感がすごい。さすが将来的に妹紅と呼ばれるだけありますね。
「少し外れのところにある屋敷のものです。猫を追いかけてたら迷い込んでしまいまして」
「それは大変だったね。せっかくだし私の話し相手になってくれないかな?その猫も一緒にさ」
うわあ、すごくかっこいい。爽やかなイケメンだ。でも女性なんですよねこれって、結構女性からの人気高いんじゃないんですか?さすが妹紅さん。恐ろしい女たらしだ。
そして、私の読み通りになった。お転婆とは言わないけれど彼女もまた外の世界やいろんなことに興味がある自由人気質な方だ。輝夜と本質的には似たもの同士というわけだろう。
まあ、だからこそ彼女はあの八ヶ岳の神に魅入られてしまうのでしょうね。
「おや、妹紅。その童はどうしたのだい?」
そう思っていたら庫持皇子の登場だ。
「お父様実は庭に迷い込んでいまして」
「そうか、どこの童だい?」
「私は……」