私にとって輝夜という少女は無邪気かつお転婆なお姫様でしか無い。
それは知識として知っているからではなく、彼女を直に見てきた印象だ。
そして月の民である事を好まず地上を見てみたいと思いながらも、最も月の民の性格を反映している。
一年という月日の中で彼女は他者を観察対象としてみていた。それは私とて例外では無い。故に彼女は他者を、月の民以外を信用していない。
今の彼女にとって女童くらいだろうか。心の底から信頼しているのは。
そんな彼女でも流石に月からの使者が来る時が近づいてくると不安を隠せなくなっていた。
一日中部屋を歩き回ったり、御門が訪ねてきても追い払おうとも鬱陶しそうにもせず考え事をしている。
なお、庫持皇子の件はだいぶ穏便に済ませてもらった。
皇子と接触するのが輝夜へ土産の品を渡す前でよかった。まあ竹取物語でもこの皇子だけが後一歩で輝夜をその手中に収められるというところまで行っていたから五人の皇子の中ではかなり有能なのだろう。
実際品を持ってきた彼のところに品を作った職人たちを差し向けたのは私だ。
流石に職人たちには可哀想なことをしたとは思う。だけどここで庫持皇子の元に嫁いでしまうと御門が輝夜に興味を持たず、月の使者を迎え撃つ為の戦力が減ってしまうかもしれなかった。御門が輝夜に興味を持つまではまだ高嶺の花であり続ける必要があった。
しかし、庫持皇子の威厳を失墜させて輝夜に恨みを持たれてはたまったものではないから輝夜側で精一杯のフォローをしてもらうことにした。
だから庫持皇子の悪い噂は立っていなかった。その代わり妹紅は恐ろしいほど輝夜を恨んでいるようですがね。まあそれはこの時代の貴族の価値観なので否定できるものではない。実際輝夜の翁より庫持皇子の方が冠位が高いのだ。
「ねえねえ、お姉ちゃん!輝夜様にこれを持って行ったら喜んでくれるかな?最近元気なさそうだったし」
庭で何かを探していた女童が小さな籔に木苺をたくさん載せて戻ってきた。女童として輝夜のところに出入りするようになってから、元からいた女童に不定期にくる年上の女童と認識されるようになっていた。それはそれで悪くはない。けれどあまり情が移っても困るというのが心情だった。
「多分喜ばれると思うわよ」
でも無下に出来ない。
そうしているうちに1年経ってしまったのだが。
あと一ヶ月ほどで月の迎えが来てしまうわけだ。
そう思っていると、輝夜に声をかけられた。部屋に入ると、いつにもなく真剣な表情の輝夜がいた。
「一応確認だけど、貴女は月の道具の取得と引き換えに私を助けてくれるのよね?」
「ええ、そのつもりです」
「そう、昨日の事だけど月にいる協力者から連絡が来たわ」
そう言って輝夜が懐から出してきたのは小さなカプセルのような球体だった。
プラスチックのような、鉄のような不思議な光沢をしていた。
その表面に小さな文字のようなものがいくつも刻まれていた。その球体を蝋燭の灯りに翳すと球体自体が半透明になり灯りを投下して畳に表面に刻まれた文字を浮かび上がらせた。
日本語ではない、地上のどの言語とも合致しないような文字だった。
「なんて書いてあるんですか?」
「月からの遣いに無事選ばれた。ただし精鋭が多いから簡単にはいかないかもしれない」
「ええ……輝夜から見ての勝算は?」
「2割くらいね」
「低いですね」
「でもそれはあくまでも手助けなしの場合よ。貴女が手を貸してくれたら勝率は上がるわ」
「あくまで可能性の一つにしてくださいね。下手に期待されても困ります」
取らぬ狸の皮算用。そもそも輝夜の目論見もおそらく看破されているでしょうね。
相手だって莫迦ではないのだからお転婆娘の考えることなどある程度わかるだろう。
だから精鋭を送り込んでくるのだ。永琳さんだけで不意打ちで遣いを全滅させるには少し厳しいかしら。
まあ、だからこその私達なのですけれどね。
「言っておくけど、私だって剣術は出来る方よ。いざとなったら自分の道は自分で切り開くわ」
そう言って剣を構えるポーズを彼女は取っていた。
へえ、そうなんですか。あれ、でもその持ち方…剣術にしては持ち方とかが不自然だ。
「近接戦闘…どっちかっていうと軍隊に近くないですかそれ」
体を構えた刀の軸線に入れるような足腰の運び方。そして刀の持ち方……剣術というよりフェンシング?いえ、完全に総合近接戦闘術に似ている。
柳さんのような白狼天狗と同じだ。
「ああ、分かるのね。そうよ、月にいた頃仕込まれたの」
それなら刀をそのようにして構えるのも納得です。
それにしても輝夜でさえここまで綺麗に出来るのだ。もし相手が正規兵であれば確かに簡単にはいかないかもしれない。永琳さんが居るとはいえ彼女は本来は弓兵のようですし。
「でもなんとかしてくれるのでしょう?」
「ええ、そうしないと大天狗にお仕置きされそうですから」
「不思議なことを言うのね」
兎も角、私は準備を進めるだけです。
ですが、このままだと人間だけじゃ足りないかもしれないですね。
だとすると、あまりやりたくはないですけれど……
輝夜との話もそこそこに、女童とバトンタッチするように部屋を後にする。
もう少し手札が欲しいですね。できれば妖怪の。
そういえば元々飯綱丸さんが月の技術に目をつけたきっかけを作った人が居るはず。
どうせ見ているのでしょうね。
接触してくるのでしょうか?
でもそう言う考えを持つと、どう言うわけか相手は向こうからやってくる。まるで向こうも心が読めるみたいだ。
屋敷を後にしてルーミア達が寝床にしている廃屋に入ると。来客がいた。ルーミアも猫又も姿は見られない。
どこに消えたのやらだ。いや人払いしているだけか。
「貴女があの月の者に取り入っている妖怪であっているかしら?」
人が住めるくらいには修復した居間で座っていたのは、中華風の服装に身を包んだ隙間の妖怪。八雲 紫が微笑んでいた。
「ええまあ、人の家に勝手に入るのはどうかと思いますよ。ぬらりひょんじゃないんですから。隙間妖怪さん」
「あら、知っているのね」
心を読めないようにしているのに、とでも言いたげな顔ですね。
確かにサードアイには何も映らない。どうやら境界認知を弄って心を読めないようにしているようですね。
「数日前から奇妙な視線を感じていましたので」
実際に視線を感じていたのは事実だしなんとなく異界から見ているような気配が付き纏っていた。ですけどもう少し早くアプローチしてくると思いましたよ。
「そう、それなら私がここに来た理由も分かるわよね」
鎌をかけているのでしょうか。
「月にでも行きたいのですか?」
表情は何一つ変えていないけれど、それでも彼女の視線が動いた。
「そこまで気づいているのね」
「大天狗を唆す理由を考えた場合、月の民への興味を妖怪全体に持たせたいからくらいしか分かりませんでした」
「そんなに分かりやすかったかしら?」
「意外とわかるものですよ」
少しだけ沈黙の時間が続いたと思ったら、雰囲気が和らいだ。
どうやら向こうは遊びだったようだ。
「辞めたわ。貴女相手に心理戦なんてしても面白くないわね。改めて、八雲紫よ。よろしく」
「さとりです。お気づきでしょうけれど覚妖怪です」
「知っているわ。心を読めないようにしていたでしょう」
それが答えとでも言いたいかのように、彼女は手元に隙間を開いて中から扇子を取り出した。器用な四次元ポケットだこと。
「心を読まなくても考えていることくらいは分かりますよ」
「あらそう。じゃあ私がここに来た要件も分かるかしら?」
「蓬莱人に取り入っているから彼女から月についての情報を聞き出して欲しい……くらいですかね?」
あ、でももう少し正確に言うなら月への侵攻……いやそこまでは言わなくていいか。
「……おおむね当たりよ」
ふむ、私としては別に輝夜に内緒にしてくれと言われているわけではない。結構輝夜も軽く月での話はしていたから秘密にするものではないのだろう。
だとするとちょうどいいかもしれない。
「では交換条件です」
「近くの妖怪達に噂を流してください。一ヶ月後の満月の夜に月の使者がやってきますから、彼らを食いたいならその時ですよと」