幼い射命丸を天狗の里に送り届けると、柳さんが彼女を預かりにやってきた。
意外なことに射命丸は現在、柳さんが普段の面倒を見ているのだと言う。
親はどうやら射命丸を出産してすぐの頃に死んだらしい。天狗にもいろいろあるようで、孤児は大抵の場合は白狼天狗が大人になるまで交代だったり共同で面倒を見るのだとか。
「柳さんそう言うこと全然言わないじゃないですか」
意外にも柳さんはプライベートを隠すのが上手い。私が心をのぞかないと言うのもあるけれど、稽古をつけてもらっているはずのこいしだって柳さんの身の上は知らないらしい。
「そうは言っても聞かれたことないしな。さとり達の前では考えたこともないし」
なるほど、柳さんは意外と覚妖怪への対処がうまい。敵対すると強敵になること間違いなしですね。ちょっと怖く感じる。
「言ってくれればこいしの稽古ももうちょっと調整したんですよ」
「それは気にしなくていい。何も私一人で面倒を見ているわけではないからな」
そう言う柳さんの腰に射命丸は抱きついていた。柳さんが私と話すことに妬いているようだった。
「その割に随分と懐いていますね」
「なんでだろうな?」
「子供は人の本質を見透かしてきますからね。柳さんが優しい人だって分かっているんでしょう」
「照れるじゃないか。ところで、射命丸を襲っていた陰陽師の件だが……」
柳さんの雰囲気が変わった。同時にそれを察したのか射命丸も柳さんから離れた。今回の件がただの陰陽師の襲撃というわけではないというのはなんとなく分かっているのだろう。
「その事ですけど、私からも少し話があります」
「……場所を変えよう。飯綱丸様は呼ぶか?」
今忙しいようですからやめておきましょうか。少なくとも柳さんは呼ばないほうがいいと思っているようですし。
「……お忙しいようですからやめておきましょう。急を要するわけでもないですし」
「分かった。射命丸は先に家に帰っていてくれ」
「分かりました」
「良いんですか?一人で帰らせて」
天狗の里を一人歩き出した射命丸を目で追いながら、私は尋ねた。
一応さっきまで襲われていたんですけど……
「心配ないさ。家には娘もいるからな」
「ほんと初耳情報ばかりで驚かされますよ」
娘いたんですね。よくここまで私に隠し通してきましたね。まあ私は意図的に読まないようにしていたと言うのもあるのですが……
「心を読めるさとりでも驚くのだな」
何かが可笑しかったのか柳さんはくすくす笑っていた。
「ええまあ、というか……随分とよく隠し通しますね」
「覚妖怪の相手は得意だからな」
柳さんには勝てませんね。
「なるほど……では少し散歩しながら話しましょうか」
山を流れる川は急流で天気が崩れるとすぐに荒ぶる。
そんな場所だから地形としても少し険しく小さな崖のようなものが連続して続いている場所が多かった。
そういう場所は動物や妖怪はあまり近づかないし川を根城にする河童も、疲れるからかなかなか姿を表さない。
それ故に天狗が内緒話しをするのには格好の場所だった。
それに川の音が多少の声量ならかき消してくれる。
ちょうど良い場所にある岩のところで腰を下ろして、私は柳さんに人間の里で何か怪しい事が起こっているのではないかと言う事を話した。
「なるほどな、人間側がこちらを敵視し始めた可能性があると」
あくまでも仮定の話ではあるが人間側で何かが行われているというのは確からしい。最もそれを知っていたであろう陰陽師は私が廃人にしちゃったので記憶を読み取ることができそうにない。これは純粋に痛手でした。というか人間の心が案外脆いのを忘れていた。
「掟で不可侵を結んではいますが、人間側からすれば弱者と強者の関係ですからね。自ずと不満は出るでしょうけど」
「こちらとしてはそれなりに人間側への協力もしているのだがな……」
そうは言っても天狗だって人を攫う時もあるし襲う時もある。気分次第でどうにでも出来るという傲慢さが人間を怒らせたのかもしれません。
しかしそれを言い出してしまうと人間と妖怪の共存という土台が崩れてしまう。それだけは防がないといけない。いずれ人間は妖怪を超越する力を持つ事になる。その時に生き残るためにも……
しかし私も人間の里をある程度監視していたしそのような兆候は最近まで見られなかった。
だとすると考えられるのは外部からの陽動。
「彼方はそう思っていないのかもしれません。それに、もしかしたら私達と人間を分断させて共倒れを狙っている存在がいるかもしれませんよ」
「少なくともさとりが倒した陰陽師は里の人間じゃないんだったな」
「もしかしたら里が雇った用心棒だったのかもしれません。いずれにしても調査が必要です」
事が大きくなれば、待っているのは絶滅戦争。それは困る。私の平穏のためにも。最悪旧地獄に逃げ込めば良いかもしれませんけれど旧地獄とのコネなんて持っていない。
あまり私が動くのは良くないのですが、やむ終えません。
「さとりがやるのか?」
「そういうのをさせるために私を手元に置いているのでしょう?」
普段なら飯綱丸さんとか柳さんからお願いされて動くことが殆どだからか私から動くというのが柳さんには新鮮に映ったのだろう。
「そうだったな。頼めるか?」
「ええ、私としても妖怪の山は気に入っているので」
これは私の紛れもない本心だった。それに、放っておくには山のみんなに情が移りすぎてしまっている。
「そうか、なら……さとりに渡したいものがある。少し待っていてくれ」
柳さんはそう言って立ち上がった。
そのまま足に力も入れずに空に飛び上がった。白狼天狗と言えどさすが天狗。速さは並の妖怪を寄せ付けない。
五分と経たないうちに柳さんは戻ってきた。その手には風呂敷に包まれた小さな箱が握られていた。
「これを持って行け」
「これは……」
風呂敷に包まれていたのは、小刀だった。長さは40センチ程度。装飾は施されておらず木目が丸出しの木の縁は防水、防腐用に漆が塗られているだけのシンプルな見た目だ。だけど木製の縁の部分には小さなボタンのような丸い突起があった。
「月の道具を元に河童が作ったもので普通の刀より数倍良く斬れる。小刀だから私には少し使いづらくてね、持て余していたんだ」
少しだけ刃を出してみると、鈍い光沢を放つ研ぎ澄まされた刃が現れた。
少しだけ金色になっているのは材料が鋼以外にも混ざっているからだろう。それが何かはわからないけれど、月の技術をリバースエンジニアリングしているのならこの時代では相当なオーパーツだ。おそらく縁の中にからくり仕掛けの装置が組み込まれているのだろう。
「ありがたく使わせていただきます。とは言いましても刀の心得はありませんよ?」
武器を使った事がないわけではないけれど、あまり好んで使うことはなかった。
「さとりなら大丈夫だろう」
あっけらかんと言い放つ柳さん。同意あてそう思えるのか不思議だった。
「その信頼はどこから出てきているんですか。大体、私はそこまで戦いが得意じゃないんですよ」
そもそも私は戦いより頭脳を使ってこう……解決するのが好きなんですけど。車椅子探偵とか安楽椅子探偵とか。前世でも良く推理ものを読んでいましたし。
でもそう言う謎を解くようなシチュエーションは中々ありませんね。第一覚妖怪に隠し事は通用しませんし。
「鬼と正面切って戦える奴が苦手なわけないだろう」
まあ、人里ですし騒ぎを起こすわけにも行きませんからこれは保険とでも考えておきましょう。願わくば人に使うことがありませんように。