人里はいつ来てもあまり変わり映えはしない。
前に来たのは四年くらい前だったか。確かにその程度の時間差では変化はないだろう。
流石にイメージにあるような江戸っぽい街並みはない。そこにあるのは古い集落。というか半分くらい竪穴式住居である。まあそれもそうか。なんだかんだ竪穴式住居は室町時代までは割と普通だったようだし江戸時代の頃まで現役だったというし。
それでも穀物庫や一部の家はしっかり木で床が出来ている建物があった。多分地主とかそういう類の、里の権力者の家だろう。
そんな光景を見ながら、人間が踏み平しただけの道を歩いていく。
「ここが人里かあ……」
いつものように外套を羽織り、程よく人に紛れ込んでいる私の隣で、同じように人に化けているこいしが感嘆の声を漏らした。
この時代にしては大層立派な里だ。いや、里というにはかなり大きい。街のようなところだ。
それでもこいしにとっては、規模は小さいかもしれないか彼女は元々京の住人だから。
「貴女は一応京の人間だったでしょ」
「でも生まれてこの方屋敷で女童だったよ」
それもそうか。女童は生まれた時からその生涯が決まると言って良い貴族社会の影響をモロに受ける。
下手をすれば一生を屋敷で姫君の世話をして生きていく事になることもあるのだ。あまり外に出たことはなかったのだろう。
「そうだったわね。新鮮?」
「うん!」
満面の笑顔が眩しかった。どうして、私だけでなくこいしが人里に一緒にいるのかと言えば話せば長くなる。
こいしがついていきたいと言い出したからです。
一行で終わってしまいました。
もう少し詳しくいえば、結局は私が断りきれなかったからだった。
人里に行く事情が事情なので猫又とこいしにも理由を話したのだけれど、私の話を聞いてこいしは第一声にこう言った。
「私も行きたい!」
話を聞いていたのか悩ましいけれど、彼女は本気だった。真剣な目で私を見つめていた。
「え……遊びじゃないのだけど」
「わかってるよ!」
結局こいしに押し切られた私は彼女も連れていく事にした。
「良いわ」
「さとり⁈良いのかい?」
猫又だけは心配していた。まあそれはそうかもしれない。私や猫又からしたらこいしは生まれたばかりの妖怪に違いない。
人間換算で言えば結構経っているのだけれど、それは人間と妖怪の時間感覚の差だろう。
「過保護すぎても良くないもの」
「ああ、頭ポップコーン」
「失礼ね。空っぽじゃないわ」
「こいしが絡むとさとりの知能は低下するし仕方がないか」
そういうやりとりがあったけれど、私も猫又もこいしを信じていないわけじゃなかった。
それに世界を知るためにも先ずは人里を見せたいと言う気持ちもあった。目の前の光景が新鮮に映っているのかこいしは終始目を輝かせていた。それでも道ゆく人たちがあまり気にしていないのはこいしの潜在能力があってのこと。こいしは印象に残りづらい。いわゆる影が薄いと言うものです。妖怪になった時に少しばかりその本質が強化されてしまったのかもしれません。いずれにしても目立たないと言うのはメリットの方が今は大きかった。
「あまりはしゃぎすぎないでね」
「わかってるよ姉ちゃん」
本来の目的を忘れているのか、軒先で売られている鮎の開きを見て食べたそうにしているこいしを引き連れて一度人気の少ない路地に入った。
「それじゃあ、先ずは何をするのお姉ちゃん」
すっかり探偵気分である。でも間違ってはいない。そもそも私……と言うより私達の種族はこう言う隠し事を暴くのが専業と言って良い。
「聞き込み…と言いたいところですが、私たちには幸いにも
服からこっそりと出したサードアイ。その瞳は心を見透かそうと周囲を見渡して、見透かす相手がいないとわかってつまらなさそうに半目になった。
「それが一番早いけど……まさか里の人間全員にするの?」
「いえ、流石に疲れるからそんなことはしませんよ」
大体今回の件も里の様子をみると普通の人は詳しくは知らないようですし。
「先ずは里の防衛を担っているところから行きましょう」
「それって見回り組?」
この人里には自警団が存在する。と言ってもその規模は決して大きいわけではない。それに常にその仕事をしている人は意外と少ない。殆どは持ち回りで里の人間でニ、三年ごとにうまく回しているのだ。
後は身寄りのない者とか罪人とかも奉仕の一環として参加していたりする。
「ええ、里の入り口で見張りをしていたり里の中での治安維持や妖怪を追い払ったりするのが彼らの仕事ですから。妖怪に最も関わっていると言えますからね」
自警団で長をしているのは地主の息子だった。
畑仕事に精を出す普通の青年だったのが、去年から自警団の長をやる事になったのだと言う。至って普通。外見だけを見ればそうなる。でもその内心は、随分と妖怪に対する憎悪を募らせていた。
地主の屋敷故に彼にも立派な個室が与えられていた。
その個室で一人お休みになっているところをこいしが捕らえて、音を立てられないように拘束していた。
流石に最初は抵抗しようとしていたみたいですけど妖怪が相手だと分かってからは恐怖で怯えてしまっていますね。でもそのくらいの方が心が読みやすい。
早速彼の前に出てサードアイで全てを見透かしていきます。
「なるほど、陰陽師を雇ったのは貴方の判断でしたか」
あの陰陽師は貴方が雇ったと。雇ったと言うより招き入れたの方が近いですね。それも先陣ですか。つまり強行偵察の類ですね。
心を見透かされているのに気づいて罵倒を言おうとしましたけどこいしが口元を布で押さえつけているからか声は漏れてこない。
「喋らなくて結構。ふうん……妖怪を打倒できる力があると」
「そんな事できるの?」
こいしの疑問も最もです。陰陽師の力とか対抗策を持っていれば妖怪を祓う事は可能です。でも圧倒するのは難しい。妖怪は人間の心の闇から生まれる存在ですし。
「あくまでも彼は口車に乗っただけのようですね」
それを言ったのは……見えてきませんね。本当に貴方を唆した存在はそんな力持っているのかしら。
「でも、だからこそ貴方は京から陰陽師を呼べたと……」
「うーん、ってことは唆したのは京に影響力があるの?」
そのようだけど、せめてなんて名乗っていたかくらいは教えて欲しいものです。ふむ、ふうん……
「道満?」
「誰それ?」
こいしは知らないのね。結構後世でも有名な陰陽師よ。殆ど創作のようなものだけれど。
「京の陰陽師です。ですが……権力にしか興味なさそうな人物がわざわざこんな田舎も田舎なところに?胡散臭いですね。道満を騙っているだけでは?」
ただ、実際の道満もその詳細はわからない。名前だって歴史の中では少ししか出てきていないよく分からない人物です。もしかしたらこの男に接触してきたのは本物の道満かもしれないしあるいは名前が同じだけの別人なのかも。
「ふうん……知り合いなんだ」
「知り合いではないですけど……ん?大軍を連れてくる約束?」
京から陰陽師の中でも妖怪退治を生業にする人達を集めて送る……へえ?それはまた壮大ですね。
妖怪大戦争でもする気かしら?
「陰陽師の?大軍…」
「それにしては何かおかしくないですか?」
そもそも京の陰陽師は政治中枢の一角を担う存在。それが田舎に大挙してくるなんてあり得る話ではない。
記憶を除いてもこの男にそれを言った人物の姿が特定できない。不自然に記憶が曖昧。いや、元々不定形の相手だったのでしょうか?
「まあ、必要な情報は取れました。では……最後に仕上げといきましょう」
男の瞳を覗き込んで、視線を固定させます。私だけを見つめさせる。瞳の奥に何が見えているでしょうね?ええ…そうです。考えなさい。
そして、貴方は今ここであったこと一切合切を忘れる。
男の意識が暗転した。