人里の中でも人気があまりない穀物倉庫の側。こいしと私はそこでこっそり情報を整理していました。
灯りはもちろんつけていない。倉庫の影にいるから月明かりで見つかると言うこともほとんどない。
とりあえず情報を聞き出すことはできました。
しかし肝心の仕掛け人が分かりませんね。おそらく人里にはいないのではないでしょうか。ですがそれだとこちらの動きをすぐに知ることができない。人里を拠点にしようとしておいてそこがすでに敵の手の内にありますなんて事態になっているとか、そう言う可能性を向こうは考えるはずです。
だとしたらなるべくそう言うのがわかるところで情報を収集するのが定石なのですがこの時代でそれをするなら人里には潜り込んでいたほうが良いのも確かなんですよね。あるいは連絡要員を待機させておくとか。
そう言う場合必ずその連絡要員は事情を知っている。
「こうなったら、余所者を全員捕まえてみる?」
どう見てもほとんど関係ない人でしょ。
「騒ぎが大きくなります。それに妖怪退治を専業としている相手です。迂闊に近づけば返り討ちに遭います」
それによそ者と言っても大抵は流れてきた身寄りのない人と京とか他の街へ荷物を運ぶ行商人か、お役人。このうち後者の二つは騒ぎを起こすと非常にまずい。下手に手を出すと本当に京から陰陽師がやって来てしまう。
妖怪は圧倒的な力を持っていると思いがちですけど、対策次第でどうにでもなってしまう。私で言えば意識外からの攻撃はどのようなものでも致命打になります。それに妖怪だけを通さない結界だって作れます。その最たる例が陰陽道です。
「それにこの里は交通の要衝ですからね」
特に東北方面と京のある西を結ぶ街道の一つが里を通っています。
だから里と言いつつ規模が大きかったりするわけだ。
人の流動性を考えると見つけ出すのは少し時間が必要です。
「んー、確かにそれもそうかな。でも見つける算段はあるんじゃないの?」
「兎も角、連絡員は人じゃない可能性が高いですね。多分式神か、あるいは妖怪か」
だとしたら見つけるのは容易い。私達みたいに妖力を完全に遮断して人に紛れ込むことができる相手じゃなければ。ただ、誰かと話したりする際に認識を弄っているようですからその線は薄いでしょうけどね。
「妖怪にしては回りくどくない?」
「直接山を乗っ取ったり支配できるほどの力がないと言うのであればこうして知略を巡らせると言うのもありますよ」
当然、そう言うタイプの妖怪なら京で一定の地位を築いているでしょうけど。
だとすると山を手に入れる意味が薄い。まあ……京を追われた際の拠点とかそう言う理由なら分かりますけど。
「なら私怨とか?」
「正直、私怨くらいしか出て来ないですよね」
「動機は本人に聞くしか無いよね」
そう言うわけで日が登ってから里に繰り出して怪しい人がいないかどうか探してみるのですが、なかなか妖力や霊力を撒き散らしているような方はいらっしゃいませんね。
里にいないだけなのか隠れているのか。
闇雲に歩いていても埒があきません。
「後手に回っちゃってるねえ」
こいしは呑気ね。
「まあ、こうなったら最終手段でこっちから仕掛ける?曲がりなりにも陰陽師を騙っているんだったら騒ぎがあれば嫌でも出てくるだろうし」
「本末転倒。相手に利を与えるだけです」
「ですが……発想は悪くありません」
地主の息子を利用しましょう。現状彼だけが里における窓口になっているようですからね。
自警団の団長を任されている男はここ数日に立て続けに起こっている妖怪による神隠し、畑への襲撃に頭を悩ませていた。
どう言うわけか彼が京からきたという陰陽師の言う通りに妖怪撲滅を心に決めたタイミングでの出来事だった。
まさか妖怪側にこちら側から大規模な討伐をしようなんて動きがバレたなどと考えつくはずもなかった彼は、陰陽師が妖怪側の内情を探る時に何かしでかしたのでは無いかと疑うようになっていた。
昨日の夜に何かがあったような気がするがその記憶を彼は持っていなかった。
そう言うわけでその日の夜、彼は京から来た陰陽師を家に呼びつけた。
部屋で待っていると音もなく現れた陰陽師は、男の前に体操不思議そうな顔をして座った。
「お待ちしていました。陰陽師様」
「良い。しかし急に呼びつけるなどどうしたのだ?緊急の時以外呼び出すなと申し上げたはずだが」
訝しむ陰陽師に対し男は、陰陽師が何かしでかしたわけでは無いのかと思ったが、いずれにしてもこのままではいけないと思い討伐を早められないかを問うつもりだった。
彼は彼なりに里のことを考えていた。
「近頃妖怪による里への襲撃が相次いでいます。今日もその苦情を……」
「待て、言っている意味がわからないぞ。貴方様は体調不良で今日は休まれていたはずでは」
今日一日中会っていないはずの陰陽師がどうしてそれを知っているのか。男にはわからなかった。しかし本気で不思議そうに思っている陰陽師を見て、自分の記憶をたぐっていく。
いや確かに今日一日普通に過ごして、そこまで考えたところで、どう言うわけか記憶が曖昧になっていることに気がついた。
ガサガサと庭の方から音がしたのはその時だった。
「意外と簡単でしたね」
「最初からこうすれば良かったんじゃない?」
「思いつかなかったのだから仕方がないでしょう。ですが、連絡役は見つかりましたね」
暗闇の中から聞こえる少女の声。しかしそれが人のものではないと言うのはすぐにわかった。わかったところで男にはどうすることもできなかった。
立ちあがろうとした男の視界が歪み、声を上げることもできずに男の意識は眠りに落ちていった。
「これは!」
立ち上がった陰陽師は罰が悪そうな顔をしていた。同時に認識を阻害しようとしているのか、妖力を纏い出した。なるほど私たちと同じで妖力を隠してしまうこともできる相手でしたか。なるほど厄介です。
しかし、偽の記憶を植え付ける作戦はうまく行った。私だけじゃ難しかったですがこいしも手伝ってくれて中々良い罠に仕上がりましたね。
サードアイは最初から見せたまま。フードもつけていない。こいしも同じでサードアイは露出したまま、思考を読み取り続けている。
「ねえ、あれの正体ってなんなの?」
「さあ、私は妖怪に詳しいわけじゃないから」
でも正体を分からなくさせるのは妖怪にとっての常套手段なのは間違いない。ですが大抵の場合は姿が見えればわかるものです。
それが分からないとなると正体不明の妖怪……あるいは変幻自在な存在。
「そう言うのは京にいたこいしが詳しいんじゃないかしら?」
「んー、候補はあるんだけど確証はないかなあ……」
そう言いつつこいしは首を傾げながら何かを思い出そうとしていた。
「私もなんとなく、原作知識と言うべきものがあるせいか正体は絞り込めている。しかし性格的にこんなことする相手でしょうか?まあ……何百年も時間があったら性格も変わるものと思えばそんな不思議なことではないかな。
そう思っているとすでに陰陽師の姿は不定形の姿に変化していた。妖怪なのか、それすら分からなくなる。でもサードアイはしっかりとそれの心を捉え続けている。
心自体も不定形で分かりづらくしているようですが、表層的な思考だけなら集中しなくても読み取れる。逃げ出そうとしていますね。
「逃しませんよ。山の妖怪としてあなたのしていることは秩序の破壊を意味します」
さて、正体を暴かせていただきますよ。