天魔って言う天狗達の族長をしている天狗は動き一つとっても桁外れた能力を持っていた。
でも、そんな天魔も自由に戦えているわけじゃなかった。悪霊が取り憑いているせいか苦しそうだった。
天魔が押されている。その光景は天狗の士気を落とすのには十分だった。
助けに行きたかったけど私だけじゃどうしようもない。そんな重圧と諦めを与えるくらいの戦いだった。
やがて押された天魔にお札が貼り付けられた。動きが完全に封じられた。
殺られる。
私を含めて誰もがそう思った。
でも天魔さんの前に影が割り込んだ。
目がいくつもある空間の裂け目の向こうから、お姉ちゃんの姿が場違いなほどひょっこり現れた。
結界を展開していた陰陽師も流石に自分の自我への攻撃は想定していなかったのか比較的あっさり倒せた。
悪霊のように精神や自我を直接攻撃してくる相手への対処はやはり簡単なものではないのだろう。
それよりも、結界の外に放り出した柳さんの様子が心配だった。
術者を倒したことで結界が解かれ外の様子が明らかになると、柳さんと射命丸の姿も見えるようになった。
すぐに駆けていくけれど、漂う血の匂いが一段と濃くなるだけだった。
「柳さん!」
だけどもう遅かった。
サードアイも何も映さない。そこにあったのは物言わぬ、柳さんだったものだ。
ただ、射命丸の叫び声だけが森に反響していた。
「射命丸さん……御免なさい」
誰かを亡くした経験は沢山していた。だけれど、慣れることはない。
ぽっかりと空いた喪失感。絡まった糸のようなこんがらがった感情が込み上げてくる。
だけど、私は嘆いている暇はなかった。
まだ戦いは終わっていない。
「射命丸さん、ここにいても危険です。すぐに避難しますよ」
それでも、彼女は柳さんのカメラを持ったまま動こうとはしなかった。
でもここに置いていって彼女まで死なれたら、柳さんのやてきたことが無駄になってしまう。
強引に引き離して射命丸を担ぎ上げ天狗の里に向けて飛びだした。
そんな天狗の里も、激しい戦いが行われていたようでいくつかの建物が燃え上がっていた。
森林火災にならないように消化活動が続けられている。
そこにも悪霊や式神、はたまた陰陽師が襲いかかっていた。
だけど一方的にやられているわけじゃない。混乱から立ち直りつつあるのか反撃が至る所で行われていた。
中には河童が用意したのか巨大なバルカン砲が悪霊や陰陽師の式神を粉砕していた。
射命丸をどうにか安全そうなところに下ろし、どうにか戦闘に復帰しようとするも、急に背後から声をかけられた。
「さとり、こっちよ」
「紫さん⁈」
空中に生まれた隙間から片手がヒラヒラと手招きをしていた。
「手が離せないから手短に話すわ」
その手がまた別の隙間を開いた。
その隙間の先では青空を背景に大柄な鴉天狗と黒い陰陽師が戦っていた。いや一方的に陰陽師の方が攻撃していた。
「あそこにいるのが道満、今天魔が戦っているわ」
「なるほど……天魔だけでは力不足ですか」
遠くてよく見えないけれど片方が押されているのはみてとれた。おそらく天魔さんの方だろう。
「貴女と鬼ならなんとかなるはずよ。先に行って時間を稼いで。鬼の方は私がなんとか引き連れて行くわ」
「ありがとうございます」
「お礼はいいわ。ともかく道満を倒しなさい」
そう言って紫さんは隙間に私を引き込んだ。
その先はまさしく戦場だった。
道満の勝利に酔いしれる笑みが見えて、咄嗟に結界を貼って彼自身を弾き飛ばした。
同時にいきなり感じる浮遊感。足裏に力を込めて落下を防ぐ。
サードアイが視界にとらえられる人達の心を読み取り状況を素早く察知させてくれる。
なるほど、天魔さんを殺る寸前だったと。
「ここから私が相手をしましょう」
目の前の道満は驚きと、憎しみに満ちた目で私を見つめていた。
では、時間稼ぎを始めますか。
生身の体で空を飛ぶと言うのはこの世界の理からは実は完全に外れている。
だけど同時に空力というこの世界の理を受け続けていると言うのも事実である。
それを利用するとどうなるのか。
それはこうなる。
私の体の周りに貼る妖力で蝶のような見えない翼を作り出した。
相手の攻撃を回避するのが簡単だ。むしろ何もしていなくても風に乗って回避できてしまう。
問題は自分自身もどこに飛んでいくのかが分からない。故に時間稼ぎに特化していると言えるだろう。
紫さんが準備をするまでの時間を稼ぐ。
「ぬぐ、貴様のような妖怪風情が!妖怪の手助けをするか!!」
どうして驚くのでしょう。確かに私は妖怪の中では嫌われる存在かもしれない。嫌う相手を助ける義理などないはず。そして天狗のような組織を持つ妖怪なら尚更、潰れてくれた方が得ではないのか……と。
「私の種族の事に詳しいのですね。ですが、根本的に勘違いしています」
「損得や合理性なんてものはその場の妥協に過ぎません。それに私は妖怪で、妖怪には妖怪の正義があるんです」
それなりに筋を通して人と妖怪の共存の道を探っているところに殴り込んできた貴方が正義を騙り妖怪を脅かすのなら。
私は私の正義で貴方に対峙します。
まさしく、かくも素晴らしき戦争とやらの始まりです。……とっくに始まっているようなものですけど。
「貴様の正義が人を殺すのだ」
「正義なんてものはそんなものでしょうが!何を甘ったれているんですか!」
正しさなんてものは曖昧で立場によって変わる不安定なもの。それを振り翳したところで暴力の言い訳に過ぎない。
それを自覚せずに戦おうとする貴方が、私は理解できない。
結局は安倍晴明に勝てない半端者。それが道満という陰陽師だった。
そして何より山の妖怪…特に天狗相手に対策を練っていたせいで私への対処がなおざりになってしまっています。
陰陽師の力は確かに妖怪や悪霊には効果覿面ですが、その反面念入りな準備が必要となります。特に妖怪ごとに対処が異なるので使い勝手があまりよろしくありません。
例えば私のような覚妖怪なら心を読まれないように術をかけてあらかじめ守ったりする事で妖怪としての力を半減させたり、天狗であれば動きを封じ込めるための対策をしたり。
だからこそ一流の陰陽師は戦う前から用意周到な策を練りますし、土壇場での対応ができるくらいには視野も技術も広く持っています。
正直こうして戦っている合間も心の声が聞こえっぱなしなので分かりやすい。
ただ攻めきれないのは私より圧倒的に強いから。
心を読んでいるのに隙が全くない。
四肢を犠牲にすれば一撃くらい入れられそうですけど、あくまでも私は時間稼ぎにすぎません。
攻撃を全て受け流し、回避に専念して、そうしていると道満の焦りがより強くなった。
それと同時に私の目的を見破ったらしい。式神を展開して私を足止めしようとしていた。
式神を展開されないよう、素早くその手を弾幕で弾いた。
妖弾を弾く防護を得ていても当たったら痛いのには変わらない。
「時間よ」
紫さんの声が虚空から聞こえた。
同時に空に隙間が大きく開いて、私と道満を飲み込んだ。
くらい目玉だけの空間が一瞬だけど見えて、気がついたらどこかの森の中に飛ばされていた。
「く、隙間の妖怪か!あの時倒しておけば……」
「あら、私は貴方程度に倒されるほど弱くはないわ」
紫さんが私の背後から現れた。
普段と変わらない笑みを浮かべつつ、扇子を口元に当てて道満を睨んでいた。
ああ……顔は笑っているけど目は笑っていないやつですね。
「お疲れ、あとは任せなさい」
後ろを振り返ったらそこには伊吹萃香と茨木華扇、それに星熊勇儀。
鬼のオールスターだ。
それにリベンジに燃える八雲紫。これは勝てませんね。
では私はここら辺で失礼しましょうか。彼女達の戦いに水を刺すのは悪いですからね。