全てが落ち着くのに半年の時間がかかった。
妖怪側が優勢と見るや人里の人間達が落武者狩りの如く陰陽師や敵対した妖怪、怨霊の除霊をし始めたせいで追い詰められた彼らがゲリラ化してしまったのが長引いた原因だった。
ただ、いつまでもそれが続くわけでもなく必要最低限の白狼天狗達が交代で制圧をしていくだけで事は済んだ。
その合間に通夜や葬式が執り行われ、死んだ者は全て墓の下に送られた。
私も時々手伝いだったり後処理だったり復旧工事だったりに駆り出される日々を過ごしていた。
妖怪の山がそんな感じの中、一見被害が無かったはずの人里も大きく荒れていた。
陰陽師に協力していた人達の暗殺や村八分。事実解明と称した人里内部での権力争いの激化。人間の影の部分が存分に発揮された形になった。
結局里の人間との関係は元の鞘に落ち着いたものの、それでも人間と妖怪の合間には埋められない溝が出来上がっていた。
だが元々妖怪の人間も一線を引くべき関係であるのは変わらない。
そう考えれば、何も変わらなかったというべきなのだろうか。
そうやて月日が流れていく中、私の家はいつもより手狭になっていた。
大量にいる動物達。それを集めつつ、黒色の和服をベースにしたドレスを着たお燐が数を数えていた。
「ひー ふー みー よー いー……むー なー やー こー とー……よし、全員いるよ」
お燐が数え終わるとそれぞれの動物達は部屋に散らばっていった。
種族もバラバラ。鴉や鷲もいれば、狐に狸に虎まで多種多様。それらは式神としての封印を受けて小型犬程度のサイズに圧縮されている。だけど、紛れもない神格を持つ立派な神獣クラスの式神だった。
彼ら彼女らは道満やその他の陰陽師が使役していた式神達だ。
特に道満の実力は相当だったようで古今東西様々な神獣が勢揃いしていた。
それらは術者が死んでしまったことで暴走状態に陥っていた。
式神はその術者が式神としての呪縛を解除せずに亡くなったりした場合、近くにいる同類に勝手に取り憑いてしまう。見境がない上に妖怪にも適用されるから取り憑かれた側はたまったものではない。
しかも神獣クラスになれば相当な実力者でなければ魂が喰われてしまう。
そういうわけで解き放たれていた式神をなんとか回収したものの、手に余る式神を天狗達は管理しきれず私が預かることになった。
どうやら覚妖怪の力はこういった式神さえも心理制圧するのに向いているらしい。
洗脳で暴れるのを抑えるのがここまで効果的だったとは。
一部の式神はなんとか術を解いて解き放ったりしていたのだが、それでもまだ十体ほど残っていた。
このまま放置するといずれ妖怪の山で騒ぎを起こす事は確実なので放り出すこともできない。
ちなみに管狐の式神も居たのだが、先週ふらりと訪ねてきた飯綱丸さんがやけにその狐を気に入って一昨日連れて帰っていた。
手駒が増えて本人はご満悦だったけれどそれはかなり少数派だろう。
そもそもあの管狐は狡猾な性格だったのだけれど大丈夫だろうか。
「どうしようかねえ、この数の式神……さとりは使役できるんですよね」
お燐の言葉に私は首を横に振るしかなかった。
「数が多くて無理よ。そもそも神獣クラスの式神なんて一体でもギリギリよ。でもこのまま、捨てるわけにもいかないし…」
式神なんて使役したら術を補助するのに力を持って行かれてしまって本末転倒だ。実力がある人なら別なのですがね。
不意に背後から声がした。
「あら、ずいぶん賑やかね」
「紫さん、入る時は玄関でノックしてくださいよ」
お燐と同時に振り返ると、そこには隙間から上半身を覗かせた八雲紫がいた。いつものようにナイトキャップと、紫色のドレスを纏った姿だった。
「ぬらりひょんだねえ」
「あのお爺さんと一緒にしないで」
お燐の言葉をピシャリと跳ね除けながら、彼女は部屋に降り立った。
「今日はどうしたのですか?」
「いきなりでごめんなさいね。少し貴女と話をしたかったのだけど……」
「そういう事でしたか」
心を読めないように境界を弄っているらしい。サードアイでも流石に境界が弄られた心は除けない。覗いたとしても、そこは果てしない深淵が広がっているだけとしか読み取れない。
だけどわざわざ話に来るという事はかなり大事なことなのだろう。
お燐が早速、お茶を汲みにいった。
どうぞゆっくりして行ってと言いながらも、2人きりになるには少し部屋は手狭だった。
空気を読んで側を離れた式神達。だけども、一匹だけ紫さんをじっと見つめながら微動だにしない式神がいた。
流石に紫さんもその式神が気になったらしい。
「ん?私に興味があるのかしら?」
「狐……確か白面金毛九尾ですね」
今は小型犬程度のサイズになっているけれどその本体は4mに迫る巨大な九尾の狐。
そしていくつもの名前を持つ伝説の狐です。
妲己、褒姒、華陽夫人……傾国の美女とも呼ばれる中国の大妖怪です。
中国から日本に渡ってきたところを運悪く安倍晴明にボコボコにされて、這々の体で逃げ出したところを道満に式神として使役されたらしい。
その時の縛りで性格もだいぶ緩和されているらしいけれど、それでも今いる式神の中では気難しい暴れん坊だった。
「オリジナルの白面金毛九尾ねえ」
もちろん日本にも玉藻前という狐の大妖怪がいますけど、玉藻前は二尾ですし。
玉藻前が白面金毛九尾と混同されて混ざってしまったのは江戸時代になってから。だからここにいるのは玉藻前とは別の狐ということになる。
むしろ玉藻前より強い狐ではないだろうか。
そんな事を考えていると目を細めていた紫さんが微笑んだ。
「気に入った。この子は私がもらうわ」
「貰う……構いませんけれど大丈夫ですか?」
式神は相手の格式が高ければ高いほど使役者への力の負担が大きくなる。神格になりかけている大妖怪を使役しようとするのなら流石の紫さんでも相当な負担になるのではないだろうか。
「問題ないわ」
だけど紫さんはお構いなしだった。
狐を抱き寄せると、懐から出した術式の書かれた札を狐の頭に翳した。
その状態で紫さんが呪文を唱えていくと淡い光が狐を包み込んだ。
紫さんも陰陽道に精通しているのか、やり方はともかくその札の術式は陰陽道の形式に沿ったものだった。
元々かかっていた式神としての術式がみるみるうちに上書きされていく。
空白だった使役者のところに八雲紫の名が刻まれたのか、光が収まると狐は紫さんに対して頭を垂れた。
「貴女は藍、私の忠実な式神として仕える事を命じるわ」
名付け、それによりその式神は完全に服従の縛りを受ける。それは術者が亡くなるか、かかっている術が解かれる時まで。つまり死が二人を分つまで。
そして彼女はその式神を藍と名付けた。ならきっと、その関係は悠久の時を過ごすことになるのだろう。
ひと段落ついたところで、気を伺っていたお燐が戻ってきた。
お燐も人型になって半年が過ぎたけれど、もうすっかり人としての作法が身についていた。
「ありがとうお燐。少し大事な話があるみたいだから、席を外しておいてくれるかしら」
「わかった。それじゃあ残りの式神を連れて庭で遊んでいるよう」
同じ動物同士なのか式神達と気が合うらしい。だから管理を任せているのだけれども、大胆というかなんというか……肝が据わっている。
「随分と大胆なボス猫ね」
「面倒見が良いですからね。姉御肌なんでしょう」
「そう、それじゃあ早速だけど本題に入りましょうか」
そう言って紫さんがお茶を一口飲んで切り出した。
「私はね……人と妖怪の共存する世界を作りたいの」