ここ最近、人里の人間に失踪者が相次いでいる。
私にその話が舞い込んできたのは、ちょうど古明地さとりという妖怪を見つける少し前だった。
噂の回るスピードはかなり速いが、速い割に正確性に欠ける。
実際その時も私はその噂を聞き流していたし、人間が失踪したところで我々にはあまり関係のない話でしかない。
だがそんな噂話は人事ではなくなってしまった。白狼天狗に大天狗の1人、飯綱丸龍様が勅命を下したのだ。
白狼天狗は天狗社会の中でも地位がかなり下になる。
しかしだからと言って白狼天狗が軽んじられているかと言われたらそういうわけではない。要は役割の問題だった。
白狼天狗は十数人で一つの族を形成している。
それぞれの族は従うべき主人が異なるため私の族に指示や勅命を出せる天狗も自ずと限られる。その中で飯綱丸龍様はその最も高い地位にいる人物だった。
そのような方から下されたのは、人攫い、その元凶の発見だった。
当初は偶然が重なっているだけか、あるいは妖怪と関係ないところで人間が人間に対して犯罪をおこなっているだけではないかという認識だったらしい。
だが行方不明者が増えるにつれて、里に住む陰陽道に精通する者が調査をしたところ、以降行方が分からなくなる前に山に入っているということがわかった。また行方が分からない者たちは一様に家族がいない孤独者か、あるいは孤児にような存在だった。つまり里でも存在が希薄か、あるいは疎まれているが故に発覚が遅れたらしい。
さらに最近では山で行方不明になっている者も増えていた。
妖怪による仕業ではないかと見当をつけた陰陽道に精通する者は妖怪と人との合間に結ばれた掟の事もあり、山を治める天狗に事態の究明を迫ったというわけだった。
そういうわけで掟を破る妖怪がいるのであればその者に対する裁きを下すのも山を治める者としての定めと天魔様はお考えになったらしい。
しかしだからと言って急に捜査を始めたところで怪しい妖怪を特定するのは難しかった。特にいつもの任務の合間を縫うために動員できる人員が私だけしかいないとなれば尚更だった。
勅命から2日目には早速調査は暗礁に乗り上げていた。
そんな中で、最近天狗の縄張りに見知らぬ妖怪がいると知らせが入った。
「数日前から居ると観測班から連絡が上がっている。どうやら余所者らしい」
そう、話をしてくれた白狼天狗は言っていた。
よそ者とはまた珍しい。大抵の野良とか放浪妖怪は天狗の集団に近寄ることなどまずない。あったとしても直ぐに出ていくのが大体だ。
明らかに怪しい。
小柄で、外見上は少女ってところだろう。
若干紫がかった髪が服の隙間からチラチラ見える。
遠くから確認していたが私の視線に気付いたようだ。気配を察知する力からしてかなりの実力者のように見受けられる。
早速そいつを調べようとしたが、会ってみてすぐに空振りだと分かった。
妖怪は大なり小なり「血の匂い」がする。それは人を喰らう存在であれば当たり前の事だし、妖怪である証であるとも言える。
血の匂いと言っても返り血とかそう言う直接的な匂いではない。魂そのものに刻み込まれた、人を喰らう魂のみが放つ気配の一つだ。それを白狼天狗は嗅覚として感じ取るのだ。
しかし、古明地さとりと名乗ったその妖怪からは「血の匂い」が一切しなかった。妖怪としてあり得ない。異質な存在である。しかし、根は悪いやつではないようだった。
落胆と同時に、安堵感があった。
結局直近で人間を襲って喰っているような存在ではないというのは確かだった。むしろ私の趣味に彼女も興味があった事で意気投合までしてしまった。そんな妖怪が犯人とは思いたくはなかった。
だから何度も頻繁にさとりのところを訪ねていった。その度に彼女が白であるという確信は深まっていった。
しかし他の白狼天狗はそうは思っていないようだった。
さとりを気味が悪いと口を揃えて言う。
「遠目で見ていたが気持ち悪い、妖怪であるかどうかすらわからなくなりそうだ」
確かに言わんとすることは分からないでもない。だが、そんな理由で犯人に仕立て上げて合法的に裁きという名の私的な鬱憤晴らしをしようとするのは違うだろう。
しかしさとりが現状怪しい存在だというのは覆すことができない。
どうにかして真相を究明しなければならない。
しかしさとりはそんな私の内心をしっかりと見透かしていた。
さとりに問い詰められた時、私はいっそのことさとりに手伝ってもらおうかと考えたくらいだ。
「まあ、そういうわけなんだ」
「なるほど、そういう事情があったのですね」
「でも覚妖怪だったのは意外だ」
覚妖怪の特徴であるサードアイ。第三の目。それを隠して生活しているのだから気づかないのも仕方ない。
それにいくら意識を集中しても覚妖怪を知っていなければ私も分からなかっただろう。
何せ覚妖怪はサードアイを使わなければ最大の武器も使えない弱小妖怪と大差ない。自らそれを放棄するなんて正気の沙汰ではないのだ。
「くれぐれもご内密に」
そう言うさとりの顔は、何を考えているのかよく分からない笑顔があった。作り物の、貼り付けの笑顔だ。
「そうする……と言いたいところなんだが、さっきも言った通りさとりには嫌疑がかかっているんだ」
「ええ、かなり厄介なことになっていますね」
まあさとりにとってはこの土地を離れれば良いだけだから他人事なのだろう。
だが私にとってはそれで真実が見つけられなくなるのは嫌だ。
「改めてだが今回の件、協力してくれないか?」
「余所者ですよ?それも忌み嫌われる覚妖怪ですし」
「むしろ余所者の方が自由に動ける事もあるし違う視点で物事を見ることができるだろう。それに覚妖怪というのはこの際好都合だ」
真実を解明できるのなら余所者だろうが嫌われ者だろうが関係ない。
「柳さんってけっこう変わり者ですね」
「よく言われる。それで、返答を聞こうか」
「ぜひ協力させてください」
少しの迷いもなく、さとりはそう言った。
さとりは早速私を拠点に案内してくれた。家を作っている場所から少し離れたところにある自然の洞穴だった。
中は蝋燭の灯りだけが灯る薄暗い空間で、でも一応寝床のようなものが作られてはいた。
その寝床に座り込む姿は、少女という外見も相まって中々可愛らしい仕草になっていた。イカン。何を考えているんだ私は。
「では失踪してる人間ですけど…失踪状況を全員分、詳しく教えてくれますか?」
「分かった。と言っても手元に資料はないのだが……」
「覚えているか、一度頭に入れたけれど忘れている事であれば私の能力で引き出せますよ。でも柳さんの知られたくないこととか、嫌な事とかそう言ったのも見えてしまいますけど」
ああそうか、覚妖怪だったな。気を遣ってくれているのだろうが、別に知られて困るような事は特段ないな。いや強がりではなく。
「覚妖怪だからか……分かった。あまり思考を読まれるのは好きではないが…手っ取り早い方法であるのなら構わない」
「では…失礼します」
そう言ってさとりは懐から赤い目玉を取り出した。
瞼が開いて、拳よりも大きな瞳がジッと見つめてくる。生き物に共通で見られる瑞々しさ、潤いがあるにも関わらず、それは異質なもののように思えた。それを見つめ返していると全てを見透かされるような、心を覗かれているような落ち着かない気分になる。なるほど、心を読まれるというのはこういう感覚なのだな。
「大体わかりました」
瞳に見つめられていた時間は十数秒くらいだった。瞳はすぐに隠されて、気持ちを逆撫でするような変な気分も無くなった。
「そうか、情報は十分か?」
「バッチリです。では早速ですが推理の時間と行きたいのですが、下準備が必要です。2日後に
「……あ、ああ。分かった」
さとりはいたずらを思いついた子供のような顔をしていた。
そうしてさとりと別れてからきっかり2日後、さとりはどこにいたかと言えば人里で生活をし始めた。 流石に白狼天狗の私が人里に入ることは出来ないので遠目で見ただけだが、明らかにさとりは人間として生活をしていた。
……本当に妖怪なのか?
確かにここの人里は流れ者には寛容ではあるのだがそれでも中で生活をしようなんてこっちから見たら正気を疑いたい。
妖力がなかったらもう人間でもいいのではないかと思いたいくらいだったが、そもそもそれがさとりだと気づけたのは私だけだった。側から見ればそれは流れ者の人間にしか見えなかった。