「妖怪と人間の共存する世界ですか」
妖怪なのに妖怪らしくない少女は、私の言葉を聞いて瞳を閉じた。
頭をフルに回転させてるのか、沈黙したままだった。
この話は彼女だからこそする。
彼女ならわかってくれると確信があったから。
一分少々考え込んでいたさとりが瞳を開いた。どうして彼女はそんな慈愛に満ちた、優しい顔ができるのだろうか。
「まるで幻想みたいな事を言うんですね。でも私はその世界を見てみたいです」
幻想、例えとしては面白いわね。それじゃあ、私の望む世界は幻想郷ってとこかしら。悪くないわね。
「紫さんは人間も妖怪も愛しているんですよね」
おかしいわね、心は読めないようにしたはずなんだけれど。
となれば自力でそれに気付いたって事?流石、覚妖怪ね。心理分析なら力を使わなくてもわかるってことね。
「どうかしら?もしかしたら私だって人間を妖怪が生きる為の家畜としか思っていないかもしれないわよ」
「そうであれば貴女は共存とは言わずに管理とか……あるいは天狗達みたいに互いに不干渉とでも言ったでしょうね」
あらら、そう言われてしまうと反論できないわ。正直私の考えは妖怪からも人間からも異端に尽きる。
それでも、私は人間も妖怪も、愛しているの。だからこそ互いが手を取り合って生きていける世界を望むのよ。
「……少なくとも天狗のやり方は上手いと思うわ。でも、それだけじゃだめなのよ」
彼らの考えは相互不干渉が元になっている。だけどそれではダメ。互いを知ろうとしなくなれば、相手を思いやることも、考えることもなく先にあるのは互いを憎しみあった末の破滅的な戦い。
「そうでしょうね。今のままでは互いを憎しみあったままいつか爆発してしまう」
同じ考えを持ってくれていて助かるわ。
「私は嫌なのよ。仲良くとまでは行かなくても、私としては良き隣人くらいまでには妖怪と人間の合間を保つ世界。それが作りたいの」
妖怪の楽園でもなく、人間の顔色を窺う世界でもなく。
神も妖怪も、人間も酒を持って宴会出来る世界。
「でもどうしてそれを私に?」
「貴女が一番私と同じ考えを持ってそうだったから」
最初は不思議な妖怪だと思った。むしろ妖怪というより人間側にも思えるような立場。別に居ないわけではない。そう言う考えを持つ妖怪はごく僅かだけどいる。各々何を考えてそうしているのかは別だったけれど、その中でもさとりは群を抜いていた。
だからこっそり普段の姿を観察していたし、あの戦いの時も声をかけた。
そして今も人と妖怪の合間に立って、どちらも助ける。
見返りが欲しいわけでもない、名声が欲しいわけでもない。ただの心優しい妖怪。
お人好しといえばそれまでだけど、ただお人好しなわけでもなく、間違っていると思ったら人間とも妖怪とも敵対する冷酷なところも併せ持つ。
端的に言って不思議な半端者。そして私も同じ半端者。でもだからこそ私の考えをさとりはわかってくれる。
そう確信していた。
「長い年月と途方もない労力ですよ」
「覚悟の上よ」
「きっと同じ妖怪に恨まれますよ」
「それをなんとかするだけの力を集めるの。その第一号が貴女よ」
再びの沈黙。だけどさとりの顔は穏やかだった。
「そこまで森羅万象を愛しているのですね。紫さんは」
「ええ、愛しているわ」
それは嘘偽りない私の本心。私はこの世界が好き。月の裏側も、地獄も、その全てを私は愛してる。
「妖怪らしい妖怪にしてはまた随分と……いえ、そちらが本心なのですね」
流石に見透かされるか。
「構いませんよ。私も、この素晴らしき世界が好きですから」
「良い返事が聞けてよかったわ」
「まあ一つ言うとすれば、まずその胡散臭い態度とか心が読めないところとか…妖怪らしい妖怪なところとかもう少し抑えたほうが協力者とか友人とか増えると思いますよ」
「一つどころか三つも四つもいってるわよ」
しかも結構ズケズケ言ってくるじゃないの。流石に傷つくわよ。
大体私としても妖怪のプライドというか体裁があるのよ。
「そ、それを言うなら貴女ももう少し愛しよくしたらどうかしら」
「覚妖怪ですよ。何もしなくても嫌われる種族なんですから愛想良くしたら気持ち悪がられます」
それもそうかと納得しかけてしまうのが悔しい。
でも貴女ほど覚妖怪らしからぬ覚もいないわよ。むしろ妹の方が能力としても種族としての性格もぴったり。妖怪歴が短い半妖みたいな存在なのにそこまで才能があるのも考えものね。
「紫さんは優しいんですからもう少し親しみ持たれた方がいいと思いますよ」
「それは私の心を読んだから分かること?」
「いいえ、私の感想です。世間の評価に対して貴女は随分優しい……もちろんお人好しってわけではないですよ」
「褒めても何も出ないわよ」
「事実を言っているだけです。でも叶えられるといいですね、幻想郷」
本当に心を読めていないのよね?私の力が突破された形跡はない。不思議な子……ちょっと油断出来なくなっちゃった。いや、彼女……あえてそうしたのかしら?
やめましょう。腹の探り合いなんて割に合わないわ。今は彼女が私の理想の協力者になってくれることを喜びましょう。
「叶えるのよ。私は、私たちは妖怪なのだかね」
「そうでしたね」
「それじゃあ、幻想郷への第一歩として乾杯でもするかしら?」
隙間に手を伸ばし、家に置いてある酒を引っ張ってくる。
大事な時にしか飲まないお酒。今は亡き友人が現世で好きだったお酒よ。
少し米の風味が強くて癖があるけど、私は好き。
いえ、好きになった酒よ。
「桜花…ですか。初めて聞く名前の酒ですね」
「一部でしか流通していないお酒よ。今では神事で偶に使われる程度ね。古い友人が好きだったのよ」
「なるほど、そんなお酒、良いのですか?」
「良いのよ。大事な時に飲むようにしている酒だから」
「あまりお酒は飲めないのですが、いただきます」
そう言ってさとりは私と同じ隙間を目の前で展開した。私が驚いていると腕が入る程度の小さな隙間から、朱色と黒の漆塗りの盃が出てきた。
いやそれよりも私の能力を模倣した?全く同じ隙間に見えたけれど……まさかそんなことが。
「貴女それ……」
「覚の能力は応用次第で相手の能力を模倣できるんですよ。当然力の消耗は激しいので簡単にポンポン使えるものではないのですけど」
「でも驚いたわ。まさか私の能力をそっくり模倣するなんて」
寸分違わぬ模倣。まるで私がもう一人いるかのように思えた。
「ちょっと驚かせたかったんですよ。でもあれだけでも力の半分は持っていかれますから、紫さんの力は別格ですね」
顔では平気そうに見えるけれどそれでもだいぶ消耗したらしい。驚かせたいからってそんな事するのね。
面白い子。
「あと私の模倣は一度見ないと模倣できないんですよ。見てないものは出来ないし一度見たからと言って簡単に模倣できるわけでもないです」
「想起ってやつね」
聞いたことがある。覚妖怪が使うトラウマを具現化させる力。その応用のようなものね。
生で見るのは私も初めてだけれど。
「ご存知でしたか。想起自体は難しいものじゃないです。その分別に強いわけでもないですし」
しかし、すごいわね。
でも、だからこそ覚妖怪が忌み嫌われる原因にもなっているのよね。
それが残念でならない。
「面白かったわ。それじゃあ乾杯しましょう」
差し出された盃に透明な液体を注いでいく。部屋の中だけど随分明るいからか、盃の酒も煌びやかに反射していた。
「私達の理想に向かって……」
「乾杯」
その日の酒はいつもより美味しく感じられた。