幻想郷を作りたいから手を貸してなんて紫さんが言ってくるなんて思わなかった。
ただ、なんとなく紫さんが目をつけるであろう事を自らがしていた自覚はあった。
妖怪として外れている。常識から外れた行為だというのは分かっていた。
でもまあ、こうなったらことが悪いとは言わない。それは原作がどうとかと言うわけではなく、この世界に生きる個人としての思いだった。
そう言う訳で、紫さんは時々家に来ては幻想郷についての構想を話し合う仲になった。
そして案の定議論になったのが人間と妖怪の関係性だった。
一週間この話で持ちきりだった。
それは今日、ふらりとやってきた紫さんの話し相手になっている時も相変わらずだった。
夜遅い時間に(妖怪としてはむしろ夜に活動するから正しい時間)やってきた紫さんはどこからともなくお酒と盃を用意しては黙ってお酒を差し出してきた。
「あの、私があまり酒が強くないと知っていて薦めているんですか?」
強くないと言うか下戸なのですが……それと下手に飲むと酔ってる合間の記憶が無くなってしまいますし。
「でも飲んでくれるでしょう」
見た目相応の少女のような瞳で問いかけながら紫さんはそういった。
「差し出されたら流石に断るわけにはいきませんから。それで、今日はどうしたのですか?」
「やっぱり人間の扱いについてなのだけど、考えても結論は変わらないわ」
紫さんが難しい顔をしながら話し始めた。
「技術や発展を制御するですか……」
「ええ、今はまだ必要ないでしょうけれどいずれは」
「いずれ人間はいくつもの神秘を解き明かし、自らの力だけで闇を克服する。その時には多くの妖怪も神も忘れ去られ消えていくでしょうね」
それらが行き着く場所として、人間が技術を高めれば高めるほど同じように幻想郷も対等に力を強めていく。そう言う相反する力の流れを生み出す結界で最終的に幻想郷を覆う事になるが、その幻想郷の内側の人間達の処遇は完全な制御下に置こうとする紫さんと私とで意見が食い違っていた。
そもそも人間をそのように統制したところで意味はない。いずれ人間は反骨精神でその抑圧を乗り越えるでしょう。その時に妖怪や神に対してどれほどの恨みを覚えるか分かったものではない。
第一そのような行為は人間と妖怪が平等に過ごすことを目指す紫さん自身の考えとも矛盾してしまう。
それは紫さんも理解している。それでもなお統制にこだわるのは人間がいずれ妖怪を打倒する立場になると確信しているから。
そして人間も妖怪も等しく愛している紫さんの苦心の末の結果だ。
しかしこのまま人間が妖怪に対して圧倒的無力という状態も良くない。
制御するというのは、押さえつけ続けるというだけではない。緩やかな進歩自体は認めている。
じゃあ私はどうなのかと言えば、余計な干渉をそもそも控えるべきだと思っています。
化石燃料が有効活用されるようになって人類は飛躍的な進歩を遂げましたが、いくら闇を祓い神秘を暴いてきても光があれば必ず闇は生まれる。そして何より人の心にある怪異に対する恐怖は消える事はない。
実際インターネットが発達していた前世でも会談はあったし現実に怪奇現象は存在していた。世界を超越するような超常種だっている。
だから人間を無理に抑制しなくとも私達を生み出す根源はいつまでも人間の心に有り続ける。私としてはそう考えています。
まあ私の考えは未来を知っているからというメタ的な要素が多いから紫さんには受け入れがたいのでしょうけれど。
やはり今日も平行線になるのかと思っていると、不意に紫さんの背後に、まるで絵のレイヤーがいくつか表示されるかのように唐突に扉が空間に現れた。
「面白い話をしているじゃないか紫」
扉を開けて現れたのは、紫さんと同じ金髪のロングヘアに、冠を被っている。女性だった。紫さんお同じくらいの年齢のように見えるし、それより幼いようにも、逆に大人びているようにも見える捉え所ない人だった。
服装はオレンジ色の狩衣に緑色のスカート、そしてこの時代にはお目にかかれないロングブーツ。
浮世離れした姿だった。
初めて見る人。だけれど私は知識として彼女を知っている。そして隠そうともしないその神力と強者が持つ覇気に当てられて気を失いそうになってしまう。わざとそうしているのでしょう。傍迷惑なのでやめて欲しいのですが……
「あらら、人の家に勝手に入ってくるのは礼儀がなっていないのじゃないかしら?」
「少しくらいいいだろう。家の主人さん?」
「まあ、土足で入ってこなければ良いですよ」
どうせ霊や神なんてのは妖怪と違って家に勝手に入るのが普通ですからね。
「おっと、それは失礼」
そんなに失礼だと思っていないような返事で女性はブーツを脱いで部屋に足を踏み入れた。
「どうも、初めましてですね摩多羅隠岐奈さん」
私があえて名前を言うと、紫さんも隠岐奈さんも同時に鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情になっていた。
「ほう、知っているのか」
その言葉には、心を読めないようにしているのに当ててきた事への感嘆が滲み出ていた。
摩多羅神。私が知っている限りでは日本に伝来したのは14世紀ごろ。円仁という人物が比叡山の常行堂にこの神を勧請、阿弥陀信仰を始めたのが始まりのはず。摩多羅神は本尊仏である阿弥陀仏の裏側、堂の後戸に控える存在として奉られたことから“後戸の神”と称される。
特に本尊仏の裏側にいる事から護法神として扱われることもある。ある意味では幻想郷を裏から守る存在とも言える。
謎が多い神であり、様々な話や神性があるとされているのも特徴です。
伝承ではインド神話にルーツを持っているとか。
この世界ではそうなっているのかはわかりませんが、少なくとも多芸な神様であるのには間違いない。
「ええまあ、風の噂ですけれどね、その扉を作り出す能力を見ればすぐわかりますよ」
彼女が正式に日本に信仰として伝来するのはもう少し後の事ですから日本で彼女を知っているのはおそらく片手の指に入るくらいでしかないだろう。
「あはは!紫、随分と耳の良い友人を持ったなあ」
隠岐奈さんは紫さんの真横に陣取るようにして座った。
「こればかりは私も驚いているわ」
「妖怪として相手を驚かすのは得意ですからね」
「まあ、私を知っているなら自己紹介は省かせてもらおうか」
「私の事は……存じ上げていますよね」
私の家にわざわざ来たくらいだ。おそらく紫さん経由で知っているのだろう。
「勿論。さとりだろう。よろしく」
初対面ではあるけれど、でもやっぱり私も彼女も互いを知っているという少し奇妙な状態での挨拶はこうして終わった。
そのまま隠岐奈さんは中断していた話を強引に再開させた。
「それで、紫。さっきまで盛り上がっていた話を聞かせてくれ」
「ええ、分かったわ」
三人いれば文殊の知恵と言うべきだろうか。いずれにしても話し合いに新しい風が入ったのは確かだった。
というか隠岐奈さんとも幻想郷についての相談をしていたのですか。
あ、いえ違いますね……つい二日前に賛同してくれた方のようです。
紫さんの視線がそう語っている。
紫さんが私の意見も含めて簡潔にまとめたものを聞き終えると、隠岐奈さんは目を瞑って考え始めた。
その雰囲気が真剣なものであるというのを感じさせていた。
「なるほどな、幻想郷における人間の扱いか」
隠岐奈さんはそういって机の上にいつのまにか用意した酒を煽った。
「なら私は消極的な制御を第三の候補としてあげようじゃないか」