「折衷案と言うわけでは無いみたいですね……」
彼女の言いたい事は人間への技術進化への不関与。しかし関与しない事で進歩が抑制されるなんて事があるのだろうか?確かに地下資源の採取が出来るようになってから飛躍的な進歩を遂げているのは確かですが……
「まあね。人間が自力で発展してきたなど彼らの傲慢に過ぎないからね。こちら側が余計な干渉をしなければ自ずと発展は止まるさ」
まるで人間よりも上位の存在が人間を発展させているような言い方ですね。まあ有り得なくもないか、妖怪や神とは違う、人智を超えた超越的な存在は確かにいる。
「技術のシンギュラリティポイント……それを外部の何かが誘発させているのですか」
「横文字は兎も角まあそういう事」
隠岐奈さんはそういって頷いた。ああ、だとすれば私がこのように異世界に飛ばされ古明地さとりになってしまっているというのも納得がいく。
「へえ、詳しいのね」
「伊達にギリシアを生きていたわけじゃ無いからね」
「……」
人類史の根底にだいぶ影響がありそうな事実がしれっと明かされた気がしたのですが、本題ではないので置いておきましょう。
確かに歴史を見るとところどころで急激な発展が起こっている箇所があるのは事実ですし。
「でしたら、幻想郷自体を結界で覆って現世とは切り離してしまうのはどうでしょう」
そうすれば人間を気まぐれに弄ぶ超越した存在とも切り離せる。どこまで有効かは分からないけれど、少なくとも産業革命に幻想郷が飲み込まれて妖怪や神が生きづらくなってしまっては元も子もない。
「でもそれだと停滞と腐敗を招くわ。外部と遮断するのは有りだけれど、往来自体は比較的簡単にしておかないといけないわね」
紫さんらしい発想だ。というかその特性は正しく私の知る幻想郷に他ならない。
「しかし無条件で誰でも入れるのも良くないな。現世での存在意義が無くなったものや認識から消えてしまっているような……誰でもない状態に近いものなら比較的入りやすくするとかどうだろう」
そう言った結界を作るのは得意だろう。と隠岐奈さんは紫さんをみた。
「出来るけれど相当時間が必要ね。軽く五百年ってところかしら」
今から五百年後というと、江戸時代中期から末期くらいですか。ちょうど産業革命に入る頃合いです。時間としてはかなりギリギリな線かもしれない。
紫さんが難しい顔をしていたけれど時間だけが問題だというのなら大丈夫だろうというのが隠岐奈さんのスタンスらしい。
「なら、それで決まりだな。さとりもそれで異論はないだろう?」
「ええ、有りません」
私としては記憶にあるような幻想郷が作られていくのであればそれで良い。
「それじゃあ、要件は済んだわね」
紫さんが隠岐奈さんをやんわりとだけど追い返そうとするけれど、隠岐奈さんは私の目を見つめて笑顔を貼り付けていた。どうやら私に用事があるみたいだ。
「隠岐奈さんは私にも用事があるみたいですけど」
「あらそうなの?人気者なのね」
人気というか、どこか厄介ごとを押し付けているだけのような気がしますけど。でも悪い内容では無さそうです。邪悪さを彼女からは感じない。
「じゃあ私は引っ込んでいようかしら?」
「いや、紫にも関係はある」
そういって隠岐奈さんは紫さんを引き留めた。
私や紫さんに関係がある事と言えば幻想郷の事くらい。でもそれも含んでいるようですけど、どうやらそれだけじゃないみたいだ。
大体、当ててごらんって顔で見つめてきている時点で試されているのは明確。ならもう少し頭を回しましょうか。
「でしたら……京の事でしょうか?」
多分本人が動きたくないのであれば、それは京だろうか。まだ彼女が信仰として日本に伝来するのは後になるけど、身勝手なことをして余計な反感を受けるのを神格は嫌いますからね。
特にこれから信仰対象にしようとしている土地であるという事を考えれば尚更でしょうね。
「察しがいいな。配下を使ってもいいんだが、生憎今は別件で手空きがいなくてねえ」
「そうですか。それで私に頼み事を……なら人間絡みですか?」
私に頼ってきたという事は力任せに暴れて解決しない事象という事になる。
隠岐奈さんは首を縦に振った。
「今し方の話で幻想郷の設立後に使えるかもしれないと思ってね。まあ、人間だから今から協力者にしても実際に活動するのは数世代後になるけどね」
世代交代をしながらも必要とされる人材。呪師か陰陽師の力のある人でしょうか。
「はあ、幻想郷絡みですか」
「そう、幻想郷を作るのは良いけれど、その内側の掟を守らせるには人外にも人間にも一定以上の抑止力となる存在が必要だと思わないかい?」
それは今の私のような役割をさらに発展させたようなものという事ですか。
だとすると真っ先に思い浮かぶのは博麗の巫女。
異変を解決し、時に人間の暴走を抑える役割を背負った存在。求められるのは調停者としての圧倒的戦闘力と冷徹さ。そして慈愛心。こんな具合だろうか。
「そうね、私もそれは考えていたわ。ただそれが出来る存在はなかなか居ないからのんびり探そうと思っていたのだけれど」
紫さんも同じ事を考えていたらしい。考えることは皆同じか。
「そういうと思った。丁度いい存在を知っているんだ」
「それは……」
あ、なんか嫌な予感がしてきた。
「相手は安倍晴明。その娘とされる人物だ」
とんでもない人物の娘を攫ってこいと。
それこそ最悪この土地に厄災を招きかねない地雷じゃないですか。
紫さんもドン引きしてますよ。
なんでよりにもよって安倍晴明の娘なんですか。妖怪からしたら天敵っていう言葉じゃ収まらない存在ですよ。
「冗談を言っているわけではないようですね」
「もちろん本気だよ」
「私が調べた限りだと実力から言えば安倍晴明以上の素質がある」
上手くいけば世代を超えてその素質を受け継いでいける……ですか。
「リスクが大きすぎるわよ」
流石の紫さんもそう言いますよね。私もそう思います。
「だが娘と言っても晴明自身はまだ独身でね。許嫁はいるらしいけれどそっちとの子供もまだときた。娘の存在も公には否定されているしな」
公に否定されていながらも存在が確認できているということは……
「なら隠し子ですか」
それもかなりスキャンダルな……いや、この時代なら別に隠し子の一人や二人珍しいわけではないか。
特に安倍晴明ってかなりのイケメンらしいですからね。
「そういう事。だから晴明にとっても厄介払いになる」
「そこまでわかっていて私に実行役を頼むのですか」
「私や紫だと能力的に足がついてしまうからね。私達の能力は特殊過ぎて向こうも知り尽くしているんだよ」
なるほど、なら素性がほとんど割れてない妖怪に頼むのが手っ取り早いというのも頷けます。
「初対面の私にそんな依頼をして良いんですか?もっとこう信用がおける妖怪とか神とか居るんじゃ……」
「幻想郷の事を知っていて紫の友人ってだけで十分信用に値するよ」
はあ、そうですか。
「断る理由はありませんし。良いですよ」
「有難いね。もちろんお礼はしっかりするよ」
「お礼と言われましても……」
フランクに話していたから忘れていたけれど隠岐奈さんは本来格上も格上の存在です。お礼なんてとてもじゃないけれど受け取れる雰囲気にはなれない。
「おや、欲がないんだね」
「欲がないと言いますか、門を作り出すその能力を見れたのでそれだけで十分と言いますか」
「それはどういう事かな?」
「まあ……こう言う事ですよ」
想起。
貴女が門を作り出す能力。しっかりと再現させてみましょう。
生み出すのは私の背後。
集中して、想像を具現化させていきます。
意外と紫さんの隙間より力を消費しないで、門を作り出すことが出来た。
「どうですか?」
「これはこれは、まさか能力を模倣するなんてね」
貼り付けた笑顔が、驚きに満ちていた。紫さんは呆れていた。どうしてでしょう?
「というわけでもうお礼は貰っているのですよ」