「そういうことで京にいきます」
隠岐奈さんから頼み事をされた次の日、私は早速事情をお燐とこいしに話した。
「何がどういう事だって???」
もちろんお燐は思考停止状態になっていた。仕方がない。あの安倍晴明の隠し子を攫ってきて代々に渡って人柱にすると言うのだから正気の沙汰ではない。私達妖怪なんて下手をすれば殲滅させられる。
「へえ、妖怪立ち入り禁制な京に……お姉ちゃん一人で?」
しかも安倍晴明を相手にしなければならないと言うおまけ付きです。
自分で言うのもどうかと思いますが頭おかしいですね。
「ええ、そうですけど」
「お姉ちゃん……お話しようか」
「待ちなさいこいし。話し合いで刀を取り出すのはもうOHANASHIよ」
「どう考えてもさとりが悪いと思うよ」
なんてことでしょう。味方が居ない。
「でも断るわけにもいかないわよ」
大体相手は妖怪の中でも最強格の相手よ。私たちなんて逆立ちしたって勝てない。
それを分かっているからかこいしもお燐もそこまで強くは反対できないようだった。
「それはそうだけど……でも一人で行くのは危ないよ」
「こいしとお燐を連れて行ったら危険度も上がってしまうし私が守り切れる自信がないのよ」
「う……」
「二人が弱いって言ってるわけじゃないわ。でも今回だけは私一人でいくわ」
大体やっていることは犯罪ですし。
「……わかった。でも絶対帰ってきて。柳さんみたいにはならないで」
「ええ…分かっているわ」
死にたくないのは誰も同じよ。
京は木枯らしが吹いていた。
人間に変装したり化けたりしての侵入も考えましたけれど、そう言う事をして京に侵入する妖怪は多いのか、街道や京の入り口になっている門には結界が貼られている。さらに腕利の陰陽師が居るしで対策が施されていた。
こうなってくると唯一入れそうな場所はどこかといえば、川しかなかった。
結界はその性質上川などの流水の上に設ける事が難しい。
ゆえに京の生活用水を兼ねている淀川が妖怪にとっての都の入り口だった。
夜の闇に紛れて川から京に入れたものの、先ずは妖怪とバレないように変装する必要があった。
幸い服装は京の人間の服をいくつか手に入れていたからそれを使えば良い。ただ、私の髪色やサードアイを誤魔化すのには少し工夫が必要になった。
そして問題はこの京でどうやって目的の少女を探し出すかだった。
隠岐奈さんくらいしか顔を知らないのに本人は心を読めなくしていたせいで全くもって情報がない。攫ってくれと言う割に何にも情報をくれないのだから困ったものです。
隠し子であるから安倍晴明の周辺近くに住まわせているなんて事は無いだろう。貴族が密集する右京より左京側にいる確率が高そうね。
いずれにしてもまだ日は登っていない。この時代の人々の生活は灯りを確保する困難さもあって日が出ている時間に限られている。
日が登ってから、三条大路あたりで聞き込みを開始してみた。
聞き込みと言っても、写真なんて便利なものがあるわけでも無いから、本当に井戸端会議のようなところで聞き耳を立てたり、それとなく隠し子について尋ねるくらいではあったけれど。
「安倍晴明の隠し子!?なんだい、噂話が好きな口か」
「ええ、そんなところです」
「だが本当かどうかは分からねえぜ、母親が発狂しながら安倍晴明の娘だって叫んでいたって話なんだがな」
「その親子はどちらに居るんですか?」
「さあな、流浪で最近京に流れ着いてきた親子らしいからな……定住しているのかさえ分からねえ」
「あら、その親子なら知っているわよ」
それでも1日もすればある程度の情報は集まった。
同時に見知らぬ人間がいると言う噂も広がってしまっていた。流石に少し首を突っ込みすぎたかもしれません。でも、問題はありません。
空き家の一角を借りて休憩がてら情報を整理していく。
母親と娘の二人の親子。どうやら母親は精神を病んでいるのか発狂している事が多いらしい。
それとつい半年前に京に流れ着いた流浪の人間らしいのだけれど、どうにも身の振り方から母親は貴族の人間なのかもしれない。その事が余計に隠し子の信憑性を高めてしまっているようで安倍晴明も困っているのだとか。
そしてその親子はどうやら羅城門のあたりに住んでいる事がわかった。
羅城門、あの小説でも有名な朱雀大路にある門ですけど平安京の歴史の中で荒廃している時間の方が長い場所なだけあってこの時代でも既に無法地帯化していた。
そう言うわけで、私は早速羅城門の周囲に向かった。
羅城門周辺は灯りも殆どなく、所々に汚物の匂いや生物が腐ったような匂いがたち込める廃れた場所だった。
ボロボロになった塀と建物がいくつも立ち並び、そんな建物の中に身を潜めるようにして痩せてボロボロの服を着た人々が座り込んだり寝ていたりしている。
範囲を絞り込めたのは良いですけどここから探し出すのは至難の業かもしれない。何せ今の私は人間の少女。人を探していると言っても軽くあしらわれて終わりでしょう。
お役人とか男性だったらまだ探し出すのも簡単かもしれないけれどあいにく異性に化けられるほど私は器用ではありません。
結局名前も顔もわからない相手を僅かな手がかりだけで地道に探していく他なかった。
だけどそれも簡単にはいかなかった。
路地から出てきた身なりはボロボロの屈強な男二人組に腕を掴まれてしまった。
「おい、こんなところで何してんだ?」
「人を探していまして……」
制圧するのは簡単だけれど下手に騒ぎを起こすと容赦なく陰陽師に退治されてしまう。妖怪だとバレるわけにはいかなかった。となると妖力は使えない。私自身の力だけでどうにかするしかなかった。
「親分、みた感じそこそこ良い家のガキみたいですぜ。服を剥ぎ取ればそこそこの値がつきそうだ」
「いいな、本体も髪で鬘を作れば売れるし、なんなら身売りでもさせればもうちょっと金になるか」
ええ、世紀末過ぎるでしょ。まだ平安京はそこまで末期じゃないですよ。
でも身売り自体はそう珍しいことではない。
「離してくれませんか?大体こんな大通で堂々と誘拐したら足がつきますよね?」
「ならお望み通りにしてやるよ!」
腕を無理やり引っ張られて私は裏路地に連れ込まれてしまった。
裏路地は大通と違って塀に道の左右が囲まれていて余計に薄暗い場所だった。
「親分、こいつどうしましょうか。先ずは髪を斬りますか?」
「そうだな。だが間違っても傷つけちゃいけねえ。女子に傷をつけたら売値が下がる」
「そこは親分の交渉次第でしょうよ」
わあ、ゲスい会話。でも生きていくためにはそうするしかない。良心を捨てたからこそ生きていられる。でもだからこそ良心を捨てて畜生になったのであればその末路は悲惨なものにしかならないのよ。
「そろそろ離してくれませんか?」
「あ?ガキは大人しく……」
「
それでも男は離してくれません。良い加減腕が痛くなってきたので引き離しましょうか。
空いている右手で、左腕を掴んでいる男の手を握り返した。
ミシミシと骨が悲鳴を上げる音がして、男が苦悶の表情に変わった。
「うわああ!いででで!!!」
「お、親分!」
痛さに負けて男が手を振り解いた。
そのまま下っ端と思われる男に近づいて股間を思いっきり蹴り上げた。
つま先が何か柔らかいものを思いっきり突き上げたような感触がした。
「攫う相手を間違えましたね。まあ、少し人探しに付き合ってくれるのであれば見逃しますけど…」
私の問いかけに二人とも悶絶しながら頷いていた。
「母親と娘の親子を探しているのですが……」
男たちの後ろで何かが動いたような気がした。そっちに意識を向けると、一人の少女と目が合った。