「親子って…知らねえよ。そんなやつここにはごまんといるんだ」
背後に少女がいる事に気づかず、男たちは痛みに悶えながら喚いていた。どうやら嘘入っていないらしい。
手荒くやって余計に騒ぎを大きくする必要もないし、この二人は解放しよう。
「そうですか……では話はこれで終わりです。今後一切絡んでこないでくださいね。じゃないともっと痛い事になりますよ」
「「ヒィ!!」」
私の顔を見て二人とも情けない悲鳴をあげていた。なんですか?女の子の顔見てその態度は失礼ですよ。
クソ!とだけ言って二人の男は逃げていった。
なんだか情けない男たちだ。
しかし男たちが逃げ出しても少女はじっと私を見つめながらその場に立っていた。身なりはさっきの男たちとあまり変わらない。栄養もあまり取れていないのか痩せ細っている。
でもその瞳は子供の純粋さを保っていた。
こんばんわと声をかけると。少女は会釈した。少し警戒気味のようです。
「ところでそこのお嬢さん。人を探しているのですけど……」
さっきの男たちとの会話を聞いていたからなのか、少女はすぐに答えてくれました。
「私その子知ってるよ」
「あら、お友達だったかしら?」
「うん!」
なるほど、お友達だったのですね。
いつの時代も子供の純情さには救われます。
「何処にいるのか、案内してもらっても良いですか?」
昼間のうちにお店で購入した甘葛煎を塗った唐菓子を渡すと、少女はついてきてと一言言って路地を歩き出した。
平安京の裏路地は表の通りと違い細く無造作に入り組んでいた。
一応碁盤の目のように規律は取れているものの、建物や土地を無計画に分割したり結合したりしたせいか迷路のようになっている。
迷子になってしまいそうです。
そんな路地を勝手知ったる庭のように歩く少女についていく事五分。少女の足が不意に止まった。
そこは元々家があったであろう土地に身を寄せ合うようにして小さな掘立て小屋のような建物がいくつか並ぶ場所だった。
「ここにいるよ」
その建物のうちの一つを指差して少女は言った。
「なるほど……ありがとうございます」
「お姉ちゃんはあの子をどうするつもりなの?」
純粋な疑問だったのだろう。だけれどそれを聞かれて私は少し迷ってしまった。
「どうって……難しい質問ですね。でも悪いようにはしません」
嘘である。彼女には過酷な運命が待っているかもしれない。
私が彼女を連れていく事で少女とを引き裂いてしまうかもしれない。
その迷いを子供は敏感に感じ取ったのか少し顔を強張らせた。
「絶対ダメだからね。あの子を連れてくなら私も一緒に行くから」
「友達思いなのですね」
「私、お母さんが居ないの。それであの子が唯一の友達だから」
この貧民層で子供が生き延びられる確率は非常に低い。大抵は大人になれずに死んでしまうか人攫いに遭うか親に売り飛ばされるのが関の山。
だから子供同士の友情はすごく大切なものなのだ。
「そう、お父さんとは仲が良くないの?」
「お父さん、家にほとんど居ない。それに帰ってきても怒ってる事が多い」
娘にそう言われてしまう父親。親として失格ではと思いますが、だからと言ってその男を非難する事なんて出来なかった。
正直、自分ですら生きていくのに精一杯で子供の事など気にかけている余裕がないのでしょう。
男が悪いわけではない。ただ、環境が悪かった。ただそれだけ……
でも娘である彼女の姿を見る限り暴力には訴えていないようだった。それよりかは、多少なりとも親心があるのか、痩せていても最低限体の手入れはしているらしい。
だとしたら無闇に彼女も連れていくというのはどうなのだろう。
いや、この先彼女が生き延びれる確率はどれほどだ。私の見当違いで男がどうしようもないクズだったら?
可能性の天秤にいろんな要素を入れてみるけれど、結局その合理性と言う名の妥協は私の心を少しも軽くしてくれなかった。
それに何より、目の前の建物から伝わってくるその圧倒的な気配と流れ出る霊力に私の心は嫌でも警鐘を鳴らしていた。
妖怪としての本能が言っている。部屋の中の存在は、脅威だと。
確かにすごい力ですね。これほどの力を持っているのなら確かに安倍晴明の娘であると納得してしまうかもしれない。
「それじゃあ、私は帰るね」
「案内ありがとう。ところでどちらに住んでいるのかしら?」
「二つ隣の家だよ」
そう言って少女は暗い道を歩いていった。あ、名前を聞くの忘れていました。でも名前を聞こうにも、もう少女の姿は暗い路地の中に消えていってしまっていた。
一人残された私も当初の予定の通り、まずは少女の確認に向かった。
流石に正面から突入していきなり掻っ攫うなんて無策な事をするわけにもいかないので、建物の裏に回ってみる。左右が他の建物と密接になっているためか、裏側には唯一の明かり取り用の窓が設けられていた。
私の身長では届きそうにない。力を無闇に使うわけにもいかないので、近くにあった木の板や廃材を使って足場を作って部屋を覗き込んでみる。
窓ガラスなんてものはないので、窓からは頑張れば出入りができそうだった。
中では母親と思われる若い女性と、娘が寝ていました。
母親の記憶を視れたら細かい事がわかるのですが……
寝ている状態でも記憶は視れますが、どうしても観ているであろう夢の内容も混ざってくるのでノイズが大きくなってしまう。
ともかくやってみるしかなかった。
サードアイをこっそり服から引き出し、女性をその視界に捉えさせる。
どうやら夢を見ているわけではないらしい。ノンレム睡眠という状態でしょう。
心を読もうとすると深層心理まで読めてしまう無防備な状態。
だから娘に関する情報以外にもいろんな情報がサードアイに流れ込んできてしまう。
「あらら、発狂して……いや、妊娠している?」
真っ先に飛び込んできた情報は、彼女が新たな生命を宿しているということ。そしてその生命は人ではない。妖怪でもない。古い神格の慣れ果て……いえ、神格というより神として崇め祀られている存在によって引き起こされたこと。その結果宿した子が人でないと知りながら、娘よりその腹の子が大事であると思い込んでいること。
お腹の子が産まれ落ちたら、その子を育てるために今の娘を売りに出そうとしていること。
そしてその娘はといえば……
「父親は……安倍晴明本人と。元遊女ですか」
やはり安倍晴明の娘らしい。
と言っても当の安倍晴明は遊び人が妊娠して子供を作っている事に相当な迷惑を感じているらしい。
この時代の価値観と照らし合わせても貴族がそんな身分の低いものとの合間に子を宿すなど褒められたものではないのは確かだった。
確かに貴族間では割と性についてはおおらかと言うか結構好き勝手にしているところがありますけどあれはあくまで貴族同士だからだ。
結局父親である安倍晴明は少女の事を疎ましく思いながらもその才能をどこか認めているとこの女性は思っているらしい。
「あ……」
なるほど、売り飛ばす相手は晴明本人ですか。
後継者としては申し分ないですね。隠し子だという事を除けばですけど。
だとすれば、案外攫うためのハードルは低いのかもしれない。
でも流石に下手に攫ったら大火傷じゃ済まないのも事実です。
すでに愛はないにしても利用価値はあると大人たちは考えているようですし。
少し考えてみたけれど、穏便に済ませるにはふむ、少女に直接聞くしかありませんか。
そうして、方針がある程度私の中で組み上げられていった。