安倍晴明の娘は、その特異性からなのか、ボロい家の中にいる事が多かった。
母親はその心を凶器に取り憑かれながらも、表面上では普通の人間の営みをしようとしているのかその日の食事を得るために働いていた。
働くと言っても仕事があるわけでもない。女にできることといえば身売りが一番手っ取り早いのだろうけれど彼女にはそれをするつもりは毛頭ないようで、瓦礫だったりいろんなところから集めてきたものとか、なんか手作業で作ったものを道端で売っていた。
まあそんなわけで家に一人残される娘は、昨日出会った少女とかと遊んでいるのですけれど。
攫うのは案外簡単そうなんですよねえ。
でもそんな事をすると母親がどう出るか分かったものではない。
いくら覚妖怪であっても心を読めても行動を完全に読むことはできませんからね。
そして困ったときは直接尋ねる。結局話し合いが妥協点を探るのに最も適しています。
路上で商いをしている母親の元に向かうと、愛想笑いの一つもなく彼女は新入り?とだけ聞いてきた。
近いものですよと答えつつ、反応を見てみるけれどこの世の全てに興味がないような、今は腹に抱えているその人ならざる命に全てを向けている歪な愛情を持つ女性としかわからなかった。
「一つください」
竹で編んだ小さな籠を手に取ると、一瞬だけ女性の表情が強張った。
どうやら、私の目的も全部気がついているらしい。それなら直接本題に移っても大丈夫ですね。
「娘さんが居るんですね」
「貴女だったのね、嗅ぎ回っている女って」
「ええまあ、私自身は彼女に興味はないのですけどね」
「あの子は特別な子よ。貴女が何をしようとしているのか聞かないでおくけれど、やめなさい」
そう言いつつも女性の表情は変わらなかった。
「あら、母親なのに随分冷淡ですね」
「もちろん愛しているし大事な娘よ。でも、1番じゃない」
その言葉は、母親から出て良いものではなかった。咄嗟に心を読んで、それが本心からだという事を嫌でも理解してしまった。
「私にはあの子の力が恐ろしく感じるのよ。いくらお腹を痛めて産んだとしても……」
「それで、今の腹の子の方が大事ですか」
ですが今お腹に宿しているモノの方が私には恐ろしい。人ですらないのだ。まだ人でありながら類稀な力を持つあの子の方がマシだ。
「貴女は一体何と契りを結んだのですか」
「それを聞いてどうするの。貴女には関係ない……いえ、たとえ貴女が抵抗しようと彼の方は途方もない数の僕を連れているのよ」
そしてその繁殖方法が多種族との交配。まるでカッコウだ。
他の鳥の巣に托卵し、元の鳥の子を蹴落として親鳥を独占する、まさしく彼女を取り巻く環境はカッコウそっくり。
まあ、それはあの少女もそうなのでしょうけれど。
「別に私はあの少女を食おうとかそう言うわけじゃないですよ。ただ、然るべき場所で然るべき役割を果たしてほしいと言うだけです」
まるで詐欺師みたいな言い方だと言っていて苦笑しそうになってしまう。
今からやろうとしていることは一人の少女を幻想郷のシステムに組み込む、呪い。
「それは……あの子を生贄にするって事でしょ」
流石に鋭いですね。流石に教養があるだけあります。
「間違ってはいません。子孫代々ずっと……かどうかは分かりませんが」
「貴女にも悪い話ではないと思いますよ?少女を気にせず貴女は貴女の目的を果たせる」
腹に宿した呪いを産むも育てるも、いずれにしてもあの少女は障害になるでしょう。何せ腹のそのモノにとっては天敵なのですから。
それを薄々気づいているためか女性も顔を伏せて黙り込んでしまった。一番じゃないとはいえ流石に葛藤がありますか。
「今夜、羅城門のところに少女と来てください。来なかったら……意思なしと見て次の手に移りますから」
迷ってしまっている人の心は、こうやって無理矢理にでも選択肢を与えることで行動をコントロールできる。本当なら他にもいろんな選択肢があるのでしょうけれど、でも私が示してしまった二択で彼女はそちらへの思考を断念してしまう。
どちらに転んでも私はあの少女を手に入れると言うのにね。
ではさよならと有無を言わさず私は雑踏に紛れた。
夜の羅城門は荒廃した雰囲気も相まってこの世の終わりか、地獄のような雰囲気があった。
灯りは遠くの建物から漏れる微かな灯りと月の光りだけ。そのほとんど暗闇のような空間にぼんやりとボロボロになった羅城門が浮かび上がってくる。
時刻は、亥三刻。まだ夜更けというわけではないけれど灯りがまともにない時代。もう人間はほとんど寝静まっている。
夜明けまではまだ時間がある。そう思っていると、建物の影からスッと音を立てずに誰かがやってきた。
足音がほとんど立たない静かな足運び。時々貴族の人たちがこっそり動き回る時のものと一緒だった。
闇の中で向こうはまだ私を認識できていないのだろう。門のところまでまっすぐきては私を探して忙しなく周囲を見渡していた。
門の柱の影から顔を覗かせて、指先に小さな火を灯してようやく私を見つけてくれた。
「これが私の答えよ」
「そうでしたか。懸命な判断で助かります。私としても無駄な争いは避けたいですからね」
そして少女はといえば、ただ、私をじっと見つめていた。
少し斜めに構えているのか、私のことも母親のことも随分な事を考えているようだった。
でも見かけによらず早熟で頭の回転も早い。場所によっては神童と持て囃されるでしょう。
「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私はさとり。ただの妖怪です」
「梨花よ。この子は麗子」
「麗子ちゃんですか。良い名前ですね」
そう言って目線を合わせてみるけれど露骨に視線を逸らされてしまった。ちょっとだけショック。
「本当に良いのね?」
「私は構わない。大体母さんが私を厄介払いしたいって言うのは気づいていたし……」
なんか不思議な親子仲だ。二人とも嫌っているしもう愛想が尽きているのにそれでも確かに縁はある。
別れの挨拶もほどほどに、梨花と名乗った母親は踵を返して羅城門を後にしていった。
一度も振り返る事なく、迷いを断ち切ったようだった。
だけれど同時に、腹のモノは笑っているようだった。
本当にアレを放置して良かったのか、少し怖くなってきた。でもまあ、私以外にもアレの危険に気づくものはいるでしょうし問題はないか。
「では麗子ちゃん。いきましょうか」
「そういえばどこに行くの?」
「東にある。不思議な幻夢の世界」
彼女の手を引いて歩き出そうとしたところで、ふと背後から足音が聞こえた。
小さな足音。大人ではない。麗子と同じくらいの子供のものです。音のした方を見ると、そこには予想通り麗子と同じくらいの子供がいた。
「おや、貴女は確か……」
それは昼間に麗子達の家を教えてくれた、あの友達の子だった。
麗子の顔に驚きが浮かび上がっていた。
麗子にとっては母親より、彼女の方が大事な存在なのね。
それはあのお友達の方も同じなのね。
「貴女どうして!」
「麗子がお母さんと一緒に出かけるのが見えて……麗子が捨てられるんじゃないかって」
「危ないから帰りなさい。それと……私はもう……」
「一生会えないなんてやだ!私も連れて行って!」
言葉の後半は私に向けられたものでした。
それは紛れもない本心で、全てを捨ててでも生きていくと言う気概があった。
迷いはなかった。私も、今更一人くらい増えたところでと言う気持ちだった。
「ええ、良いですよ」
だから私は、妖怪にも人間にもなれない半端者なのだ。