「それで、一人おまけでついてきたのね」
庭でこいしと遊んでいる二人の少女を眺めながら八雲紫は私を睨んできた。
別に怒っている様子はなかった。ただ、どうも寝不足状態だったせいか目線が鋭くなっていただけのようだった。でもそんな事情を知らないお燐は私の隣に座って震えていた。
事の顛末を紫さんに伝えたのは、私がどうにか二人の子供を連れて京から妖怪の山まで帰ってきた次の週だった。
八雲紫の能力を借用すればすぐに着いたのでしょうけれど、無闇に使える力ではないし無駄が多くて私が疲れてしまうから全行程徒歩と私が引っ張る形で空を飛んでいたのだけれど、結果的にかなりの時間がかかった。
そのまま長旅を終えて疲れていた少女二人をどうにか休ませていたのだから紫さんへの報告が遅れたのも無理はない事だった。
「おまけがついてきたのは想定外だけれど……よくやったわ。褒美が必要かしら?」
「私は貴女の眷属でもなんでもないですからそう言うのは間に合ってます」
「でもそれだと私としても体裁が良くないのよね。無関係の妖怪をパシリにしただけになっちゃうわ」
確かにそれもそうだ。いくら自由奔放で他人をこきつかったりする妖怪の賢者であっても働きに見合う対価を示さないなんて噂が流れたらただでさえ少ない人望がもっとなくなってしまう。
だけれど紫さんに何かを要求する必要もないと言うか、平穏にこっそり暮らしていたいだけなんですけれど。
「そうですね……でしたら。たまには一緒に食事するとかどうでしょうか」
そんな私の答えに紫さんはきょとんとしていた。なんですかね、鳩が豆鉄砲喰らったような顔するのやめてくれません?私がおかしいみたいじゃないですか。
「食事の誘い?そんなので良いの?」
「もちろんですよ」
「面白いわね。普通なら金とか力とかそう言うのを欲しがるのだけれど」
「別に今の生活で困っていることはないですから」
元々私がそんなお金とか力とか欲しいと言う性格じゃないと分かっているのに。意地が悪いですね。
しかし本当に良かったのでしょうか。合意の上とはいえ人攫いのような事までして、まだ純粋無垢……とまではいきませんけれど純粋な子供を調停者に仕立て上げるなんて。
「それで、子供は連れてくることができましたけど、まだ子供ですよ?力の使い方も常識もないと思うのですが」
「これから育て上げていくのよ」
あっさりとそう言う紫さん。
「誰が育てるんですか?まさか紫さんが?」
「もちろんよ。私が育てた方が色々都合がいいでしょう」
それはそうですけれど、紫さんが子育てをすると言うのが全く想像できない。
「変な事考えているでしょう?」
「いえまあ……なかなか想像できないので」
「わ、私だって子育てできるわよ」
不安だ、不安しかない。
「まあみていなさい。五年後が楽しみね」
そう言って紫さんは庭に向かった。子供を引き取るつもりらしい。そういえば残った方の子供、梨紗はどうしましょう。連れてきてしまった私が育てるのがスジなのでしょうけれど麗子と違い彼女は一般人。妖怪と居て、育てられていいわけがない。
ここまでくる道中で多少なりとも人なりは知れているから余計にそう感じてしまう。
彼女はかなり好奇心が強くて、お転婆。しかも魔力とか妖力とかにあまり体が抵抗しないタイプだから妖怪の近くにいるとそれだけで半妖になっていってしまうし魔力の強いところにいたらすぐに魔法使いになってしまう。
けれど連れてきた手前このまま放置するわけにもいかないし。
でも人里に渡しても座敷童状態でしょうし。
「さとり、何を悩んでいるんだい?」
気がつけば腕を組んで瞳を閉じてしまっていたらしい。心配したお燐によって思考の坩堝から逃げ出すことができた。
「あの子……梨紗の事でちょっとね」
「ははん、育てる自信がないんですね」
付き合いが長いと普通に心をよんでくるわね。以心伝心って事かしら。
「よく分かってるわね。妖怪と一緒に過ごしたらあの子は半妖になってしまうし、かと言って里に連れていっても真っ当に生きていける確率は低い」
「せめてもう少し大人ならってところですねえ」
「困ったわね。あの子の判断に任せるって言うのは、ただの責任逃れにしかならないもの」
彼女がどうしたいか。それに従うと言うのは簡単だけれど、でも相手はまだ子供だし、十年後二十年後にその選択に後悔がないように選ぶなんて子供にとって荷が重すぎる。
「さとりは少し優しすぎるんじゃないかな。ちょっとは我儘でいいと思うけど」
それでも私は気に病んでしまうのよ。
「そうかしら?お燐だったらどうする?」
「あたいだったらですか?まあ…半妖になってもいいから育てますけど。生きていればどうにかなりますし」
「貴女らしいわね」
生きていればどうにかなるか……なるほど、確かにそう考えられるのであればだいぶ心も落ち着く。
でも時の流れの中で取り残される側になってしまうその辛さに彼女は耐えられるかしら?
それもまた生きていればなんとやらかしら。そこまで気楽に考えられたのならどれほど良かったでしょう。
「でも子供なんて教育したことないけれど大丈夫かしら」
「そんなの、あたいもこいしも同じですよ」
それもそうかと納得しかけて、大丈夫なのかどうか不安になってきた。でも梨紗も物事の分別がつく年齢だ。赤ん坊から育てるわけじゃないからなんとかなるだろうか。
「兎も角あの子に聞いてみるしかないわね」
先に庭に出ていた紫さんは、縁側で麗子の隣に座って何か話し込んでいた。
こいしも梨紗に何かを話していたらしいけれど私を見つけてすぐに駆け寄ってきた。
「ねえ、お姉ちゃん。この子、家に迎えても良いかな?」
こいし、すでに情が移っちゃっているのね。まあ私の妹だから考え方も似るか。
「奇遇ね、私もその事を話そうと思っていたの」
「やった!良かったね梨紗」
こいし?まだ何も言っていなわよ。
「言わなくても表情見ればわかるよ」
そんなに私の表情ってわかりやすいかしら。表情筋が仕事しないから結構わかりにくいと思うのだけれど。
「でも条件があるわ。私達は妖怪、彼女は人間。超えちゃいけない壁があるの」
流石に無条件で一緒に住もうと言うわけにはいかないわよ。
だから梨紗も、ちょっとだけ話を聞いてね。
「少なくとも成人って判断される年まで、それ以降は……人里で人として生きる事。私達とは関わっちゃダメ」
正直突き放すようになってしまうけれど子供のまま里に押し付けるよりかはマシだ。それに大人と判断される年齢ならそれなりに選択の自由もある。
「梨紗、分かっていると思うけど私たちと一緒にいたらそれだけで人間からは後ろ指を刺されるし、それに貴女の体にも良くないのよ」
「分かってる。分かっているよ。さとりさん」
「こいしも、異論はないわね」
「う、うん……分かった」
それともう一つ大事な事がある。あの羅城門で梨紗を連れて行こうと思った一番の理由。
「後は、麗子を支えてあげて」
「え?」
「あの子がこれから引き受ける役目はある意味死より重いものよ。だから貴女は、親友の貴女だけは彼女の味方でいて」
遠い土地でただ一人、望まない力で望まない役割を与えられるのだ。彼女に決定権はない。奴隷のようなものだ。
だからこそ、一人でもいいから味方が必要だった。これは私の身勝手なエゴだ。独りよがりの独善だ。
だけれどこれしか思いつかない。
「断るわけないよ。だって麗子は私の友達だから」
「ありがとう。それじゃあ、これからよろしくね梨紗」