その年の冬は、雪が多く降り続いた。
普段より道も家の周りも雪が積もって、朝起きて最初にやることは雪掻きばかり。
当然それはこいしと、お燐と梨紗の受け持ち。私は火を起こして食事を作るのがメインだった。
というのもまともに食事を作れるのが私しかいない。
二人に食事を任せるとかなり野生的な食事になってしまう。
私はそれでもいいのだけれど梨紗がいる手前そういうわけにもいかなかった。
というわけで梨紗が来てから食事作りは私の担当で固定されていた。
もちろん練習のために毎日一回は梨紗と一緒に食事を作る。家事のスキルはあって損は無いから。
そういうわけで、外に響く喧騒を聞きながら手を進めていると気づけば日が昇ったのか外が明るくなっていた。
勝手口から外を見るとちょうどこいしが近くにいた。
「そろそろご飯ができるわよ」
「本当?もうお腹ぺこぺこだよ」
「それじゃあ二人を呼んできて」
「はーい。あ、そういえば今日の朝ごはんは何?」
「あまり変わらないわ。この前紫さんがくれたソーセージっていうのを焼いてみたから食べてみる?」
「油っぽい匂いがしたのはそれかあ。分かった、呼んでくるね!」
妖怪と人間の奇妙な生活は、最初こそ互いに気を使ってしまいギクシャクしていた。でも慣れというのは恐ろしいもので、一週間もしないうちに馴染んでしまっていた。
最初から妖怪だったお燐を除けば私もこいしも元々は人間ですし。生活リズムや習慣も人間のそれに合わせていたのが幸いでした。
これが天狗とかだと見た目は文化的生活ですが、実態は昼夜逆転超厳格な階級社会と並の精神じゃ保たない。
適度に自由でのびのびしている方が人間ちょうどいい。
それに麗子とも週二くらいの感覚で遊ばせている。
でも食事を終えて片付けを終えると冬は時間を持て余してしまう。
洗濯は今日はお燐の当番だから寒いけれど川に洗濯をしにいったものの、それ以外のことでは雪に閉ざされてあまりする事もない。
人間だと内職して外貨を稼いだり食料の採集をしたり薪を作ったりするのでしょうけれど、そこは妖怪。力を使うとすぐにそれらが終わってしまう。
そうなってくるとやることといえば梨紗に勉学を教えるくらいだろうか。
幸い私もこいしも読み書き算盤はそれなりに出来る方でしたし私は前世知識で多少なりとも色々教える事ができた。
「あの、さとりさん。どうしてロージャは超人思想なんて持ってしまったのですか?そもそも超人思想ってなんですか?」
炬燵に脚を入れて私が作り出した書籍を読んでいた梨紗が尋ねてきた。彼女の真上では乾燥中の干し柿が小さく揺れていた。
「そこね。超人っていうのは簡単にいうと天才的な頭脳だったりを持っているもの。賢者って言った方がいいかしら。多少の悪行は大義のためには正当化される。その大義を持つものが真の天才でありそれを持たない者はその天才に従えっていう考え方よ。賢者政治や宗教国家の根底にあるのもこの思考よ」
だいぶ難しいかしら。
「社会的にいえば罪を犯したなら罰が必要であるが、法を超えるような天才であればそれは罪にならない。なぜなら結果的に犯した罪によって全体はより良い方向へ向かっているから。というのがこの思想の重要なところね」
街で一人殺せば殺人犯だが戦争で百人殺せば英雄と同じようなものね。
「具体例を挙げるならどんな時でも絶対に動物を殺してはいけないっていう掟がある村に狼が攻め込んできた。このままじゃ家畜が食べられて冬を越せない。そこで一人の男が狼を殺して撃退しました。この場合掟を破ったのだから罪になり罰を与える必要があるけど、実際には村の存続を守り大勢を救ったのだから不問にされる。これが一番近いかな」
こいしの説明で梨紗は納得がいった様子だった。
「ロージャがそれに取り憑かれてしまったのは、貧困状態と学問からの追放による心理的負担と自分自身がその研究をしていたからって言うところね」
「ふうん……変な考え方。まだお金とか物々交換で回している方が楽しいなあ。そう言う時ってたまに珍しいものが手に入ったりするらしいんだよね」
「商人に向いているんじゃないかしら」
「お父さんが元々商人だったんだ。赤ん坊の頃かな、なんとなくお父さんの商いの時の姿を薄ら覚えているの」
でもさとりさんが見つけてくる海の向こうの遠い国の本って面白いね。文学っていうんだっけ?
え、ええ……そうよ。
言えない。未来の文学ですなんて言えない。
そう思っていると、玄関の扉が開く音がした。最後まで開けきらない扉の音と、少し小さな足音。洗濯に行っていたお燐が帰ってきたようだ。
少し焦っているのか息遣いが大きい。それに廊下もかなりの音を立てて走っている。
やがて部屋の襖が勢いよく開いた。けれど梨紗を見て心配をかけさせないようにしたのか私だけを連れ出すように呼んだ。
「さとり、ちょっといいかな?」
何かあったらしい。こいしに後を任せて様子を見に行くと玄関のところに洗濯物を入れた籠と一緒に小さな黒い塊がいた。
どうやら鴉らしい。羽はぐっしょりと濡れていて体温が下がっているのか体が小刻みに震えていた。意識がない状態なのか心を読む事ができない。
「この鴉はどうしたの?」
「実は洗濯中に上流から流れてきてね、まだ子供っぽいし水を飲もうとして流されたのかな?」
それで慌てて連れ帰ってきたわけね。水に浸かっていたせいで体温が下がりすぎているわ。
それに薄らと血の匂いもする。
「脚に怪我をしているわね。手当てするわ。お燐は布を持ってきて」
寒い玄関に置いておいたら余計に体温が下がってしまう。すぐに炬燵の側に連れて行かないと。
「お姉ちゃんどうしたの?」
「さとりさん?どうしたのですか?」
こいしと梨紗が出てきた。
「怪我した鴉よ。体温低下がひどいからコタツのところで温めるわ。こいし、救急箱をとってきて」
「さとり、毛布持ってきたよ」
お燐から受け取った毛布で鴉を包んで、炬燵の側に降ろす。
そのまま怪我をしている脚を毛布から出して、傷口を観察。
切り傷ができていた。水に浸かっていたせいか傷口自体は綺麗そうだった。泥も付着していない。
こいしが持ってきた救急箱から消毒用の濃いアルコールを振りかけて消毒し、当て布をして患部を保護。
こういった傷は出血とかよりも傷口からの感染症で命を落としたりする事がほとんどだから後は体を温めてあげて免疫力を高めるしかない。
「お姉ちゃん、鴉さん大丈夫そう?」
「分からないけど今はそっとしておきましょう。私が見守っておくからみんなは気にしないでね」
鴉といえど命であることに変わりはない。このまま放っておいて死んでしまうのは後味が悪い。
「動物でも助けるんですね」
救護を側で見守っていた梨紗が鴉を見つめながら言った。確かに人間からしたらただの動物。助ける必要は無い。
「ええまあ、意外かしら?」
「意外です。妖怪ってもっと残忍かと思っていました」
「妖怪によるわ。人間だって残忍な人もいるでしょう」
妖怪顔負けの、悪魔みたいな所業をする人間も普通にいるくらいだから妖怪だって十人十色よ。
「そうですね……すいません。変な事聞いてしまって」
「気にしないで。こうやって疑問を持つことは良いことよ。大事なのは常識にとらわれず常に探究心を忘れない事だから」
さて、少し休憩したらまた勉強に戻りましょう。新しい本もいくつか作り出した事だし、せっかくだから理科の実験をするのも良いかもしれないわね。
何せまだ時間はあるのだから。