子供は風の子元気の子という言葉がこの時代にあるのかは分からない。
ただ、梨紗はそんな言葉とはかなり対極に位置する子だった。
外で遊ぶことをあまりしない。降り積もった雪を見ても雪合戦はせず、部屋の中で時間を潰すことのほうが好きだったし、雪が溶けて桜が咲く時期になってものんびりとお花見をして過ごしていた。
それでも年齢相応の好奇心はあるからか、怪我から回復した鴉と戯れて家の中で遊んでいたし、書物を片っ端から読み漁っていた。
そんな子供の面倒を見ていると、時々こいしが嫉妬してきたりと意外な感情を見せてきたりしていた。感情の是非は兎も角彼女にもいい刺激になっているらしい。
そうして日々を過ごしていると、結構な頻度で彼女がやってきていた。
不定期であったが、今日もまた彼女はやってきた。
「お邪魔するわよ」
紫さんの声が縁側から部屋に響いた。縁側が彼女にとっての玄関で、私にとってもそれがどこか当たり前になりつつあった。
ちょうど暇していた私が縁側を覗くと、隙間が一つ開かれていて、そこからするりと紫色のドレスを着た紫さんと白と赤の巫女服に身を包んだ麗子が縁側の愉快降り立つところだった。
「紫さん、それに麗子ちゃんも。いらっしゃい」
生憎梨紗はこいしと一緒に人里にお遣いに行ってしまっている。
それを伝えると麗子は少し悲しそうにしていたけれどお燐を見つけては目敏く絡みに行っていた。
「今日は遊びに来たのですか?」
「たまには息抜きも必要でしょう。まあ貴女に少し相談事があったのもあるけどね」
そう言いつつ紫さんは机の前に座り、無言でお茶をせがんでいた。
淹れたばかりのお茶が運良く手元にあったので、それを注ぎながら私は紫さんに尋ねた。
「それで、彼女……麗子はどうですか?」
「驚くほど優秀よ。技術の飲み込みも早いし、何より応用が得意ね」
どうやら力だけでなく才能も親譲りらしい。安倍晴明が知ったら後継人として奪いに来てしまわないか心配になりますが、まああの狂信的な母親がいるうちは大丈夫か。大体あれと同じ腹から生まれた子供などいくら安倍晴明でも縁起が悪いと思うでしょうし。
「なるほど、貴女にとっては順調と言ったところでしょうか」
「ええ、順調ね。あと三年でなんとか幻想郷も形にできると思うわ」
幻想郷の要があと三年ですか。早いような短いような。しかしこんな大事な役割をいくら支援があり予備や不測の事態に備えた対処法があるとしても背負わせることになるなんて。
あの子に恨まれても文句は言えませんね。
でも同時にほっとしている私がいるのも事実。
「そうしたら今の私の役割も無くなりますし、気が楽になります」
「あら、さとりには彼女のバックアップをしてもらおうと思っていたのだけれど」
私をそんなとんでもないところに放り込もうとしていたんですか⁈
一瞬お茶を吹きそうになってしまう。寸前で無理に飲み込んで抑えつつ、どうにか心を落ち着かせる。
私はさとり。原作で言えば嫌われ者で割と自尊心が高い存在だ。
地底の主人はまあ原作通りだからしますけれど、博麗の巫女のバックアップなんてやる立場にない。
紫さんには悪いですけれど絶対にお断りです。
「冗談も程々にしてくださいね。そろそろ隠居でもしようかと思っていたのですけど」
ついでに地底世界の話でも転がってきませんかね。旧地獄とか。やはり閻魔さんに聞くしかないでしょうか。
「あら、つれないわね」
紫さんもまだ本気ではないらしい。心は読めなくてもなんとなく雰囲気で伝わってくる。
私が乗り気じゃないと見るや否や紫さんはすぐに話題を切り替えた。
彼女が本当に話したがっていた事はその事だった。
「ならこの話はどうかしら?河童達が解析している月の技術。もっと欲しくないかしら?」
月に、正確には裏側の月に行く手段の事を言っているのだと言う事はすぐにわかった。
月に関する事は私は何も言っていない。迷いの竹林に隠れて行方をくらました輝夜や永琳さんもおそらく紫さんに教えるはずがない。
事情を知っていそうなのは藤原妹紅くらいだけれど、邪神のような神様に魅入られて不老不死の呪いをかけられたであろう彼女も今どこで何をしているのか分からない。
だとすると自力で裏側の月に行く方法を見出したのでしょうか。さすが隙間を操る妖怪。
「月面侵攻ですか、十中八九失敗する未来しか見えないのですが」
と言うか確定で失敗するだろうし痛い目を見るのは確実。
別に紫さんがそれで痛い目見るだけなら自業自得ですけれど、巻き込むであろう他の妖怪はどうなのですか。知らなかったと言わせませんよ。
最も、私だって月の使者の肉壁とするために大勢の人を、妖怪を犠牲にした。その罪は一生消えずに私の中に残り続けるし今でも時々悪夢として見る。
私はただ、そうあれかしと唆しただけに過ぎない。そう言い訳してしまうのは簡単だ。だけれど輝夜や永琳さんのために私は大勢を犠牲にした事実は変わりはない。
「貴女そんなに悲観主義者だったかしら?」
「事実を言っているだけです」
「それが月の使者と対峙した感想?」
「ええ、大勢が犠牲になりましたからね」
それもほとんど私が煽ったせいで。
「月の事を知っている子がいると有り難かったのだけれど、仕方がないわ。無理強いをするつもりはないし」
あっさりと引き下がった紫さんだったけれど、諦めている様子はなかった。
「……本当だったら私は貴女を引っ叩いてでも止めるべきなんでしょうね」
その言葉に紫さんの体がぴくりと跳ねた。
「本気かしら?私に楯突くつもり?」
「私が騙して殺した大勢の事を考えれば、貴女と敵対する事になっても止めるべきなんですよ。悪い事は言いません。考え直してくれませんか?」
月なんて関わるだけ碌な事にならない。それを知らない彼女ではないはずだ。
でも紫さんにも意地がある。
考え直すつもりはないらしい。
「そうね……貴女とは良き友人だと思っているのだけれど。ここは白黒はっきりつけておいた方がいいかしら?」
「友人だからと言ってイエスマンとは限りませんよ。それはそれとして白黒つけておくのは賛成です」
白黒はっきりつける。つまり決闘という事になる。
どうにも血の気が多いというか妖怪というのは困ったらこうして武力に頼るところがある。
「分かっているわ。別に勝ち負けがついたとしても貴女との友情がなくなるなんて事はないから安心して」
まあ、話し合いより簡単で手早いというのはあります。でも賢者とあろうお方が力技ですか。
困った。勝ち目が見つからない。大体弱小妖怪の私が妖怪の賢者に勝てるのだろうか。能力だって反則級な相手なのに。
しかしやるしかない。
「では家の中では危ないですし、場所を変えませんか?」
「そうしましょう。ちょうどいいところがあるのよ。案内するわ」
そう言って紫さんは私の足元に隙間を展開した。床という重力への支えを失った体が自由落下に移った。
直後に瞳が閉じたり開いたりしている暗闇が視界いっぱいに広がって、そのまま体が浮遊感に包まれる。
すぐに出口の隙間が開かれたのか異空間の中に現実世界の光景が広がった。
足裏に確かな地面の感触が伝わってきた。
そこは雪が降り積もる人気のない草原だった。
周囲には木もなく、雪がなければ原っぱが広がっているだろうと思える空間だった。
「周りに人家もないしここなら思う存分戦えるわ」
「なるほど、でも決闘ならルールを決めるべきではないですか?」
「そうね……なら一撃。死なない程度の一撃を先に相手に与えたら勝ちでどうかしら」
まあ勝てる気はしませんけれど最初から負ける気で戦うというのも良くない。
それに一撃加えれば良いのだ。私にだって勝てるかもしれない。
「では始めましょうか」
一陣の風が戦いの始まりを告げた。