八雲 紫という妖怪を私は少し勘違いしていた。
この少女。想像以上に捻くれていて面倒だ。
この世界の妖怪も人間も捻くれてて結構面倒な内面が多いというのに、八雲紫もその例に漏れずという事ですが、まさかこうして戦うとなった時に分かってしまうとは。
放たれる弾幕を紙一重で回避しつつ、隠す必要がないサードアイで堂々と心を読んでみれば、意外なほど心を読み込むことが出来てしまった。
どうやら戦いの最中は普段のような心を読ませないようにするところまでは出来ないらしく、表層的な考え。この後の行動はよく視えた。
戦いと止めて集中すればもう少し奥まで入り込めそうですが、そんな事をすれば死角から執拗なまでに放たれる弾幕に絡め取られてしまう。
八雲 紫という妖怪のポリシーなのか、なるべくその場を動かず、そしてその身を汚さずに戦うのを良しとしているようで私はなかなか彼女に近づけないでいた。
実際隙間を操る力をフルで使えば、距離という概念は彼女は無視できる。だから近接での戦いだろうが遠距離での戦いだろうが彼女にとって違いはないのだろう。
そして同時に断片的に視えてしまう彼女の本心。
月を襲撃する理由。幻想郷に流入する有力な妖怪の数を減らし、人間と妖怪のパワーバランスを整えるための石敷。それと自分に敵対するものの排除。
当然そんな事をする彼女の本心は穏やかじゃない。むしろ自分自身に対する嫌悪感が出ている。
本質的に八雲紫は善なのだろう。
内面は致命的に妖怪には向いていない。それでも与えられた役目だからとその使命を全うしようとしている。
妖怪の賢者として幻想郷を創り、安定して繁栄するためには必要なのだろう。
「……ッ!!」
もう少し深く、彼女のことを知ろうとして、体を何かが掠めた。サードアイに意識を向けすぎていて、弾幕の罠に囲まれていたのに気づくのが遅れた。
無意識のうちに体が警鐘を鳴らして動きを緩めたから回避できたもののそうでなければもろに喰らっていた。
結界を張ってどうにか残りの弾幕を防ぎつつ、もう一度八雲紫を見れば、その口元は歪んでいた。
いつもの笑顔を作ろうとしてそれが出来ていない。
ああ、心を読んだことがバレているのか。だとしたら私も隠す必要はないか。
「気に入りませんね」
「何が……」
「結局貴女は妖怪を犠牲にして妖怪と人間の楽園を作ろうとしている。それが気に入らないんです」
「なら、あの頑固で残忍な彼らに今すぐ叡智を授けてみなさい!」
「そんなものは不可能です。ですが事を急ぎすぎなんですよ」
大体そんな残忍な妖怪達なんてそのうち悪評が広まって人間に対峙されるのがオチだ。
だから放っておいてもそのうち減っていく。
だから紫さんは急ぎすぎなんです。第一妖怪は人間によって退治されなければならない。
まあ、だからと言って妖怪や怪異の類が居なくなってしまうかと言われたらそう言うわけではないですけどね。
妖怪は時代によって姿形や呼称を変えて生まれてくる。
凶悪かどうかも様々ですけれど妖怪とは、怪異とはそう言うものなのだ。
その度にその時代の人間達が退治をする。そう言うものなのだ。
その中で幻想郷の立ち位置を定めるとしたら……それは中立。
そのための博麗の巫女なのだ。
「そんなの!!」
最もそれを一番わかっているのは八雲紫本人に違いありません。
「博麗の巫女は幻想郷を守る、そのためのシステムとして生み出したのは貴女でしょうに……」
そのためにわざわざ攫ってきたのだと言うのに。人としての優しさを殺して、都合の良い生贄とする。そう決めたと言うのに、紫さんは今になって……
「御免なさい。あの子を守るためでもあるの」
それは明確な、親心だった。
心なんて読まなくてもわかる。わかってしまう。
親心ができてしまったが故に、紫さんは彼女に余計な負担を負わせたくないと考えてしまったのだろう。紫さんも結局は感情のある生き物だと言うことだ。
私への攻撃がいつの間にか止まっていた。
「分かっているわ。あの子は博麗の巫女として……でもだからこそ死なせるわけにはいかないのよ」
「私達が常にサポートできる訳でもない……ですか」
いつでも彼女が危ない時は助けられる。そんなものはただの思い上がりだ。
「分かっているじゃないの」
「人は脆いです。でも、貴女は彼女を信じきれていない!」
私も別に大丈夫だと根拠なく思っている訳ではない。だけれど紫さんのそれは過保護すぎる。
大体彼女の脅威になるからと言って他の妖怪を排除して良い理由にもならない。でも、そう思ったとしても私だって気持ちは紫さんと同じだ。だけれど、倫理観というか、私の心がどこかでそれを間違っているとも思っている。
だから私は止めなければならない。
地面を蹴って飛び出した私を捉えようと弾幕が展開し、回避した先に隙間が現れる。
その隙間に飲み込まれる直前で体を無理に捻って強引に隙間を回避する。あまりにも無理に動きすぎて体の一部が悲鳴をあげている。
痛覚は感じなくても、頭でそれを理解している。でも止まるわけにはいかない。
動かないでいる紫さんとの距離はあと体一つ分。
私も弾幕を生成して撃ち出すものの、ゼロ距離に限りなく近いはずのこの距離でさえ、直前に展開された隙間に弾幕が飲み込まれてしまって当たらない。
真正面からでは彼女の能力で殆ど攻撃が無効化されてしまう。
「もう諦めなさい。私は貴女に負けないわ」
体をほんの少し捻って紫さんが私を躱わす。
接触上等で飛び込んでいたから、少し肩透かしを食らった気分だった。
でも紫さんは今私の体に意識が向いている。
それを見逃すわけにはいかない。
それに隙間を使えるのは紫さんだけじゃない。
「想起!」
「……!」
私の目の前に、紫さんの隙間を想起したものを展開する。それはちょうど紫さんの頭上に開いていて、咄嗟のことで意識がそちらに向くのに少しだけ間が空いた。
そのほんの少しの遅れを逃さず、弾幕を隙間越しに紫さんの頭上に放った。
落下する桃色と紫の二重螺旋のような構造の妖弾は、しかし彼女に当たることはなかった。
紫さんの手に握られた小さなお札。それが妖術を跳ね返す結界の札だと気づいた時には私の体は無数の隙間から飛び出した鎖で拘束されていた。
力を入れても鎖はびくともしない。いくら隙間の想起で力を消耗しているとはいえ、鬼と同じくらいの力を無理やり引き出しているにも関わらずだ。
「剥がせない?」
「力では引きちぎれないわ。それは妖怪を封じるためのものよ」
危なかったと言わんばかりの感情を持ちながらも、紫さんは笑顔を崩していなかった。いつも通りの貼り付けた笑顔。
「こんなもの……よく持っていましたね」
「幸か不幸か陰陽師の知り合いは多いのよ」
そう言いつつ、紫さんは腕を振り上げた。
私はもう逃げられない。完全に詰んだ。
「だから言ったでしょう。私は負けないと」
「そう……でしたね」
だけれどここで負けても、死ぬ訳ではない。なら紫さんを止める方法はまだあるはず。
だけれどそんな私の思いは、彼女にはお見通しだったらしい。
貴女には少し眠っていてもらうわ。
そうしないと敵対してでも止めにくるでしょう?
そんな紫さんの心の声が最後に視えて、私の意識は強制的に暗転させられた。
意識そのものが沈んでいく。意識の接続点をいじられて強制的に寝かされたのだと気づいた時には、もう思考の殆どは使い物にならなくて……
浮遊感がずっと続くような感じで、私は眠りにつくことになってしまった。