妖怪の山とは言え、人の生活圏に存在する場所である以上人と妖怪の双方が遭遇する確率は高くなってしまう。
しかしそれでは人間側がいずれその場所を居住に向いていないと判断し他所に移られてしまうかもしれない。人間がいなければ存在ができないという致命的欠陥がある妖怪にとってもそれは死活問題だ。
なので掟を作ったのでしょうけれど、それでも山に入るというのは人間にとって難易度の高い事だ。行かなくて済むのなら行かない。
そういう心理が里全体に働くと妖怪の山に立ち入るのは自然と死んでも惜しくない人間。
まあ流れ者か罪人だ。
今回はそんな人間の心理を利用することにした。
他所から来た流れ者を装い人里の中に居ながら、合法的に柳さんと連絡がとりやすくする。それと掟を破る者にとっても私は好都合な獲物に見えるでしょうね。
だから私は、人間の姿で山に入った。
人に擬態するために髪色を変化させ、力も隠してしまえば見た目はただの人間だ。
山に自生するキノコは、人里の人間にとって貴重な食糧源になっている。
これを採取するため、まあそれに関してはボチボチ進めるとして、柳さんは私の予想通りに会いに来た。
やはり風の靡と共に柳さんは現れた。
「大胆な事をするのだな。それで黒幕を誘き出そうって算段かな」
「それもありますけど、まあそのためにはこちらも対処できるだけの情報が必要です。それを集めるためにも人里に入りました」
「そうか、予想はついたのか?」
「ええまあ……聞きますか?」
少し間をおいた。正直これに関しては私は状況証拠からある程度的を絞ったに過ぎない。個人までは特定できなかった。そもそも個人を特定できるほどまだ妖怪たちを知りませんし。
「ぜひ聴きたいものだ」
「まず、最初に行方不明になった人から数えて四人ですが、流石に情報がなさすぎるので省きます。ですがこれらが全て同一人物、あるいは複数人によるグループだったと考えても相当に狡猾です」
全員、里に住む人間の中では居なくなっても誰も気に留めない存在だ。
そのせいで発覚は遅れたし、捜査をしようにもいつから居なかったのか皆あやふやな証言しかできなかった。
狙ってやっていたのでしょう。ですが山で攫わず人里の中で人攫いを行える条件を考えてみると意外と候補は絞れます。
まず人里に侵入してから人を攫うまで短時間で行う事ができる俊敏性。
まさか里の住人全員を催眠で操るなんてしないでしょうし俊敏性がある存在なのは確定です。
だとすると妖怪の山の中でこれに当てはまるのは、鬼と天狗と、後は河童。勿論狡猾で人間のように考える思考を持つ存在に限りますが。
「そして人を攫った状態では里の出入り口は使えない。人里の中で喰べた可能性もありますが、それだったらそれ相応の証拠を人間達が見逃すはずはありません」
「血の匂いに晒されていないが故に、血の匂いに敏感というわけか」
「そういう事です。そして里の出入り口は門番は一応います。彼らとて無能ではありませんから。やはり意識の範疇を超えたところ……そうですね、空を飛んでいったとか」
「空が飛べる妖怪……それも普通の飛行程度ではないな。見張に見つからないほどの大空を自由に、そして自在に飛べる存在でないといけないか」
「そしてその条件に当てはまるのは……」
「待て、その先は言わないでくれ!」
柳さんの顔には認めたくない事実を見つめてしまった人特有の苦悶の表情が浮かんでいた。
「……分かっているでしょう。柳さんだって最初の段階で検討したのではないですか?」
そもそも白狼天狗の哨戒というのは余所者が支配地域に侵入していないか以外にも天狗の掟を破るものが居ないか、それを監視する役割も持っている。
心を読んだ今だから分かる。柳さん達白狼天狗の哨戒は実に鋭い。はるか未来の世界一の警察と呼ばれた組織と同じくらいの能力がある。
そんな彼らを差し置いて掟を破り、捕まらないとするのならそれは天狗の手口を事細かに知っている存在だけです。
でも柳さんはその事実から目を逸らした。
「仲間を裏切れないのは分かりますけど、盲信するのとは話が違いますよ」
「しかし証拠が……」
「見つけてきましたよ」
4人目の行方不明者が住んでいた場所のすぐそばにありました。
他の3人のところは既に他の人が住んでいて清掃されてしまっていたか、人手不足解消のために家々を転々とする孤児の童だったりで証拠は残っていなかった。
だけど4人目の住んでいたところは里の外れにあって、新しい人が住み着かないでいた。
痕跡を残さない事に抜かりはなかったのでしょうけれど、慣れによるボロが出たとでも言いましょうか。
まあその後から行動がエスカレートしている事を考えると人の味が病み付きになっているのでしょう。
飛び上がった時に自然と抜けた羽が、建物の扉の端に引っかかってました。
和紙に包んで持っておいたそれを柳さんに渡した。
受け取ったそれから和紙を剥いで中身を見た柳さんの瞳には何が映っているのでしょうかね。
「これは……鴉の羽?」
「ええ、ですが鴉の羽にしては少し硬いですし、それに妖気を帯びています」
考えられる可能性は二つ。鴉天狗の羽か鴉が妖怪化した存在。ですが後者は総じて知恵は低く本能的に生きる存在だ。狡猾な事は出来ない。
そして天狗の中でも羽が外見の特徴に現れているのは鴉天狗、大天狗、そして天魔だけだ。
掟を定めた本人であり常に周囲に配下がいる天魔自身がそんな事をするなんてあり得ないし、大天狗も似たようなものだ。
地位が高い存在はそれだけで自由な活動が制限される。
「だから自由に動けて、天狗の監視を潜り抜けられる鴉天狗が今回の一連の事件の黒幕だと判断したわけです」
「……本当に、そうなんだな」
「状況証拠だけですけれどね、その羽だって証拠能力はありませんし」
だから柳さんが鴉天狗を特定できたとしても言い逃れをするでしょうね。そうしたら真相は永遠の闇の中。それに鴉天狗は白狼天狗よりも地位は上何でしょう。だとしたら余計に真っ向勝負は不利ですよ。
多分柳さんに勅命を与えたであろう大天狗に報告すれば何かしらの対応はしてもらえそうだし、大天狗としてもそれを望んでいるのかもしれない。
でも、項垂れる柳さんをこのままにしておくわけにもいかない。
だいたい、私もこのまま放っておくのは良心に反する。腹の虫も収まらない。
「だから柳さん、ここは一つ、狩をしませんか?」
「狩とはまた物騒な……」
私の言いたい事を察したようで、言葉と裏腹に柳さんは笑っていた。柳さんもいい性格していますね。嫌いじゃないですよ。
「だがいいのか?さとりが危険に晒されることになるが」
「私は覚妖怪です。生き延びる術はいくつもあるんですよ」
「そこは負けないとか威勢のいい事を言うところじゃないのか?」
「覚妖怪は弱小ですからね。その分戦いより生き抜く事を優先する種族なんですよ」
「そうか、私の知っている覚妖怪とは随分と違うな」
まあ、私の場合臆病な人間でもあるので、そうなってしまうのですよ。
「今の黒幕は巧妙に人を攫うのではなく直接的に山で攫っています。見つかる危険があるのですが成功例に裏付けされていて気が大きくなっているのでしょう」
「なら里にいるときは比較的安全……か?」
「そうでもないですよ。隙を見せないとなればまた従来通りのやり方で攫うでしょうし」
まあ攫われたとしてもそのときはどうにかすれば良い。
そう割り切ることにした。
その心配も杞憂に終わった。
相手は、山に入る私をどこかで見ていたのだろう。柳さんと話してから2、3日は山に入ったが、山道のようなあからさまな場所にいるときは手を出さず、こうして私が人に手を出してはいけない地域でわざと山道から外れたところを狙ってきた。
人里の人間は山に入るときは掟で決められた場所にしか入らない。それ以外のところに行って死ぬのは誰だって御免だ。逆に言えば安全な場所だと分かっていれば人目につきづらいところでも案外人は入ってしまう。その心理を利用した向こうは襲ってきたのだ。
でもそれは
時間帯も妖怪に有利な黄昏時。その頭の良さを他のことに使えば良いのにと思うのは野暮な事なのでしょう。
首筋に当たる刃の冷たさはもうない。
私は想起で呼び起こしたトラウマを鴉天狗に流し込んだ。
なるほど、鬼に恐怖していると……それも勇儀さんですか。
やはり居るのですね。まあ良いでしょう。そのまま……なんの抵抗もできず嬲り殺しにされるイメージが1番怖い……まあそれは誰でも怖いですよね。
……3回くらいまずは死んでみましょうか。