土埃に紛れて白い物体が飛んできていた。咄嗟に横に飛び退けてその物体を見ればそれは白色の傘だった。
「……殺す気ですか」
「殺す気よ?」
豊姫さんからは殺気は感じられなかった。だけれどその攻撃そのものに殺意は確かにあった。
ふとこいしの方を見ると、あっちでも伏姫と戦っていた。射命丸さんが援護してくれているから互角のように見えているけれどあちらも……
「よそ見している暇あるのかしら?」
気を取られているうちに彼女の蹴りが私の鳩尾を捉えようとしていた。
だけれどその脚を、別の脚が弾き飛ばした。
「私を忘れないでくださるかしら?」
紫さんだった。
そのまま連続で蹴りを叩き込んでいく。無論豊姫もそれを全て受け流していった。紫さんって結構武闘派だったんですね。
「あら、まだ戦えましたのね」
「そもそ私疲れてすらないわよ?」
うわあ、お姉さん系キャラがバチバチに煽りあってる。怖……
「でも良いのかしら?時間は私達の悠久の味方よ」
私と紫さんから一旦距離を置いた豊姫。その後ろ、遠くの方で何かが動いていた。
月の民の援軍だった。
「チッ……さとり、空間はまだ開けているのよね?」
「ええまあ……でも逃げる隙がないですよ?」
絶対逃げようとしたら回り込んでくるだろう。私ならそうするし紫さんの能力を封じる相手だ。対策は取られているはず。
策がないわけではないですけれどまだ時間が必要ですし。
こいしと射命丸さんが相手している伏姫の方だけならなんとかなったんですけれど……
ふと側を風が通り抜けた。
私が食い止めます。
それは声ではなかった。サードアイが捉えた心の声だった。
その声の主は妖精だった。和服を着た緑の髪をサイドテールにした妖精。
月の民の軍勢に一人突撃していく。
「あれは……へえ、時間稼ぎのつもりかしら?」
豊姫も気にする様子は無かった。まあそうだろう。たかだか妖精。そう思っているのでしょうから。
死ににいくようなものだと思った。だけれど数秒後に見えたのは予想だにしない光景だった。
月の民は浮遊するローターのないヘリのような乗り物やホバー戦車のような近代的な兵器も持っていた。
それらの合間を縫うように緑色の光のようなものが空間を飛び交い、地上や空に爆発が生まれていった。妖精に飛び乗られた機体は必死に振り落とそうと左右に揺れるが妖精はそれに臆する事もなく主翼上面に搭載された爆弾のような塊をパイロンから引きちぎり……
「えい!」
可愛らしい声で爆弾のような塊を装甲キャノピーに突き刺していた。
安全装置が働いているのかそれ自体は直ぐに爆発しない。
爆発する頃には大妖精は次の機体に向かっている。
物理的に離れても、妖精は妖精。障害物が無い空間上であれば100メートル前後の距離など無いに等しい。
回し蹴り。一瞬だけ間があり、浮遊する物体がひしゃげながら地上に落下していった。
その直後、無人になった機体もろとも妖精を消そうと生き残っている機体や地上からの弓矢がレーザーと一緒に打ち出される。
もちろんそれが残骸を吹き飛ばす時には妖精の姿はそこには無かった。
「危ない危ない……」
独り言なのか撃った相手に言っているのか…
豊姫も伏姫もどちらもそれを見て唖然としていた。地上に降りてからも次々に兵士達が蹴り飛ばされ殴り飛ばされ、嬲り殺しのように吹き飛ばされていく。
「さとりあれ貴女の知り合い?」
「生憎妖精の知り合いはいないんですよね」
その惨状を見てか、豊姫の雰囲気が一瞬だけ変わった。
「貴女達、覚悟しなさい」
それでもすぐに仮面のような笑顔に戻ってしまう。
連続した突き。それを回避するも紫さんに今度は回し蹴り。それを回避する隙をついてこちらに傘のフルスイング。
二人同時に相手しているにも関わらずむしろ押されているのはこちらだった。
傘が開かれた。その傘の軸先には穴が設けられていた。
もしかして銃口⁈そう思った時には体を捻るようにして銃線から体を外していた。
轟音と白煙が銃口から傘の先から上がった。
やっぱり仕込み武器があったらしい。
しかも散弾だった。直撃は回避したとはいえ、左腕に小さな球が食い込んでいた。
「仕込み武器⁈厄介ね……」
「淑女の嗜みの一つですよ」
豊姫はそのまま私と紫さんに向けて仕込み武器を連発してきた。
地面にいくつもの球が撃ち込まれ、土煙を上げていく。
吹き荒れる散弾の嵐を回避するために強制的に距離を取らされる。
「貴女、弾幕を使わないの?」
「私ですか?すいませんが今力を持っていかれてましてね」
私の言葉に紫さんが疑問符を浮かべている。
確かに遠距離ならむしろ弾幕を展開できる分本来ならこちらが有利なのだろう。実際伏姫の方は射命丸さんとこいしの弾幕で動きを封じ込まれ始めている。
紫さんも能力を封印されてなければ弾幕で牽制もしていただろうし。距離という物理的なクッションを相手と自分の合間に作るのは案外有効なのだ。
でもそれは今はできない。
豊姫が一気に距離を詰めてきた。紫さんが応戦しようとするけれどそれを傘の薙ぎ払いで抑えられてしまう。私がターゲットらしい。
彼女の腕がブレた。咄嗟に顔を両腕でガードする。
重たい衝撃が両腕を揺さぶった。
豊姫の拳を防いだ腕が折れそうになる。
重たい一撃だった。連撃だったら確実に腕が折れていただろう。
それほどの力だった。
伏姫の方で派手な爆発が起こったのはその直後だった。
何か黒い物体が伏姫の方から飛んでくる。それが一瞬見えた。
その正体は射命丸さんだった。
どうやら向こうで何かあったらしく射命丸さんが吹き飛ばされてきたらしい。
射命丸さんの体が豊姫にぶつかり鈍い音と共に二人ともころげて行こうとする。咄嗟に射命丸さんの腕を掴んで彼女を引き寄せた。
射命丸さんは気絶しているだけ。怪我はしていなさそうだった。
豊姫の方も突然受けた衝撃で脳震盪を起こしているらしい。
求めていた隙が出来た。
そしてこっちの準備もすでに終わっていた。
こっそり溜め込んでおいた妖力を改めて塊にして空中に放った。
「こいし!!」
片腕を大きく上げた。
それは私が決めていた合図だった。
待ってましたと言わんばかりにこいしは伏姫を置き去りにして私のところに駆けてきた。
何かを察した妖精も全速力で私のところに駆けてきた。
急に戦いを止められた伏姫が怒りをあらわにして追いかけてくる。けれど時間切れ。
困惑する紫さんの手を引いて隙間に飛び込んだ。
普通なら伏姫の方が隙間を閉じるのよりも早くにこちらにくる。だからこその仕掛けだった。
月の空高くに飛ばした妖力の塊が強烈な閃光とヴァイオリンの不協和音のような音を周囲に撒き散らした。
伏姫の動きも止まる。その隙に私は隙間を閉じた。
あれだけ轟音と血の匂いに包まれていた月がまるで嘘であるかのように消失した。
紫さんが住まう隙間の空間ただそれだけが目の前に広がるばかりだった。
「間一髪……だったね」
「ええ本当に……」
間一髪だった。偶然任せだったとはいえ少しでも何かが狂っていたらこううまくはいかなかった。
こいしを見ると、服があちらこちら破れて煤けていた。でも切り傷とかは無い。紙一重で避け続けたのだろう。
ともかく無事に逃げおおせることはできた。向こうもまさか地上までやってきて首を刈りにくるようなことはないはずだ。大体月の民はそこまで執念深い存在ではないですし。
でも後で正式に月に謝罪を入れないと拙いのは変わらなかった。
でも今は、ちょっとだけ達成感を味わっても良い気がした。