Re:古明地さとりは覚妖怪である   作:ヒジキの木

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前史幻烈 5

 

 呻き声と共に鴉天狗はその場に倒れ込んだ。それでも刀を手放さなかったのは流石の精神力だった。でも口から泡を吹いて痙攣し始めて、側から見ると心臓発作でも起こったのではないかと心配になってしまいそうだった。

「大丈夫なのか?」

流石に軽蔑すべき相手といえど柳さんも心配になってしまったらしい。

鴉天狗を覗き込みながら私に不安げな顔をしてきた。

「ええ、精神が壊れることはないと思いますよ」

そこまで強くはやっていない。本当に精神を壊すならもっと簡単な方法がある。でも妖怪は精神が人間のそれとは違って脆いから手加減しないと壊れてしまうのも事実。

 

「ああ……まあ、大丈夫なら良い。取り敢えずこいつは私が連れていく。協力感謝するよ」

完全に気絶した鴉天狗を担いだ柳さんは、私に深々と頭を下げた。

「お気になさらず、私の身の潔白を証明したに過ぎませんから」

なんだか気恥ずかしい。この感情だけは人間の頃から変わらない。そんな褒められることをしているわけでもないのだ。

 

さて、帰って猫又を愛でにいきましょうか。

猫はいくら愛でても良いですからね。

 

 

 

それから少しして人里に流れ着いていた少女は人知れずまた旅立った。それと同時にパタリと人攫いが止んだというが噂とか都市伝説のような類の話が好きな物好き以外はそんなことも一週間もすれば忘れられていった。

 

 

 

そして柳さんが再び私の前に現れたのは最後にあってからピッタリ一週間後だった。

 もう紅葉も終わりの時期で、そろそろ雪が降ってもおかしくはない。それまでに家を建てたかったのですがこのペースでは難しそうだと思っていた矢先の訪問だった。

 

「大天狗様が直々にお礼がしたいそうだ」

来て早々に柳さんは猫又を膝に乗せて撫で回しながらそう言った。

 

「そうですか」

しかし困りましたね。あまり目立ちたくはなかったのですが……さては柳さん、詮索されて耐えきれずに話しましたね?

「さとりが覚妖怪だとは言っていない。いつものように正体は隠したままにしておけば問題はないだろう」

 

「それはそうですけど柳さんは普通に見破ってましたよね?」

私の正体を普通に見破ってくる白狼天狗がいるのだ。大天狗とか上位存在にはすぐにバレてしまうだろう。

「私は少し特殊だ。普通なら分からないさ。それに大天狗様だっていきなり覚妖怪だとバラして言いふらすほど、不義理を働くお方ではない」

 

そうでしょうね。わざわざ今回の件を信頼がおける人に託したのですから。

だとすればまあ、悪い話ではないか。少しだけ顔を出して帰れば問題はない……か?

「面倒だねえさとり。どうせ早かれ遅かれ目をつけられるんだから今にうちに顔を売っておけば良いじゃないか」

 

膝の上でリラックスしていた猫又がめんどくさそうに欠伸をしていた。

「まあそうですけど……」

 

「大体、さとりを悪くいうやつの方がおかしいんだ」

 

「それはそうだな、だが種族的な嫌悪感と言うのはすぐに解消できない。それをわかってくれ」

申し訳なさそうにする柳さん。別に柳さんが悪いわけではない。そう言う種族だから仕方がないのだ。

「ええ、わかっています……それにここであったのも何かの縁です。大天狗さんのお誘いに乗ることにしましょうか」

 

「感謝する。では明日また迎えにくる、準備をしておいてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山はそこまで標高が高いわけではない。その代わり二、三の山が連なった小さな連山のような地域となっていて、森林が人の文明を寄せ付けようとしない。そんな雰囲気を醸し出していた。

 

そんな山であるから自然と妖怪と人が棲み分けて暮らすようになったのだろう。

 

しかしそんな妖怪の山にも文明的な建物はいくつも存在する。大天狗や鴉天狗が住む地域もその一つだ。

まるで山の中に隠れた忍びの集落のようにも見える。

その集落で最も厳格な建物は崖っ縁に建っている寺院のような建物だった。

どうやらそれが天魔や大天狗が使用する御殿のようなところだった。

御殿といっても優雅なものではなくあくまで仕事用。見た目の威厳も豪華さよりその殺伐とした雰囲気によって生み出されていた。

 

そんな建物の一角で私は待たされていた。

畳六畳ほどのあまり大きいわけではない、そんな部屋だった。自然と正座をしているが、そういえば畳に座ったのはさとりとしては初めてだったことに気がつく。

畳は権力の象徴、確かこの時代ではそう言うものでしたね。

だとするとこれは無意識に権力を知らしめていると言うことか。

 

 

案内してもらった柳さんが隣にいる事が唯一の救いか。

外套であるサードアイを隠しているけれど、柳さんが私を心配しているのは伝わってきた。

 

時間通りに大天狗様はやってきた。紺のような黒のような、光の加減で少し色味が変わるロングヘア。白のステッチが入った青の頭巾と同色のワンピース型の服。

案の定というべきか、飯綱丸龍だった。見た目が昔の記憶にある飯綱丸龍と一致する。一瞬で同一人物だと理解してしまう。

 

柳さんに促されて私も深々と頭を下げる。

飯綱丸さんが頭を軽く下げて前に座る。それを聞き取ってから頭を上げようやく顔を見て話す事ができる。

こう言う形式ばったやりとりは私には合わない。だけれど格式が全ての天狗社会ではたとえ余所者相手でも必要なものなのだ。

 

「大天狗の飯綱丸龍だ。まずは礼を言わせてもらいたい。今回の件、柳くんに協力してくれてありがとう。それと疑いをかけてしまって悪かった」

 

「気にしないでください。疑われるのには慣れていますから」

それに余所者を警戒するのは治安維持の前提だ。それがうまく機能しているのであれば妖怪の山は治安が良いと言う証拠だ。

 

しかしまあ、記憶にある彼女よりも少し丸っこいと言いますか。そこまで冷徹というわけでも無さそうというか。……ああ、若いのですね。

「そうか、ところで流れ者と聞いていたが、詳しく聞いても良いかな?」

 

「元々は京の都に居たのですが、陰陽師が力をつけるに従って都から逃げてきた次第です」

半分は本当のことですけど、動機は少し違う。この時代は好き好んで旅をして流浪の存在になる者など妖怪だろうが人間だろうが殆どいない。

ゆえにこっちの説明の方が相手にとっても受け入れられやすいというわけだ。

「そうか、ならずしばらくは山で暮らすと良い。正式に山の妖になると言うのならいずれ儀式をしなければならないが、まあそんな難しいものでもない」

 

「ありがとうございます」

 

「そういえばここに来る途中で鬼には会ったかな?」

 

「鬼ですか……いえ、会っていませんが」

 

「そうか、柳、説明はしていないのだな?」

 

「はい」

 

「わかった、私から説明しよう。妖怪の山は天狗が治めているとはなっているが、その実態は鬼による力の支配によって成り立っている。だから鬼に会う時は注意してくれ、何かされたとしても我々天狗は力を貸すことはできない」

 

なるほど、名目上は天狗。でも元からこの土地にいたかあるいは他所からきた鬼によって実効支配されていると。でも鬼は支配とかそういうのは嫌うからあくまで鬼としては天狗の支配下に入っている状態だと。

うわ凄くめんどくさい構図ですね。私はそういうの関わりたくないので遠慮します。星熊勇儀さんとか伊吹萃香さんとか会ってみたいという気持ちはありますけど。というかファンにとっては今目の前の状況さえも凄く興奮ものなのですが。

 

しかしさっきの飯綱丸さんの言葉から、彼女は鬼を快く思っていないという考えが透けて見える。しかしだからと言って鬼を排斥しないのは彼女らのその抑止力としての効果故だろう。

 

鬼って最強格ですからね。下手すると神様を単身で絞めれますし。

そんな鬼が好きなことは酒と喧嘩。私と相性が悪いことこの上ない。

 

後私は戦闘が苦手だ。普通の妖怪みたいに戦ったりと言うのは得意ではない。想起によるトラウマで相手を精神的に追い詰めるか、あるいは武器に頼った戦いをするか。

いずれにしても鬼にとっては軽蔑に値する戦い方にあたる。

 

「ご忠告感謝致します」

巻き込まれないようにするのが1番なのだろう。

 

 

そう思っていたけれど、意外と私は鬼の興味をひいていたらしい。

ズカズカと廊下を歩く足音が聞こえて来た。

途端に飯綱丸さんはため息をついた。……この部屋で待っていて一つわかった事がある。天狗は廊下を歩く時殆ど音を立てない。

 

襖が勢いよく開かれた。全員の意識が開かれた襖の方に向かっていくのがなんとなくわかった。それは私とて例外ではない。

「お、あんたが噂の新顔か」

 

廊下に鬼がいた。

 

 

 

 

 

 

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