天狗っていうのは揃いも揃って真面目で融通が効かない。それが美点でもあるが、鬼のあたしらにとっては相性が良くないのも事実だ。
それでもあたしら鬼が妖怪の山に居るのは、単純に居心地が良い場所だからだ。
その日も暇を持て余しては河童からもらった酒を飲んでいると、天狗の人だかりが出来ているのが見えた。
暇していたし好奇心もあって、それを見に行ってみると、放心状態の鴉天狗を白狼天狗が縛り上げて連行しているところだった。
何か悪さでもしたのかなと思って見てたが、よく見れば連行している白狼天狗は知り合いだった。
「なんだぁ?騒がしいじゃねえか柳」
柳も例に漏れず、あたしを見て困った顔をした。
「勇儀様、煩かったですか?」
「暇してたから平気さ。それよりそいつどうしたんだよ」
連行されている鴉天狗は、野心家としても知られている天狗だった。
目は虚で、精神崩壊しているようにも見える。
コテンパンにした時の鴉天狗は大体そんな感じになるけど戦ったような外傷は見受けられない。
「これは……実はこの者は今話題になっている掟を破っていた者です」
「へえ……鴉天狗だったのか、ははぁん、身内から裏切り者が出たのか」
珍しい事じゃなかった。天狗も一枚岩ってわけじゃない。元々一人一人の自我が強くて身勝手さが有り余る天狗だからこそ、今の強権的な社会秩序を持って天狗を纏め上げている。
鬼と似た精神構造をしていながら自由奔放にしてるあたしらと天狗が違うのはそこだった。
「それにしても……どうしたらあんな状態になるんだ?」
鴉天狗は自我がおかしくなっていた。発狂しているとでもいうのか、譫言のようなものをずっと言い続けていた。
割とプライドが高くそれに見合った知識や技能を持っているはずの天狗があそこまで精神を追い詰められたって何があったんだ?白狼天狗一人でそんな芸当が出来るわけもない。
なら誰か協力者がいるはずだ。きっとそいつはものすごく強いんだろう。
一度でいいから戦ってみてえな。
「詳しくは言えません。大天狗様の元に連れて行く必要がありますので失礼いたします」
そんな事の顛末を後日萃香に話すと、彼女は彼女で柳のやつが余所者の妖怪に協力を得て今回の件を解決したという事が分かった。その協力者がどうにも怪しいやつらしい。
最初は誰もがそいつが事件の犯人だと思っていたようだ。
なるほどなと思いつつ、その協力者とちょっと手合わせしてみたくなった。天狗をほとんど傷つけずに無力化するなんてのは並大抵のことじゃできない。
だが柳のやつは律儀なのか協力者については話してくれなかった。
だけどそいつが大天狗から褒美を受けるために呼び出されるって言う情報は得ることができた。
それを知ったあたしは顔を拝みに天狗の屋敷に向かっていった。
そして今目の前にいるのがその協力者だった。
ふうん、意外と小さいな。言っちゃ悪いが河童と同じくらいか。
人間で言えば童だな。妖力もあんまり感じ取れない。
いや……感じさせないようにしているわけか。あたしが鬼と知ってかしらずか、乱入者に対して無表情。あたしの目をずっと見つめ続けてくるあたりは評価しても良いかな。
「あの…相手が完全に臆してますよ」
流石に威圧したままじゃ話辛いか。
「ああ?悪い悪い…変わった妖怪だとかいろいろ聞いてたからさ」
なんですかいその理屈。
表情の変化は乏しいけれど、瞳が一瞬そう言っているようにジト目になったような気がした。
「そもそも勇儀様と言えど大天狗である飯綱丸様の邪魔をしては……」
「いや、問題はない」
柳を飯綱丸が遮った。そのままあたしを見つめてくる彼女の瞳は、大天狗の笑みを浮かべていた。そう言う時は大体悪いことを考えているに違いない。
でも今はその考えに乗っておくことにしよう。
「大天狗の許可もいただいたことだし、あたしは星熊勇儀、よろしくな」
「えっと……さとりと申します」
深々とお辞儀をする妖怪は、どこか落ち着かない様子だった。
鬼は心は読めなくても感情の変化を機敏に感じ取ることに長けている種族だ。特に嘘をついている時の相手ほどよく分かる。
さとりは、無表情だが意外と感情が豊かな奴だった。
少し話すとその度に目がいろんな感情を訴えてくる。正直上っ面の表情を使う奴らよりよほどこっちの方が分かりやすい。
だけど見た目に騙されてはいけない相手だと言うのはすぐに理解する羽目になった。
「ところで、そこで漂っているのは、酒呑童子…いえ伊吹萃香さんでしょうか」
薄らと笑みをさとりが浮かべた。
一瞬、空気が凍った。
背筋に冷たいものが触れるような冷気が部屋に舞い降りた。
同時に部屋の隅に萃香の姿が現れる。
はは、あたしだってこの状態の萃香を見つけ出すのは至難の業なんだがな。あっさりと見つけやがった。
「私の事をよく見つけたね」
胡座をかいて酒の入った瓢箪を煽るようにして傾けつつ、小柄な鬼は笑っていた。
「霧散している意識って意外と分かりやすいですよ。空気が喋っているみたいだったので」
全然萃香の威圧に動じてねえ。やっぱりさとりは只者じゃねえな。
「……なんで名前を知っているんだい?」
「似たような術を使う鬼が伊吹山に居ると噂を聞いた事がありましたので」
さとりの表情は変わらない。だが、さとりの答えに違和感があった。嘘をついている時のような露骨なものじゃない。
「へえ、嘘は言ってねえみたいだが……なんだ?。少し違うみたいだなあ」
少なくとも隠し事をしている。それだけはわかる。鬼にそう言う態度を取るって随分と良い度胸しているなぁ?
「……その件は秘密ということで処理していただけませんかね」
張り詰めていた空気が切れた。悪い意味ではない。さとりが本気で困った表情をしていたからだ。
それを見ていたら毒気が抜けて行くような感じがした。
「あはははっ‼︎面白いねえ。鬼に対して隠し事なんて」
「本当、まさかあたしらに隠し事って……ああ愉快だ。実に愉快だよ!」
ひとしきり笑って、少し落ち着いた時に萃香が提案をしてくれた。やっぱり鬼にとってはこの方法が手っ取り早い。
「じゃあ…勝負しようじゃないか」
「勝負…?」
「そうそう、私が勝ったら詳しく教えてくれ」
萃香のやつ、随分と楽しんでやがるな。あたしは、今日は観戦だな。萃香とあたしの連戦じゃさとりが可哀想だろうし。
さとりのやつ、一瞬目の色を変えたな。戦う事自体は嫌いじゃないってか。
「……貴女が勝ったら?」
「その時は好きにすりゃ良いさ」
ふと飯綱丸を横目で見ると、彼女は笑っていた。ははあん、さてはこいつ、あたしらを使ってさとりの実力を見極めるつもりだな。余所者がどれほど強いのか、確かにこうやてあたしらと戦わせた方が分かりやすいし、万が一さとりがあたしらの脅威になるようなら、それを使ってあたしらを牽制してくるって事も考えられる。なんだか手のひらの上で転がされた気がするけど、まあ気にすることでもない。
「拳で争った方がいいかもしれないけどそれじゃあ流石にお前さんがかわいそうだからな。何で勝負するかは決めていいぞ」
流石に萃香も分かっているらしい。あえて実力を互いに隠せるように配慮してきた。
「えっと…ならこんなのはどうでしょうか」
さとりが提案してきたのは、妖力を光弾にして撃ち合うと言うものだった。弾幕ごっことさとりは言っていた。
妖弾に当たったら負け。そう言うものらしい。なんとなくどんな戦いなのかはイメージがついた。確かにそれなら頭も使うし技術も求められる。悪くねえな。
「よし!面白そうだね!それじゃあ時間も惜しいから早速やろうか!」
柳も、飯綱丸もさとりの提案するその勝負事に興味を持っているようだった。これが広まれば決闘は随分と気楽に出来るようになるかもしれない。そう言う魂胆だろうな。
確かに今の決闘や勝負事は基本相手を殺すか瀕死にさせるまで終わらないからな。血の気が多いのは良いことだが多すぎても困る。
飯綱丸のやつが計ったかのように外の広場に全員を案内した。広場が使われていないってことは飯綱丸のやつ元からこれを想定していたな。
そう思って彼女の方を睨んだが、飯綱丸は素知らぬ顔で誤魔化していた。
やっぱ大天狗はイケすかねえ。
「それじゃあ準備はいいかい?さとり」
「ええ、お願いします」
相変わらず馬鹿でかいフードの服を着ているせいで体の大半がよく見えない。あれだと次に何をするかの予備動作が見えないから萃香にはちょっと厳しいかもな。
「そんで、柳。あんたもあいつが戦うところ見たかったんだろ?」
「……なんのことですか?」
柳は嘘をつくのが下手だ。すぐ態度に出る。
「惚けなくていい、あたしには分かるんだよ」
柳も飯綱丸と同じだ。主人の性格に飼い犬は似るってよく言うがそれは本当の話だな。
「……別に、さとりを試したかった訳ではありません。ですが、実力を知っておいた方が後々の事を考えれば良いと思っただけです」
「ふーん……まあ力こそが正義の世の中だからな。それ自体否定はしないがあたしらを利用したりするのはいい気分じゃねえな」
「気に障ったのなら謝ります」
「いや、面白いものが見れるかもしれねえから謝罪はそれから考える」
目の前では萃香とさとりの戦いが始まろうとしていた。どうにもさとりは釈然としていないが、もう遅いぜ。あんたの力見せてくれよさとり。