Re:古明地さとりは覚妖怪である   作:ヒジキの木

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前史幻烈 8

 

 

住処にしている洞窟を訪ねてきたのは二人だった。

一人は柳さん、なんだか頻繁にここに来るせいで隣人のような感覚になっている。もう一人は萃香さんだった。

 

「やあ、さとり。昨日出来なかった宴会をしにきたよ」

どうやら柳さんは道案内ついでに宴会の数合わせとして連れてこられたらしい。

そんな二人を猫又はじっと見つめていた。

いや睨んでいた。

私の腕はまだ再生途中で半分ほどの長さしかない。どうにもそうなった原因である萃香さんと、それを連れてきた柳さんに怒っているようだった。

 

「柳さんもご愁傷様です……」

 

「お気になさらず、暇を貰いましたので」

そう言って二人は洞穴に入ってきた。

 

昼間ということもあり案外洞穴の中は明るかった。

蝋燭の灯りもよく洞穴の中を照らしていた。

それに簡易的だけど床を張っているから壁が岩肌なことを除けば普通の家と変わらない。そんな洞穴は妖怪が三人と一匹も入れば少し手狭だった。早く家を作らないと……

そんな私の優先順位が低いのに頭に浮かんでくる悩み事をかき消すようにほんのりと酒の香りが漂ってきた。

流石鬼である。もうすでに酔っている。それが嫌だったのか、猫又は非常に猫らしい鳴き声を出したあと、そのまま部屋の隅で丸くなって不貞寝を始めてしまった。

 

「それで、どうしてわざわざ宴会を?」

 

萃香に訪ねる。今のうちに聞いておかないと酒飲まれてややこしい事になってしまうはずだ。

 

「えっとねえ…色々とあるんだけど…先ずは飲めや」

そう言って酒器を押し付けてくる。無限に酒が出てくる瓢箪と、薄い漆塗りの酒器。鬼が持っていて当たり前のものなのですが、どうしてそれがこうポンと出てくるのか不思議でならない。

お酒がこぼれそうになっているが、うまい具合にこぼさないようにバランスを取っているのを受け取りつつ、一口。

お酒特有の匂いと、頭を回してくるアルコールの刺激。

あまり量は飲めそうに無い。

 

「なあ、さとり。引き分けだったんだからさ、隠し事は無しって事にしねえか?」

 

「勝負の約束……でしたね」

でも正体を明かすのには抵抗がどうしても生まれてしまう。

それは私が覚妖怪になってすぐのこと、妖怪に襲われる集落を見て見ぬふりが出来ずに介入した結果が原因だった。

結局私は自分に酔っていた。覚妖怪だけどさとりだから。

人から浴びせられる悪意と軽蔑に私の人としての心は耐えられなかった。言葉だけならどうでも良い、でも心同士が重なり合うとき、それはナイフのように私の精神を削って行く。気づいたときには私はリンチされていた。生きているのが不思議なくらいだった。

 

それからだ。私が覚妖怪であると言うことを隠すようになったのは。

 

 

 

「心を読むって私には分からねえけど、でも相当辛いんだろうな。だからそうやって自らの力を隠すんだろう?」

 

 

 

時が止まった。

正確には耳元で囁かれたソレを理解するまでの間、思考が停止していた。

 

「……柳さん?」

 

「すまない。命が惜しかったんだ」

見事なスライディング土下座だった。ああ、まあ命と天秤に重ねたら命の方が傾くのも分からなくは無い。

一瞬のうちに体の温度が下がった感覚に陥り、視界が左右にブレ始める。

 

 

「で…私をこれから排除するのですか?」

 

「別に、私らはそんなことはしないさ。まあ…排除したいって考える方が多数派なのは事実だけどな」

萃香さんはあっさりと否定した。嘘はついていない。と言うか鬼は嘘を嫌う。それは自分たちとて同じこと。だから萃香さんの言葉は信用に値する。

 

 

「確かにあんたは覚妖怪だけれど…そこまで悪い奴じゃない」

 

「どうして、そんなことが言えるんですか?能力を隠し種族すら教えず近寄った謎の妖怪ですよ」

 

「一度拳を交えたらわかることさ。あんたには悪意とかは無い。それは断言できるし、鬼は善悪とかそう言うのは直感で判断するのさ。その直感が言っているんだ。悪いやつじゃ無いってな」

 

 

そこで言葉を区切り萃香さんはお酒を一気飲みし始めた。

 

「さとり、あんたは悪いやつじゃ無い。それは私が保証しよう。ま、変わり者ではあるけどな」

 

本当にこの人酔っ払っているのだろうか?今までのは全部演技で私を油断させてこうやって近づいていくのが目的だったのだろうか…

そんな野暮ったい思考を切り捨てる。

 

相手が本心から私のことを嫌わないと言っているのだ。それにどんな邪念があろうか…

「別に、私だってさとりがなんだろうと天狗に悪影響がなければなんでも良いのだが……」

 

「柳は異端者側だってことを認めるべきだよ」

 

絶対的自信を持った目で萃香さんはこっちを見てくる。

それでも知られてしまったからには天狗の里…もとい鬼との接触は極力避けるべきだろう。

 

「まあ、すぐに信用しろなんて言わないさ。でも私と張り合えるくらいの相手がウジウジしているのを見るとお節介を焼きたくなっちゃうんだよ」

 

それ自分で言います?

 

悪い人たちじゃないって事は分かっている。

少なくとも普通に接している面ではむしろ親しくなりたいとまで思った。

だが、そうであればあるほど、この目が捉えるもう一つの姿を見てしまうのが怖くなる。

この目を持ち、知られたくないところまでズカズカと入り込めるこの力に…皆どう思うのか。

 

「拳で語っただろ?」

 

「生憎、拳で語り合っても鬼同士みたいに分かり合えないのです…」

 

もし私がさとりで無いのならば…もしかしたら分かり合えたかもしれない。見たくない現実を見ないで済んだのかもしれない。だが、なってしまったからにはもうしょうがない。

今となってはIf話でしかないのだ。

 

「ところで、この宴会の目的って私が覚妖怪だってことを確認するだけですか?」

 

「いんや」

随分と間延びした否定の言葉。

 

「まあそれもあったけど……酒飲む機会が失われたからその補填。あとさ、相手が能力を封印し全力じゃない状態で戦って勝ってもなんだかパッとしなくてね」

私の隣で黙ってお酒を呑んでは、萃香さんと私の酒器にお酒を注いでいた柳さんが私の肩を叩いた。

「もしかして…」

 

こんなもの心を読まなくてもわかる。

 

「そ、もう一度。今度は全力で」

 

猫又の耳が動いた。不貞寝してしていても話は聞いていたらしい。

家の中で殺気を振り撒いた萃香さんを睨みつけながら、毛を逆立てて怒っていた。

「暴れるんだったら外でやっておくれ」

 

 

「……外に出ましょうか」

 

「お、乗り気だねえ」

 

乗り気と言うわけではない。私は痛いのは嫌いですし。でもやらないといけないですからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういう経緯で洞穴の外に出てきたものの、外で私の姿を曝け出すのは少し気が引ける。誰かが見ているかもしれないという思いは恐怖となって私の心を蝕んでいく。

「あ、ちょっと待ってな」

そう萃香さんが言った直後、周辺に結界が展開される気配がした。結界の外側にいた柳さんの姿が見えなくなった。

 

妖怪除けの結界を張ったみたいだ。なるほど、これで思う存分私の能力を使えるようにと…

外套を脱ぐと久しぶりの日の光にサードアイが眩しそうに眼を細めた。

いくつもの管が頭の飾り、腕と脚のところから伸びている。でも管の力ではなくサードアイは自立して私の周りを浮遊していた。片腕がない分一本だけ宙ぶらりんな管が一本だけある。邪魔なのでそれは体に巻きつけておきましょうか。

 

「……分かりました。では、弾幕ごっことかでは無い…本気の戦いで良いんですね?」

私が死にかねないですよ?ああ……結界の維持もあるから力としては均衡すると考えているようですね。

 

 

「そんじゃ、いつでもかかってきな」

のんびりと座ったまま酒を煽っている。

一見すれば簡単に倒せそうだが、全く攻め入る隙が見つからない。

それどころかいつでも攻撃態勢に移れるように準備しているのがよく分かる。

酒呑童子は酒を飲んでいる方が強い。彼女にまつわる噂話は本当だったようだ。

 

「……ようやく出したかって?ええ、全力で来て欲しくてここまで大掛かりなことをしてくれたのですから」

サードアイが読み取る情報はそのまま脳に伝わってくる。文字とも、声とも違う。視覚とか聴覚ではない独特の感応だ。

 

「お!本当に心を読めるのか。すげーな!これなら嘘とか一発で見分けられるじゃねえか」

 

「まあ、そうなんですけどね…」

 

使い方次第じゃ身を滅ぼすとんでもないものですよ。

確かに萃香さんはあんまり裏表がない。考えていることと喋っていることが大体一致している。

 

 

…そんじゃ始めよう。

 

サードアイが思考を読むのと萃香さんの体がほぼ同時に動いた。

 

力の限り振り下ろされた拳は、そのまま何もない空虚を通って地面を叩いた。衝撃で腕が半分ほど埋まるのをこれまた力任せに引き抜きつつも、その視線だけは距離を取っていた私に向けられていた。

萃香さんの身体能力を想起で再現し、自分にトレース。なるほど、筋肉が引き裂かれそうですね。長くは使えない。

 

「へえ、面白いじゃん!」

 

追いかけてくる萃香さんが先回りしてくる。拳と蹴りが連続で放たれる。それを手捌きだけで避けていく。

動きが単調になりやすい上に思考も見えるとなると対処はしやすい。

カウンターを叩き込むがあまり効いている様子はない。鬼の頑丈な体では私の小手先だけの攻撃は通じないと。

 

千日手、だが途中からだんだんと先読みが効かなくなってくる。

どうやら思考するより先に本能的に回避と攻撃を行うようになったみたいだ。

 

「さすが…鬼です」

適応力が鋭い。

「なめてもらっちゃ困るよ」

萃香さんが距離を取った。

そのまま誘導式の妖弾が何十発も同時に発射された。

 

一発一発が重たい攻撃だ。確実に潰すという殺意も込められている。

同時に萃香自身も突っ込んでくる。

 

背を向けて逃げたいのが本音だが、そんなこと出来るはずもない。

妖弾を回避するのに手一杯になり萃香さんへの対処が遅れる。心を読めていても行動を束縛されるとどうしようもない。なるほど、覚妖怪への対処法を自力で編み出してきましたか。

 

目の前に萃香の拳が迫る。と思った時には体が先に動き拳を回避する。

 

「今のはナイス回避だ!」

 

「生きた心地がしませんよ!」

間一髪。でもぼさっとしていられない。すぐに次が来る。

蹴りを飛ばしてくるのがサードアイ経由で脳に伝わる。

回避不能。

咄嗟に左腕を前に出し蹴りつけてきた足を掴む。

 

ゴリッっと音がして左手が変な方向に曲がった気がした。でも気にしていられない。萃香さんを振り回して地面に叩きつけた。

右手が無い今左腕まで使用不能になったら流石に困るのですが……

ダメですね。手首の関節が外れてます。

 

追撃で萃香さんの背中に踵落としを叩き込んで、畳み掛けたい私はさらにレーザーで追撃。

蹴りを入れた直後で無防備になっていた萃香さんにそれは命中した。だけど爆煙の中で気配が動く気がした。サードアイが思考を捉えようとして、それが霧散したのを捉えた。

 

 

 

「その能力も随分強いですね」

だけどその能力の欠点は意識の希薄化と攻撃が出来ないということ。だから攻撃するためには一度集まる必要がある。

 

サードアイで空間を探る。

全体的に意識が散らばっているが、それでも少しづつ一番意識がまとまって行っている。そこに向けて弾幕で追い込む。

 

 

当たりはしなかったが動揺は誘えた。そのままでは追い詰められると思ったのか、実体化した萃香さんが攻勢に出てきた。

 

有利なように戦闘が展開しているように見えるが実際はそうではない。

事実萃香さんはまだ内心余裕だ。

こっちはジリ貧に近い。あまり戦闘経験が無いっていうのがネックになってるみたいです。

それと両腕が使えない。

 

 

再び接近してくる。

やはり近接戦闘のぞみですか。私は嫌ですよ。

距離を取ろうと後ろに下がる。

その時サードアイが変なものを捉える。思考の発生源は真後ろだった。

「…え?もう一人?」

 

心を読んだ瞬間後ろから誰かに両脇を固定される。

 

慌てて後ろを振り向くと、そこにも萃香さんがいた。

 

「はは!分裂する事も一応できるのさ!」

 

成る程、そういうこともできるのですね。さながら分身の術ですね。実体として萃香さんの元の質量から半分くらいになっているとしても鬼の力に敵うわけもない。

抜け出すことは不可能だ。

「降参します」

 

目の前に萃香さん。後ろにも萃香さんとか悪夢だ。

 

「いやあ…やっぱり強いですね」

手首の応急手当てをしてもらい、外れていた左手首の関節を戻してもらったものの違和感は残る。

 

「いやいや、むしろ私をあそこまで追い詰めたさとりも相当だよ。あの技は殆ど見せたことないんだ」

結界が解かれ辺りに風が吹き荒れる。

同時に、決着を確認しにきた柳さんが私の怪我を見て呆れ返っていた。

 

猫又にも呆れられた。いやおかしい。鬼相手にこの程度の怪我で生き延びれたのだからむしろ誇っていいはず。

 

 

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