「……」
それはある日の深夜帯、お客さんは来ないと考えて買い出しに出掛けていた日でした。
いやぁ、24時間営業のお店はいいものですね。私のような職業の人には本当に持ってこいのお店です。
話を戻しまして、そんな買い出しが終わり、店に入った直後でした。
「“ど……どうも……”」
……はい、来ていました。しかも律儀に座って。
一応店の内部には買い出しに出かける旨の掛札を立てておいたので事情はわかっていると思いますが、30分以上は待たせているでしょう。
流石に申し訳ないので、一杯は奢らせていただくとしましょう。
「異次元蕎麦屋にようこそ、長くお待たせしてしまい申し訳ございません。代わりと言ってはなんですが、一杯無料で作らせていただきますよ。」
「“いえいえ、いないと分かって待っていたのは私なのでそんなことしなくても大丈夫ですよ。”」
「ですが待たせてしまったのはこちらの非なので。それに、懐事情もあまりよろしくないのでしょう?
「“あはは……そこまで知っていましたか……”」
そう、何を隠そう私の前には真面目で少し……いや、かなり頭のネジが外れていると言ってもいい人。
キヴォトスでは誰もが知っている、超法規的機関に身を置いている唯一の大人。シャーレの先生がいらっしゃいました。
「ええ、あまり知られていても気分のよろしいものではないと思いますが。」
「“まぁ、私の人権はあってないようなものですし……あはは。”」
目の前に座るその先生の目は、どこか遠い目をしていました。
……その事情も知っているからか、流石に居た堪れませんね。
「それではメニュー表を、こちらからお好きなものをお選びください。」
「“だったら……このとろろ蕎麦をお願いします。”」
「承知しました。それでは少々お待ちください。」
「“にしても、こんなところにこんなお店があったなんて……”」
私は屋台の中を見渡しながら静かに呟く。
キヴォトスに来てもうそろそろ半年が過ぎるかと言うほどの年月が経ったが、職業柄知らないところはないと思っていた。そんな私でも、知らないところがあるとは思っていなかった。
「先生の職業柄そう思われるでしょう。ですが、言っておくとここはキヴォトスではありません。」
「“……っえ?それってどういう……”」
「あまり教えるべきことではありませんが……先生であれば大丈夫でしょう。」
そこから、大将は私の料理を作りながら様々なことを教えてくれた。
大将の持つ能力、この店のことなど様々なことを。
「“大将ってすごいんですね……24時間ほぼ店を動かしているなんて……”」
「あなたに比べればどうってことありませんよ。それに遡行で体の調子も戻せますし。そう言った先生こそ過密スケジュールを毎日のようにこなされているではありませんか。」
どうぞ、と言って私の前には二つの蕎麦が出される。一つは頼んだとろろ蕎麦。でももう一つは……
「“すみません大将、こっちの蕎麦は……”」
「先生の持つ、シッテムの箱に在中しているOSさんへの差し入れです。」
「“まさか、そっちまで認識できると言うんですか?”」
「干渉は無理ですけどね。ですが、シッテムの箱に入れればOSさんも食べられるはずですよ。」
そちらも私からの一杯です、と言われたので、有り難く頂くことにした。量は少し少なめのかけそばなので、これならアロナでも食べ切ることができるだろう。
「それで、先生。あなたにも何か悩みがあるのではないですか?」
「“悩み……ですか?”」
「はい。先ほども言いましたが、ここに来る人の殆どは悩みを持っているものです。無論先生にもあるのでしょう?
ここであれば、OSさん以外の誰にも聞かれませんよ。」
「“ははっ、大将にはわかられてしまいますか。”」
「この道十年以上ですからね。多少のことであればわかりますよ。」
ではお言葉に甘えて、と言ってから、最近の悩みを話す。
「“近頃、私はキヴォトスの空高くに行く予定なんです。それもキヴォトスを救うために。ですが、その作戦の成功確率は概算3%……失敗すれば空高くで、文字通り砕け散るんです。
そんな危険な作戦に生徒を巻き込む、というのが私の力不足を感じてしまって……”」
キヴォトスを救うために空に行く、そんな非現実的なことをポツリポツリと話し出す。
信じてもらえるかは分からない。でも、誰にも話せなかったその気持ちを吐き出す。
「“大将も既に知っているでしょうが、私はキヴォトス人ほど体は強くありません。
だからこそ生徒に頼り切りになってしまう。そんな現実が、私の心を少しずつ侵食していくんです。
私がもっと強ければ、私にもっと手段があれば。最近は、こんなことを考えてばかりです。”」
「そうでしょうね。私も同じ立場だったら……と、考えるだけでも憂鬱になってしまいます。」
ですが……と大将は話を続けてくれる。
「先生は強いですよ。生徒を導く大人としても、生徒を守ろうとするその精神も。私にはどれも真似できないものばかりです。
そんな貴方にこそ言わせてもらいます。相手が誰であろうと、例え子供であろうと頼ることを。」
「“でも、私は生徒を導く大人。そんな私が、生徒を頼るわけには……”」
「はぁ〜……だから先生はいつまで経っても悩んでばかりなんですよ。」
その大将の言葉に、私は驚きと疑問符を浮かべる。
大人……先生という、生徒を導く立場である以上生徒に頼るというのはお門違いなのではないか?
「先生。貴方も分かっているのでしょう?人間は時に、どんな人であろうと支え合っていかないと生き残れないことを。だからこそ貴方は敵対する組織にも協力を仰ぎ、王手まで詰めた。
そんな貴方であるからこそ、生徒全員、力を貸してくれるんですよ。」
「“……私は、そこまで聖人なんかじゃありません。上司には書類の注意をされるし、苦手な大人に対しては感情的になることだってある。”」
「いいじゃないですか。そっちの方が人間らしくて。」
大将が笑ってこちらを見てくる。無表情にも近しかった顔が、この時ばかりは笑みを含んでいた。
「それだけ先生が悩むなら、私から一つだけ言葉を。」
そうして、大将の言ってくれたその一言は
「貴方のしたい事を誰も否定しません。仮に否定されたとしても、貴方が正しいと信じるならばそれが真実です。ですから、先生のやりたいようにやってきてください。」
心の底にあった何かの塊が、絆されるような気がした。
「と……まぁ、こんな土地で蕎麦屋を営む人間の言葉なんか間に受けないでください。結局は先生次第なんですから。」
私は苦笑しながら、目の前でとろろ蕎麦を食べる先生にそう話す。
好き放題言ってしまったが、後悔はしても反省をするつもりはない。
「“いえ、少なくともその言葉は私にとって大切なものですよ。危うく忘れたままになるところでした。”」
「……だったら、キヴォトスを救って、今度は生徒と共にご来店ください。それがその返しとして、頼みますよ?」
そんな私の言葉に、そばを食べ終えた先生から
「“ええ、勿論です。それが大将への恩返しになるなら勿論いたしますとも。”」
そんな言葉を頂きました。
先生はその後私に挨拶をし、シャーレへと帰って行きました。
「さて……あとは占領戦、最終戦の二つが無事に終わることを祈るばかりですね。あの不確定しかないあの世界では、少しの差で変わってしまいますから。」
二つの食器を片付けながら、私は無事に終わることだけを祈ります。