前回のお客様がお店を出てから約3時間。もう来る客もいないだろうという想定を、そのお客さんは打ち壊してきました。それも2人。
「すまない、道に迷ってしまって……」
「道に迷った……ですか。」
道に迷ったという男性の方は、黒髪で片目が隠れている容姿です。男性……と言っても、見かけでは高校生と同等ですが。
「あぁ、2人で付近の調査をしていたら迷ってしまったんだ……」
一方の女性の方は銀髪……でいいのかな?多分銀髪ですね。はい、銀髪で髪の長い容姿です。
こちらの方も見かけだけでは高校生と同等ですね。
「そうでしたか、それでありましたら一杯どうでしょうか?」
「ぬ、どうする?もう
「そうだな、せっかくだし頂くとしよう。」
「でしたらお好きなところにお座りください。こちらがメニュー表になります。」
そう言って席に促すと共に、メニュー表を渡しました。
と言っても基本は蕎麦しかないので、蕎麦を湯掻き始めますが。
「肉そばにするつもりだが、そっちはどうする?」
「ぬ、私も同じもので頼む。」
「わかりました、肉そば二つですね。」
肉そばを二つとのことなので、麺を湯掻きながら添付品の肉の調理をして行きます。
「おぉ……!」
私は目を輝かせながら、大将のその調理を眺める。
麺を湯掻いたり肉を焼いたりなどの動きだけだが、その一つ一つの動きに無駄が見当たらない。
「……あの、そんなに見られると少々恥ずかしいのですが……」
「……ぬ、すまない……」
そう大将が頬を掻きながら、遠慮がちに言ってくる。流石にずっと見つめるのはダメだったか。次はバレないようにしよう。
「いや、バレるバレないじゃないと思うぞ……」
「うーん、そうか?」
心の中を読んだのかというほどに的確なツッコミを受ける。いや、そもそも私でもあったな、そりゃ考えていることぐらいわかるか。
「まぁ、屋台で作っていますから、そうやって見られるというのも考慮してますよ。あんなにまじまじとは思っていませんでしたが。」
どうぞ、召し上がってくださいという言葉とともに目の前に蕎麦が置かれる。その蕎麦には肉が多めに敷かれてあり、見るだけでも満足と言えるほどの量である。
食べきれないという事はないが、それにしても少々量が多いような……
「大将……これはちょっと……」
「ぬ……少々量が多くないか?僕はまだしももう一人が完食できるとは思わないんだが。」
おいもう一人の私、それは余計なお世話だ。私でも食べきれるぞ。
「あれ……あぁ、配分を間違えてしまいました。ですけどこちらのミスという事で是非お食べください。」
「それならいいのだが……じゃあ、いただきます。」
「いただきます!」
量はまぁこの際無視するとして、焼かれた肉とともに漂ってくる蕎麦特有のつゆの香りが鼻腔に入ってきていて、我慢できなかった。
「……ぬ!このお肉美味しい!」
「確かに、薄い肉なのに肉としての存在感がしっかりあるな。それでいてしつこくない……これ、高級な肉なのではないか?」
私が美味しい美味しいと肉と蕎麦を頬張っている間に、もう一人の私が謎に食レポをしていた。
まぁ、そっちの私はどちらかと言えば冷静沈着と言った方が合っているので食レポをいきなりしていても不思議ではない。てか確実にするタイプだろう。実際しているし。
「高級……確かに、市販だとそれなりの値段していましたね。ですけど、特別価格で買わせていただいてるので安心してください。」
「それならいいのだが……っあ。」
「ぬ?どうしたのだそっちの私。」
大将と話していたそっちの私……そっちとかもう一人とか一々めんどうだな、男の私とでも言おう。
その男の私が大将と喋っている途中に、顔を青ざめていた。何、なんか物凄い嫌な予感がするんだが。
「値段……見てない……」
「……なにやってんだわたしぃ!?」
「……あはは……」
何も見ずに頼んだという事か!?馬鹿なのか?馬鹿なんだな!?
「何やってるんだ私!私たちは今そんなに持ち合わせがないんだぞ!執行官なのにアヤメに懐を握られているから大したお金を持っていないんだぞ!?」
「いやだって……肉蕎麦を見たら無性に食べたくなってんだ……」
「その気持ちわかりますよ。私も衝動的に食べたいときはありますから。」
大将からの同情を買ってはいるが、それはそれである。
「ちなみに心配しなくても大丈夫だと思いますよ。一品740円程度ですから。」
「……私、今の持ち合わせは?」
「ぬ、確認したら2,000はあった。」
その言葉に私は安堵して溜息を吐く。全く、変に焦らせないでくれ。心臓に悪いだろう。
「はぁ〜……まぁ、代金はしっかり払えるな。ならいいんだ……」
「まぁ、お金は余るし帰りに何か買うか?」
「馬鹿か?馬鹿なのか?」
本当にこの能天気な男の私はなんなのだ……
「馬鹿か?馬鹿なのか?」
「あはは……まぁまぁ、一杯だったらこちらからご馳走しますよ」
この2人の掛け合いを見ていて思ったが、どうやら必ず性格が統一されている訳ではないらしい。
ただまぁ、根本は同じだからか、考えている事はわかりやすいらしい。
「ぬ、本当にいいのか?」
「えぇ、せっかく来ていただいたのですから。これくらいのことはさせて頂きますよ。」
「ありがとう大将。おかげで僕らは蕎麦に加えて飲み物も堪能できる。」
「本当にありがとう大将……馬鹿なあの私のために……」
「いえいえ、遠慮せずに言ってくださいね。」
なんか……最初は魔王君の方がまともだと思っていたら、真にまともなのは魔王ちゃんの方らしいですね。印象と真逆なので見ていて面白い。
「だったら、僕はこれを頼む。」
「あっ、それなら私もそれを。」
「パチパチメテオを二つですね、少々お待ちください。」
「……いや、なぜパチパチメテオがここにあるんだ?」
「ぬ、細かいことは気にしないのがいいんだぞ。」
……まぁ、私の能力で持ってくることができるだけですが説明しなくてもいいでしょう。魔王ちゃんの方が深入りしないようにしてくれていますし。
「……はい、パチパチメテオです。冷やされているので美味しいと思いますよ。」
「……ほんとだ、しっかり冷やされていて美味しい。」
「これなら幾らでも飲めるぞ……!」
「頼もうとするなよ?大将の好意で飲ませて貰ってるんだからな?」
……なんでこんなにも見た目の印象と実際の印象が違うだけで微笑ましいんでしょうか。いえ、元々微笑ましい物でしたね。
「ふぅ……ありがとう大将。肉そばも、パチパチメテオも美味しかった。」
「ぬ、今度来る時は他の人も連れてくる。」
「ええ、ここ異次元蕎麦屋はどんな時でも待っています。もし、悩み事があれば是非いらしてください。」
大将は帰ろうとする2人の背中に向け、そのようなことを発する。
現在時刻はおよそ5時。もうそろそろ本業の開始の時間にまで迫っていた。